戦コンスキルは起業に役立つか?~プロマネ編~(4):プロジェクトマネジメントを支える仮説力

AUTHOR :  網野 知博

仮説なんて必要ない??

今回は番外編として仮説に関して少し書いて行きたいと思います。

「プロジェクトマネジメントに仮説のスキルが要るのか?」

モチロン必要です。そして、コンサルティングファームで学べる一番のメリットは仮説立案力だと私は固く信じております。ビッグデータブームにより、仮説不要論を唱える方々も出てまいりました。事実、仮説やその後の解釈を要しないビッグデータの活用の仕方もあります。そういった領域においては仮説はいらないかも知れません。ですが、残念ながら世の中の全ての意思決定事項をビッグデータで分析して解を得られるるわけではありません。将来的には経営の意思決定をするのにIBMが開発したチェスのDeep Blueやクイズに答えるWatsonのようなものが生まれるかも知れませんが、少なてくも現時点ではそこまでのものは存在しないため、仮説が全く要らない世界ではないのです。

一方で、仮説不要論者の中にはちゃんとした「仮説」の立案を経験したことのない人達もおり、どうもそういった方々も仮説は意味が無いと主張されているようです。経験がないからこそ、所詮「思いつき」や「思い込み」であったり、「勘に頼った当てずっぽう」と言う認識を持っているようです。

短直列型仮説の限界

仮説というものがナニモノか分からない人は多いと思います。私もコンサルティングファームに入り、実践して身につけるまで、仮説というものは本当の意味では理解していませんでした。私は仮説を「その時の最善の最もあっている可能性が高い仮の答え」と捉えております。そして、ビジネスシーンやコンサルティングの際には「その対象となるモノゴトを最終的な答えに導くための仮の答え」とも考えております。

イチローに対戦するピッチャーを考える

9回2アウト満塁、バッターはイチロー。あなたが対戦相手側の監督なら誰をピッチャーに送り出すでしょうか?

例えば、「俺はイチローがピッチャーAからヒットを打ったのを見たことがない」と言う判断でピッチャーAをマウンドに送ったとします。それも広義な意味では仮説です。彼が見たというたった数回の単一のインプット情報だけをもとに、イチローを押さえるにはAなはずだ、と言う仮説を立てたといえるからです。前回の記事でいうところの、営業の生産性が低いという事象に対して、営業生産性をあげようと言う初期仮説を検討するのに近いでしょうか。
仮説不要論者はこの程度の仮説を指摘して、仮説不要論を唱えることが多いように思えます。あなたが監督だったらどうでしょうか?

おそらく一般的な監督は、各ピッチャーとイチローの対戦打率、イチロー個人の左ピッチャーと右ピッチャーの対戦打率、彼の得意な球種と苦手な球種などという過去十分にたまっているデータを分析した結果をもとに、ここ数試合のイチローの調子から、速いストレート、変化球、コントロールのどれに苦しんでいるのか、などの情報を踏まえて、こちらの持ち手から最善と思われるピッチャーを送り出すと思います。それはまさに、複合的な情報をシンセシスすることにより導き出した仮説になります。

短直列型仮説とかは

では短直列型仮説とはどのような考え方でしょうか。

y=ax+b

先のイチローへのピッチャーのように現象や事象だけ一つだけから仮説をたてる場合を短直列型の仮説を呼んでいます。正直この程度を仮説というなら、正直な話私も仮説不要論者になると思います。笑

では、戦略コンサルタントが言っている、プロジェクトマネージャに求められるレベルの仮説とはどのレベルのことを言っているのでしょうか。

プロジェクトマネージャに求められる長並列型仮説

私がプロジェクトマネージャ時代に磨いてきた仮説立案力は「直並列型仮説」であり、起業後に事業を運営する段にも役にたっております。

ax+bx+

図を見て頂くとわかるように、長並列型仮説のポイントは大きく4つです。

  1. アナリシス(分解・分析)のキレ
  2. 仮説を立案するのに用いる各アナリシスの数
  3. シンセシス(統合・解釈)のキレ
  4. 最も正しいと思われる仮の答えと他にもあり得る候補の仮の答えの数

アナリシス

個別の何かを分析するにも、それぞれの結果に対して仮の答えをと言うものを出していく必要があります。要は何なの?と言うことになります。例えば3C分析、PEST分析、SWOT分析、5Forcesなど既存のフレームワークを使って分析した結果、そこからの解釈を出す必要があります。一つのボックスのアナリシスの中にも、上記の図のような構図が成り立っているとご理解ください。各個別のアナリシスから、要はこういうことだよねと言う仮説が複数候補が出ることになります。

アナリシスの数

現在のビジネスシーンにおいて、単体の分析だけをしてキレのある仮説に辿りつくことはありません。にわか戦略勉強家がフレームワークにそって戦略を作っても、全く当たり前の面白くもない結論が出ることが多いのですが、何か一つのフレームワークから、その企業が勝てるような仮説が出てくることはありません。先のイチローの例でもあったように、対戦打率、彼の得意・苦手な球種、最近の調子など、複数の要因の中から仮の答えを導き出してい行くことが必要です。戦略立案の時の仮説は特にそうですが、様々な要素を踏まえて判断していくことが望まれます。ですが、時間は有限ですので、100のフレームワークを使って、100個をシンセシスを一つ一つ実行していくわけには行きません。ですので、業界をよく知っている、似たようなテーマ、類似のテーマを何度も経験している、それらのプロジェクトでフレームワークを使いこなし、何度も試行錯誤をしたことがある、その過程で、各アナリシスに対して常にシンセシスしながら「要はなんなの?」を数百、数千と生み出してきた経験があると言う知識や経験がモノを言うのです。経験ある経営者が即時に判断できるのは、この経験数が膨大にあるからにほかなりません。世界的にトップクラスであるコンサルタントの大前研一氏ですが、BBTと言うビジネス教育番組で「リアルタイムオンラインケーススタディ」というものをやっています。その企業や業界の簡単な分析をもとに、戦略的方向性、すなわち仮説をその場でバシバシと出していくのですが、経営戦略の知識や経験がない人があの情報だけであの仮説にたどり着くことは不可能に近いと思います。表面的に出てくるアナリシスの情報の裏に、彼の隠れた今までの経験や知識から蓄えられている膨大なアナリシス、そしてシンセシスがあるからこそ、極めて筋の良い仮説がいとも簡単に飛び出すわけです。数ヶ月かけて正解を出す戦略コンサルタントではなく、その場で限りなく正解に近い答えを出すまさに経営コンサルタントの真髄だと思います。とにかく、経験の数がものを言う世界であることは間違いありません。

フレームワークは仮説立案のインプット情報に役立つ

先ほども触れた通り、「5Forces」や「PEST分析」、「3C分析」「SWOT」など王道的なフレームワークはそれだけを活用しても競争環境で戦っていく戦略を立案できるわけではありません。そういう意味から、今更そんなフレームワークを学んでも競争力強化の検討に糞の役にも立たない、と言われることもあります。ですが、常にその時その時で最善の仮説を立案しようと思ったら、これらフレームワークを軸に、多種多様なインプット情報を頭に取り込んで置く必要があります。なぜなら、アナリシスの数が大事だからです。

例えば、自分が担当する業界に関して、「業界内の競争」はおろか、「供給者」「買い手」「新規参入者」「代替者」など、いわゆる5Forcesの状況がある程度頭に入っていなければ、前回にお話にあげたようなクライアントからの相談にまともに答えていくこともできません。それは、PEST分析と言われる「政治的要因」「経済的要因」「社会的要因」「技術的要因」に関してもそうでしょう。PEST分析を真剣に行いレポートを書いたから勝てる戦略を立案できるのではありませんが、仮説を立てるために、そういった情報があったほうが、よりベターになるのです。「自社」「競合」「市場」の観点に関する3C分析に関しても同様です。

そういった情報が、今まで蓄積された経験によりある程度頭に入っているからこそ、クライアントの悩みを聞きながら、その場である程度問題を具体化して、真因を探りつつ、答えるべき問いに関して明確化していくことができるのです。

シンセシスのキレ

3つ目がシンセシスのキレになります。これはもう説明するのが難しいです。仮説を出した時に、人間はその考えたプロセスの過程を知りたがります。すなわち、直列思考で仮説に辿り着いたと考えているからです。ですが、シンセシスに活用したアナリシスの数が100あったとして、それを全て順番論やメカニズムで説明することは相当困難です。一つの仮の答えという結論に辿り着いたということは、きっと解明すればそのプロセスを作れるのかも知れませんが、それを作るということは、図に書いたような難解な数式を書き上げることに等しいと思います。残念ながらシンセシスはセンス(つまり先天性のもの)に依存するとも考えられますが、それでも「量が質を凌駕する」ので、ある程度のレベルにまで到達するのではないかと思います。私は自分が目指していた一部の素晴らしい先輩コンサルタントには全く追いついていないことは認識しています。それでも、私レベルの素材でも社内的にそこそこ評価され、クライアントにもそこそこ評価されるところまで来たということは「量が質を凌駕する」可能性があることだと思います。

インプット情報の量と経験数でシンセシスのスキルは磨かれる

私はコンサルタントになりたての時は初期仮説と言うものがきちんと立てられませんでした。そもそも初期仮説とはどういうものかも理解できていなかったです。そのため、当然ながらそもそもどうやって仮説を立案したら良いかもわかりませんでした。しかし、それは今から振り返ると、立案の仕方が分からないというより、圧倒的に経験とインプット情報の量が足りなかったからだと思っています。アナリシスの情報と言う引き出しの数を多く持ち、どこで何を出すかの検討を繰り返し経験して、その引き出しの数を増やすことで、結果的に仮説立案のスキルが磨かれていたと思います。また、当然ながら経営戦略の定石も多く把握している方が有利ですし、またそれらをどの程度実践で使いこなしてきているかが重要になります。つまり、知識量と経験量がものを言うのだと思っております。これは、事業会社にいてはなかなか経験できないことですので、このような仮説立案能力を身につけることができるのがコンサルティングファームで経験することの価値なのかもしれません。また、クライアントの経営者とそういったやりとりができるようになるには、プロジェクトマネージャとしてやれるくらいの経験が積まれていることが前提ですし、かつクライアントの経営者とのやりとりでプロジェクトマネージャとして更に経験を積むことになり、そこでの経験により仮説立案力は飛躍的に増すことになります。

仮説の数

シンセシスから得られる仮説はひとつだけとは限りません。「仮説がいくつもあっても良いのかよ」と思われる方もいるかも知れませんが、日本の受験のテスト問題ではないので、答えは一つな必要はありません。ビジネスを実施するときは当然可能性が一番高いものに手を付けるわけですが、結果がダメなら変える必要もあるわけで、最善の仮の答えとともに、いくつかのセカンドベストの仮の答えを持っている必要があります。

一つの仮説は思い込みに等しいのかも知れませんし、それは世間の仮説不要論者の考える仮説かもしれません。図で表現したように、複数のアナリシスを活用して、その結果をシンセシスしていく中で、可能性のある仮の答えは複数出ると思います。戦略立案のプロジェクトの場合は、その複数の仮説を検証しながら、最後に一番正しいと思われる答えにたどり着けば良いのです。

繰り返しになりますがおさらいします。ひとつのアナリシスに対しても、それを解釈すること、つまり「要は何なの?」が必要であり、アナリシスの解釈にはシンセシスを活用していきます。よって、アナリシスにも複数の解釈や「要は何なの?」が存在しています。更に、過去の経験や知識を活かしながら、その時にアナリシスしたものではないものを含めてアナリシスからの解釈をインプット情報ととして取り込み、それらをシンセシスしながら、最善の仮の答えと他の候補となる仮の答えを導き出していくというのが仮説立案のやり方になります。

世の中には仮説立案に関して素晴らしい本がたくさん出ています。ですが。その本をたった一度だけ読んでここで述べたようなレベルの仮説が立案できるわけもありません。本を読んでも仮説が立案できないとAmazonに書いている方もいます。でも、それはこの記事を読んで頂ければご理解頂けると思います。仮説立案の本を一度読んだだけでできるようなレベルの仮説なら、不要論者が訴えるレベルの仮説にしかならず、そんなもは仮説必要論者の私にとっても不要と思います。ゴルフのレッスン書を一度熟読したからといって、初めてゴルフをしてアンダーパーで回れるはずがないのと一緒です。本を読んで知識を身につけ、それと同時に何度も死ぬほどプロジェクトと言う場でレッスンを重ねて経験を保有し、その先に仮説立案の能力が培われることになります。

今回はプロジェクトマネジメントの番外編として仮説立案力に関して説明してきました。繰り返しになりますが、仮説立案力なくして私が定義するプロジェクトマネジメントは遂行できません。

次回からはプロジェクトマネジメントの本論に戻ります。次は「提案からプロジェクト獲得にむけて」になります。

第1回:プロジェクトマネジメントから得た学び
第2回:戦略立案プロジェクトの始まり 前編
第3回:戦略立案プロジェクトの始まり 後編
第4回:プロジェクトマネジメントを支える仮説力 ⇒今回
第5回:提案からプロジェクト獲得に向けて
第6回:プロジェクトの立上り
第7回:プロジェクト中盤
第8回:プロジェクト終盤(報告前)
第9回:プロジェクト最終報告

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