ギックスの本棚/火の鳥(手塚治虫):(4) 宇宙編 【GAMANGA BOOKS|小学館クリエイティブ発行】

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古
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愛ゆえに 人は苦しみ、愛ゆえに 人は悲しむ(by聖帝サウザー)

火の鳥 3 ヤマト・宇宙編 (GAMANGA BOOKS)

本シリーズでは、火の鳥を読み解いていきます。火の鳥の全体構成については、コチラをご参照ください。(尚、本稿で紹介するのは、小学館クリエイティブ発行の「GAMANGA BOOKS」の「火の鳥」です。)

あらすじ

こういうのは、僕がクドクドかくことでもないので、GAMANGA BOOKS版 火の鳥の裏表紙より引用します。

2577年。地球に帰還する途中の宇宙船で、当直操縦士の牧村がミイラで発見された。

座礁した宇宙船から救命ボートで脱出した隊員たちは 牧村の過去をかたりはじめたが・・・・・。

ストーリーの特徴

宇宙編は「宇宙船の中」という閉ざされた空間で始まります。冒頭で、登場人物の一人「牧村」の死体が発見され、「彼は自殺なのか否か」という疑問を抱え、ミステリー仕立てのストーリーが展開されます。

しかしながら、ミステリー仕立てといっても、いわゆる探偵もののように、その場で様々な情報を集め、それらを元に謎解きが行われるわけではありません。4人の生存者が、バラバラに「一人乗りの脱出ポット」に乗り込んだ状態で、各自の回想と無線通信による会話によって「謎」の真相に近づいていく、ということになります。

そして、謎は誰かによって解かれるのではなく、「火の鳥」の口から過去のできごとが明かされることによって解明されます。火の鳥の語った大いなる「因果の渦」と、それを踏まえた「未来の選択」が個人に委ねられる、という構造になっています。

人を愛する とは

前回ご紹介した”ヤマト編”でもご紹介した通り、「手塚治虫は、人の愚かしさを描き続けながら、それでも、尚、人の美しさを見出そうとしている」と僕は思っています。”ヤマト編”の主人公、ヤマト・オグナは「人間の美しい側面」を代表したキャラクターで、「誰かのために生きる」ということを説いています。

そして、本作”宇宙編”においても、手塚治虫は、「愛する」ということについて描いていきます。(但し、本作の場合は、どちらかというと「男女間の愛」に重きが置かれています)

牧村は、かつて「人を愛した」経験があります。そしてその女性に裏切られ、深く傷つきました。そんな牧村は、鳥型の宇宙人フレミル人のラダも愛しました。この愛は美しいものです。しかし、牧村は壊れます。誰かに壊されたのではなく、己の中に潜む、自分自身の心の闇が原因で。

一方、牧村を愛したナナも美しい。ナナは、献身的に牧村を愛することを決めます。牧村の背負った「業」も理解し、それによって未来永劫、罰を受け続けるということも理解した上で、それでもなお、牧村を愛し続ける道を選びます。

そんなナナは美しい女性ですので、奇﨑も猿田もナナを愛します。奇崎はナナを愛するあまり、牧村への嫉妬に狂い、過ちを犯そうとしました。(未然に防がれましたが)彼のその後は本作では描かれませんが、彼も、愛ゆえに、哀しい「業」を背負ってしまいました。

そして、同じくナナを愛した猿田は、エゴのカタマリとなります。彼は、哀しい存在です。醜いのではなく、哀しい。手塚治虫の描く”醜い”は、”哀しい”に通じるのかもしれません。

愛の形には様々なものがありますが、本作では、結局、誰も「報われる」ことはありませんでした。敢えて言えば「未来永劫、牧村に添い遂げる」ということを選んだナナだけが「無私」の心を持った愛の持ち主であり、その願いはかなえられたのかもしれませんが・・・(ちなみに僕は、牧村は死んでいない、と解釈しています。)

人を愛する、ということの難しさと、その裏側にある「エゴ」の存在を感じるとき、虚しさに似た哀しさを感じるのは僕だけでしょうか。

火の鳥シリーズにおける本作の位置づけ

火の鳥シリーズの中で、本作は、少し特異な位置づけになると思います。

まず、これまで「地球の使者・代弁者」であったと思われていた”超生命体”である「火の鳥」は、地球だけの存在ではなく、宇宙の意思そのものだったということがわかります。猿田によると「肉体が無い つまり非物質化された生物は 一種のエネルギー体だ」ということですので、見た目はもちろん、移動等に関しても物理的な制約を受けない存在であると考えられます。また、猿田を地球に戻したことを考えても、他編にでてきた火の鳥と「同じ存在(少なくとも、同じ根源・記憶・意思を持った存在)」であると考えられます。

また、猿田の鼻についても、本作での「業」が原因であるということがわかります。即ち、猿田の鼻が醜く腫れ上がっているのは、黎明編がきっかけなのではなく、宇宙編での「牧村を殺そうとした」という業(ごう)を背負ったことが原因だったわけです。(黎明編は、過去なのではなく”未来編”の永劫なる先、という構造になっています。詳細はコチラ。)

さらに、火の鳥による「不死」が「不老不死」とは限らない、ということもわかりました。今回の不死は、牧村に対する懲罰的な扱い および 希望者に対する赦し(と言いつつ、実際に許されてはいませんが・・・)として与えられますが、前者は「赤子と老人を行ったり来たりする不死」であり、後者は「人ではない(というか、動物とも思えない)姿で生きながらえる不死」です。これは、不死に憧れるということの無意味さを語っているように思います。

このように「火の鳥」というものの存在および、その重要なストーリーテラーである猿田について新たな情報が提示されたことで、火の鳥シリーズの全体像が、少し見えはじめる、そんな位置づけであると言えるでしょう。

マンガ作品としての特異性

ここからは余談となりますが、コンサルタントの「資料作成」の視点でみると、非常に面白いコマ割りが使われていると感じました。

それは「業務フロー的表記」と「有機的なつながり表記」です

業務フローのように描く

今回、4人の登場人物が、バラバラに脱出ポットに乗って「無線通信」で会話をするシーンがあります。この際の表現手法が非常に面白いと思います。

下図をご覧ください。左側が「一般的なコマ割り*」で、右側が「手塚治虫のコマ割り」です。(*:僕が勝手に書いたので、プロから見るとおかしいかもしれませんがイメージということでご容赦ください)

phoenix_Uchu_01

普通、それぞれの登場人物が発言順にコメに入り、台詞を述べていく、という事になると思います。そして、今回の場合、「登場人物はバラバラの場所にいる」わけですので、ひとコマに、ひとりしか入らない、というカタチになると考えられます。

そこを、手塚治虫は、縦に登場人物を配置し、時系列に右から左にコマを流す、という決断をします。(読む順序は、右上から右下、左隣の列の上から下・・・となります。)

これは、とても斬新な考え方だと思います。そして、この手法は「業務フロー」と同じです。(左右は逆になることが多いですが)手塚治虫の頭の中が、非常にロジカルに整理されていた、ということが窺えます。

有機的なつながり で描く

こちらもシーンは同じですが、今度は、各自が回想しながらコミュニケーションを取る、という状況です。

それぞれの登場人物の「回想」が徐々につながり、複数人の回想にまとまり、また分かれ、ということを繰り返していきます。

phoenix_Uchu_02

「同じ情景・場面」でも視点によって、その意味合いが異なることがありえます。そういう場合には、2つに分けて表現することで「ある場面の表と裏(というか、A面とB面というか・・・って若い人にはわかんないんでしょうけど)」を表現することができます。

これは、様々な問題・課題を紐解く際の「原因を探る図」に似ています。世の中の事象は、複雑に絡みあっていますので、一本道で「答え」にたどり着けるなんてことはまずありません。その際の「もつれた思考回路」を図に落とすのが、コンサルタントの”見える化 力”だったりするのですが、手塚治虫の非凡な「構成能力」そして「空間認識能力」がひしひしと伝わってきます。

 

この”宇宙編”を読んで、最初に頭に浮かんだのは、北斗の拳の「聖帝サウザー」の言葉「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!!愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!!愛ゆえに・・・」です。サウザーは「こんなに苦しいのなら 悲しいのなら・・・愛などいらぬ」と断じますが、最後には「愛」を知って死んでいきます。

本作で扱われた「愛」と「エゴ」および、愛を捨てきれないが故に背負わされてしまう「業」というテーマが、次作”鳳凰編”以降、どのように紡がれていくのかに注目して読み解いていきたいと思います。(ちなみに、サウザーが操るのが「南斗鳳凰拳」であることと、次作が”鳳凰編”であることに、因果を感じてしまう僕なのでした・・・)

更新情報は twitter:www.twitter.com/gixojp をフォローいただいて、適宜ご確認いただければと思います。

火の鳥 3 ヤマト・宇宙編 (GAMANGA BOOKS)

火の鳥 3 ヤマト・宇宙編 (GAMANGA BOOKS)

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