佐賀県 武雄市図書館を視察してみた/ニュースななめ斬りbyギックス

AUTHOR :  田中 耕比古

「本」のある”憩いの場” は 図書館なのか否か

3月の良く晴れた土曜日。何かと話題の佐賀県武雄市の「武雄市図書館」を訪問しました。どのような場所なのか、そして、実際にどういう使われ方をしているのかを「ユーザー」視点で分析します。

注:当記事の前提情報となる「武雄市図書館の特徴および問題・指摘事項」についてご興味のある方はコチラをご参照ください。

とてもオシャレでイケてる空間

武雄市図書館は、非常に「イケてる」空間です。まず、外観の”佇まい”がカッコ良いです。建物の外観よりも、まず駐車場に入る際の看板が「東京っぽい」です。デザインを非常に重視したつくりであることが伝わってきます。代官山蔦屋書店を、相当意識しているなと感じます。一般の図書館において(なんなら、商業施設においても)、こういうデザイン性の高いエントランスを設置するところはそう多くはないでしょう。特に、人口数万人程度の地方都市となると、尚のこと珍しいお話だと思います。

※2016年2月11日追記:twitterで「建物の外観が、代官山蔦屋書店を意識しているわけないだろう」というご意見を頂戴しました。「看板」の話の文脈として記述したつもりが、再読してみたところ、ご指摘の通り「外観全般のお話」に読めてしまうと感じましたので、記述を一部変更いたしました。

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内部は、代官山蔦屋書店の印象が強いのですが、TSUTAYA TOKYO ROPPONGI のエッセンスも感じました。尚、館内は撮影禁止でしたので写真が無いのですが、館内をGoogle Street View で閲覧できる仕掛けが公式ホームページにありますので、そちらをご参照いただくのがよろしいかと思います。(以下の館内写真は、そちらのスクリーンショットです)

入口を入ってすぐの光景。高い天井と高い書架。吹き抜けのつくりで2階の書架およびカウンター席が見えます。

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本棚を「潜り抜ける」構造で”本の森”を探検している感じがします。

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こんなに「オシャレ」だとは思っていませんでした。圧巻です。

大盛況だが、静かで落ち着いている

大盛況。

訪問した土曜日の昼頃に関しては、駐車場は、ほぼ満車でした。(我々はタクシーで行きました)座席に関しても、全体で7~8割埋まっているなという印象です。(屋外席は寒いせいか3割程度)

飲み物を買う必要がある「スターバックスの座席」(30席程度)は8~9割埋まっている感じ。

スタバの座席:

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2Fの学習室(約50席)も8割程度。1Fを見渡せる2Fカウンター席(約25席)は、ほぼ満席。その他の席は6~7割埋まっている。という状況でした。その他にも、本棚の前に座り込んで本を読んでいる中学生くらいの子供もいました。

2Fの学習室:

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2階のカウンター席:

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大混雑というわけではないですが、スタバのカウンターにも常時2~3人は飲み物を買う人がいて、入館者も絶えない感じでしたので、大盛況と言って良いのではないかと思います。正直、こんなに人がいるとは思っていませんでした。

一方、では席が”足りない”かと言うと、訪問した日は、カルチャースクールのような催し物が行われており、20席程度がそのイベントに使われていましたが、全く「座れない」と言うことは無かったので「全然足りない」という印象は受けませんでした。(ただ、2階席は、少しパツパツな感じは受けました)

カルチャースクールの開講エリア:

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確認したわけではありませんが、来場者の80%くらいは地元の人ではないかと思います。明らかに外から来たんだろうな、という人は我々も含めて15人くらいかなと。あとは、親子連れ・家族連れとかで「旅行中に立ち寄ったのかも」という感じの人たちが3~4組いたかなという印象です。

「本屋」にしては静か。「図書館」としては?

それだけ人がいるのですが、騒々しさは感じませんでした。幼児をあそばせるエリアなどもありましたが、大声で泣きわめく子供や、館内を走り回る子供などはおらず、落ち着いた雰囲気を感じました。

幼児が遊べるエリア:

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そもそも「本屋」という空間自体が、あまり騒々しくはないのでしょうが、やはり「図書館」だなと感じました。また、スターバックスも”しっとりくつろぐ場”なので、「本」との相性が良いのかもしれませんね。ただ、一般の「図書館」の”静寂”と比べると、少し、話し声や物音は目立ちます。然しながら、前述の、2Fの「学習室」は扉で区切られた空間で、相当静かでした。この辺りは、人によって評価が分かれるところかもしれません。

革新性・先進性・ユーザー視点の取り込み

iPadを使った「検索機」が館内に10か所ほど設置されていたり、セルフカウンター(自動貸出機)が設置されるなど、非常に先進的です。また、郵送返却や街中の図書返却ポストなどの利便性の観点からも配慮があるのは非常に興味深いポイントです。

検索機(iPad埋め込み)

iPadを嵌め込んだ形での「検索機」がアチコチに設置されており、そこで書籍の検索(購入も貸出も)及びDVDの検索などが行えます。また、館内MAPや図書館からのお知らせなども閲覧できます。(以前問題視されていた「スタバの飲み物を買わないと座れないエリアはどこまでか?」という話についてのお知らせも、僕はこの端末で知りました)

検索機(画像真ん中右寄り):

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尚、貸出検索と購入検索は、同様の検索方法で行えますが「出力」が違います。購入検索の結果は「蔦屋書店」名で出力され、貸出検索の結果は「武雄市図書館」で出力されます。技術的には簡単なことでしょうが、ユーザーが「間違えない」ための工夫として、最善だと思います。

検索結果の出力レシート(左=購入、右=貸出):

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ただ、非常に残念なことに、検索の反応速度が悪いことと、検索の「候補表示」の仕様が分かりづらいです。子供やお年寄りが検索するのは困難ではないかと思います。(後述する”係員”の対応が重要になると思います)

以下、武雄市図書館公式ウェブサイトから引用します。

7.資料を探すときは

検索機 検索機
館内の検索機(iPad)により書名・著者名等から本を探すことができます。
ご自宅のパソコン、携帯電話からも「検索・予約」のページから本を探すことができます。
調べ方がわからないときは、お気軽にスタッフにお尋ねください。

セルフカウンター(自動貸出機)

本やDVD/CDの貸出は「セルフ」で行うことができます。返却も、返却ボックスに投入するという「TSUTAYA方式」が採用されていました。もちろん、窓口返却も可能なようです。尚、セルフカウンター利用者は、1日1回、Tポイントが3ポイント貯まるります。効率化のインセンティブ、というわけですね。

訪問時には、おばあさんが杖を突きながらセルフカウンターで「貸出登録」をしていました。正直”凄いな”と思います。

セルフカウンター:

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郵送返却の仕組み

先述した「郵送」で返却できる仕組みです。日本全国、誰にでも貸出しをする、ということは、全国から返却を受け付ける必要があります。それも含めて「返却方法」を多様化しているのは面白いところです。(返すためのハードルを下げる=返却率向上に寄与、という狙いだろうと推察します)

以下、武雄市図書館公式ウェブサイトから引用します。

5.宅配返却サービスについて

返却袋
武雄市図書館では500円で宅配返却のサービスを受けられます。
カウンターでお申し込みいただくと専用の送り状と袋をお渡しします。
返却時は専用袋に本を入れて、お近くのコンビニなどからお送りください。

街ナカの図書返却ポスト

市内に置かれた「返却ポスト」からも、書籍の返却が可能です。どの程度の数、設置されているのかは未確認ですが、これは「武雄温泉」の商店街にある”案内所”前に設置されていました。

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図書館係員

5~6名の図書館係員(スタバ店員除く)が対応にあたっていました。ユーザーのケア体制としては十分だろうと思います。先ほどの、セルフカウンターのおばあさんにも「お手伝いしましょうか」と声をかけるなど、気配りも十分だと感じます。(「自分でやります」と断られていましたが。)

※その方たちが武雄市の雇っている図書館員なのか、CCCが契約しているのスタッフなのかについては不明です。

デジタルサイネージ

いたるところにデジタルサイネージ(ディスプレイ)が設置されており、「撮影禁止」などの注意事項を含む情報を随時発信している。

また、訪問時には「図書館で踊る人」というアート作品が、館内のデジタルサイネージをジャックしていました。映像作品として面白く。図書館の中を歩くだけで非常に楽しく感じます。”商業的”だ、との誹りを受けるかもしれませんが、エンターテイメント性が高い取り組みで非常に興味深く感じます。

尖った書籍の品ぞろえ

販売されている書籍が、非常に尖った品揃えなのが印象的です。失礼な言い方かもしれないですが、この「地方都市」の、この限られたスペースで、これだけ販売する本が”尖る”のは凄いです。

雑誌も、都心の「本屋さん」よりも「厳選して、尖らせている」と感じます。

「ベタな本は”蔵書”として配置できる」ということが強みになっているのかもしれません。というのも、一般的に地方都市の「本屋さん」は、ベタな本も最低限取り揃えておくこと、を前提としています。また、「尖った本はそんなに売れない」と言う事情もあると思います。従って、ある程度「安定的に売れそうな本」が並ぶことになります。(さらに言うと、本屋さんの意識だけでなく「卸」の意思も込められますので、”平凡な品ぞろえ”になる傾向があります)

子供の頃の原体験として「いろんな本に触れる機会が、創造性を増す」という風に感じていますので、こういう「尖った情報に触れられる場」があることは、この地域の学童にとって、非常に良いことだと思います。(非常に主観的で恐縮ですが)

 死んだ静寂か、活きた喧噪か、の選択。

この「武雄市図書館」の運営に関して、様々な指摘事項があることは見過ごしてはいけないものの、「場づくり」の事例としてみると、非常に成功しているように思います。

例えば「『目の前に、地域最大の集客力を誇るショッピングモール”ゆめタウン 武雄”がある』のが図書館の集客力に寄与している=入館者数の多さは嵩上げされている」というような指摘も目にしますが、例えそうだとしても、実際に、あれだけの人が「憩いの場」として図書館に来ているのは凄いことだなと感じています。

先述のように、非常に先進的な取り組みをしている中で、住民にも「サービス施設」として受け入れられているのではなかろうかと感じましたし、”死んだ空間”のまま閉ざされているよりは、”開かれた空間”として活用されている方が好ましいように思えます。

また、この「図書館」が”観光名所”として成立しているのも事実です。タクシーの運転手さんに訊いてみると「図書館までお願い」という人が結構いるとのことで、図書館訪問を目的として武雄温泉駅を訪れる人が相当数いることが伺えます。今回、我々は3名で【博多から1時間かけて特急列車で武雄に行き】【駅からタクシーを使い】【図書館のスタバでコーヒーを飲み】【市内のレストランで昼食を食べ】【日帰り温泉に行き】【土産物を買って】福岡に戻りました。3名で合計3万円程度のお金を使ったことになります。いくら”武雄温泉があるよ”と言われても、福岡滞在中に、そのためだけに、わざわざ日帰りで武雄に行くとは考えにくいのですが、「図書館」という目的が3万円の出費を生んだわけです。

もちろん、改装等にかかった費用を踏まえた適正なROI評価や、経費の節減効果の実態など「市政」としてキチンと整理・評価されるべき問題・指摘事項はあるのだと思いますが、「場づくり」という観点では評価されて然るべきだと思います。

図書館とは何か

そもそも、図書館とは何なのでしょうか。wikipediaには「出版物を中心に、比較的定型性の高い資料を蓄積する」とあります。そういう意味では、武雄市図書館は「図書館」と呼んで差支えないでしょう。

図書館の定義 wikipedia より引用

実物資料を中心に扱う博物館、非定型的文書資料を中心に扱う公文書館とともに基礎的な蓄積型文化施設であり、出版物を中心に、比較的定型性の高い資料を蓄積するものである。

一般に、学習や調べ物をするための図書館と、娯楽を目的とする図書館とに分かれる。前者は辞書や学術書籍等の専門書に重点を置いて書物を収蔵するが、後者は小説や一般向け教養書、児童書などに重点が置かれる。図書館の利用者層や蔵書形態も様々で、児童図書中心とした図書館や、漫画のみを扱ったまんが図書館、学生に学習室を開放したり社会人に利用者層を絞った図書館、学校等の施設に付随する学校図書館等がある。

「図書館」は、明治中期に英語のlibraryから訳された訳語(和製漢語)である。「図書館」は、地図(図版)の「図」、書籍の「書」を取って、図書とし、図書を保存する建物という意味であった。

http://ja.wikipedia.org/wiki/図書館

公立図書館に求められるものと、武雄市図書館が目指すもの

「図書館」の存在意義をどう捉えるかで、武雄市図書館の評価は大きくわかれるように思います。

例えば、

  • 地域の学童・生徒に静かな学習の場を与える
  • 地域住民に、本を買わなくても、本を読むことができる”知に触れる機会”を提供する
  • 人が訪れ、交流し、活発な知的創造活動を振興する

というような「価値の提供」が武雄市図書館のゴールであるとするならば、それらは十二分に満たされているように思います。

その一方、”公立図書館”の役割として

  • 適切な書籍・文献などを選択・収集・保管する
  • 地域文化の保存・継承のために、適切な活動を行う

などを担わねばならないとするならば、指定管理業者である民間企業(CCC)に、それらを任せてしまって良いのか、という議論もあるように思います。

公共 と 公営

武雄市図書館は、公共性という意味では、十二分にその役目を果たしていると思います。しかし、公営である、ということについてはその「必然性」が議論となるように思います。

つまり、「場づくり」としては成功している。「公共」の価値は提供している。その上で、果たして「税金でココまでやる必要」はあったのか。というのが論点となるわけです。

僕は、「武雄市」という地方都市が、この活動をマーケティング活動と位置付けて取り組んだのであれば、「非常に成功している」と思います。むしろ「ここまドラスティックな事をやらなければ、”いっそ、やらない方がマシ”な結果に終わっていただろう」と思います。そして、武雄市の樋渡市長を評価する人の多くは、おそらく、この「マーケティングとして成功している」という点に着目しているのだと思います。

その一方で、「公費を投入したのに、プロセスが不透明だ」であるとか、「民間のいち企業が、個人の貸出履歴情報を蓄積していくことの是非」であるとかについては、”公営図書館”として解決すべき問題であると言えます。

この二面を「きちんと切り分けて評価する」ことが、この図書館の事例を扱う上で非常に重要だと考えます。

最後に:「場」としては成功してるよね?

繰り返しになりますが、この図書館は、非常に先進的で先鋭的な”成功事例”だと思います。

様々なプロセス上の課題があるのだとは思いますが、純粋に、その場を訪問してみると「通常なら、この場所には存在しえない空間」なのは間違いありません。(このような「トガった施設」が市内にあることが、この地域に住む人達にとってプラスに働くのかどうかは、ある意味では壮大な社会実験と言えるかもしれません。ありきたりですが10年後の大学進学率などに影響しないか、などと妄想してしまいます。)

地方都市においては、休みになればパチンコに興じる人が非常に多いです。「他に娯楽が無い」という表現も良く耳にします。そういう状況下で、こういう「知的に刺激を与える場」があることは素晴らしいと僕は思うのです。(もちろん東京も同じなのですが、地方出身者である僕には田舎・地方都市の方が「パチンコだけ」を楽しみとする人が多いように思えるのです。”綺麗な建物”、”大きな建物”があると、それはパチンコ店か、イオン(的なもの)である、という非常に切ない状況なのです、、、。ちなみに、僕の地元にはイオンさえもありません。)

そのような状況を踏まえた上で、「良い点」「先進的取組み」を正しく(おそらくポジティブに)評価する一方で、潰しこむべき課題を潰しこんでいくことが重要だと思います。地域における図書館運営モデル、もしくは知的創造性向上の取組みの新しいあり方として、各地に展開できるモデルを生み出して欲しいと、切に願います。

そして何より、樋渡市長を大好きな人も、あるいは様々な批判をしている人も、是非、一度、武雄に足を運んで”実物”を見てみてもらいたいと思います。百聞は一見に如かずですからね。(そうして、武雄市に少しでもお金が落ちる=樋渡市長の思う壺である、ともいえるので、批判派の方には好ましくない結果なのかもしれませんが・・・)

<追記>ハフィントンポストの記事:

武雄市図書館「経済効果は広告換算だけで20億円」 プチリッチ層流入をねらうCCCの町づくりとは?

http://www.huffingtonpost.jp/2014/03/13/ccc_n_4957242.html

なお、「場づくりとして成功している」と思う一方、コチラの記事にあるような「プチリッチ層の流入」などの効果があるとは、少なくとも現時点では言えないように思います。ただ、記事にある「図書館周辺の飲食店や宿泊施設の利用が増えた」というのは十分起こり得ると感じます。しかし、そもそも、市外・県外から人を呼ぶ(定住者含めて)ことを目的とするのか、市内の住民のためという錦の御旗を掲げるのか、というあたりで色んな議論があって然るべきではないでしょうか。また、その目的を踏まえた上で、仮に記事にあるように、数年後、指定業者を「民」から「公」に戻した場合、どのような影響が及ぶのでしょう。

繰り返しになりますが、非常におもしろく、興味深い取り組みであるが故に「公営」であることの意味を問われているのだと思います。

 

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