ギックスの本棚/火の鳥(手塚治虫):(7) 羽衣編 【GAMANGA BOOKS|小学館クリエイティブ発行】

AUTHOR :  田中 耕比古

たったの40ページで、火の鳥のテーマを描ききる驚愕の一編

火の鳥 5 復活・羽衣編 (GAMANGA BOOKS)

本シリーズでは、火の鳥を読み解いていきます。火の鳥の全体構成については、コチラをご参照ください。(尚、本稿で紹介するのは、小学館クリエイティブ発行の「GAMANGA BOOKS」の「火の鳥」です。)

あらすじ

こういうのは、僕がクドクドかくことでもないので、GAMANGA BOOKS版 火の鳥の裏表紙より引用します・・・と言いたいところなのですが、本作はあまりに短いため、これくらいしか書かれていません。

ほかに、羽衣伝説を元にした短編「羽衣編」と掌編「休憩」を収録する。

ということで、これではさっぱりわかりませんよね。少し補足をしておきます。

ストーリー概要

天女の羽衣伝説には、いろいろな類型がありますが、めちゃめちゃ端的に言うと、こんな話です。

  • 男が住んでいる
  • 天女が下りてきて水浴びをする
  • 男が羽衣を隠す
  • 羽衣を隠されて帰れなくなった天女は、男と結婚する

「羽衣編」においては、この天女が1,500年未来から(火の鳥によって)タイムトリップしてきた女性であるという設定です。「未来を変えてしまう」という危惧を抱きつつも、その時代の男性との間に子供をもうけてしまいます。そして、その夫が戦に駆り出されようとした際に、未来の物質でできた「羽衣」を兵士に渡すことで徴兵を免れます。これにより「未来を変えてしまう(繊維技術の革新を生んでしまう)=恐ろしい罪」を背負った彼女を救うため、夫は羽衣を取り返しに行きます。夫の死を覚悟した女性は、子供を連れて未来へ帰ることを決意します。

シンプルな構成で、繰り返されるテーマ

この「羽衣編」は、たったの42ページで構成されています。言うまでもなく、シリーズ最短です。そして冒頭と最後に「能舞台」の風景が見開きで描かれることからわかるように「観劇をしている」という体で描かれます。コマ割りは、各ページを縦に4分割した「横長のコマ」で統一されており、「舞台の風景」を切り取って並べたような仕立てになっています。

その「シンプルで飾り気のない構成」の中で、全編通してのテーマである「争いの歴史」と「人の愛」について語られます。

まず、主人公の女性(おとき)は、1,500年後の「戦乱の世」から逃れるべくタイムトリップをしてきました。しかし、その”過去”の世界でも、やはり戦乱によって幸福な生活を奪われてしまいます。火の鳥で描かれる壮大な”歴史”の中で、いつの時代も人は争い続けています。そして、民衆はいやおうなく巻き込まれています。なんと不幸なことでしょうか。これが、手塚治虫が感じている「人の業」というべきものなのかもしれません。

一方、彼女が救おうとした夫は、彼女を救うために命を懸けることになります。利己ではなく利他の精神ですね。ヤマト編のヤマト・オグナや、宇宙編のナナを想起させます。愛する人を守るために自己犠牲を厭わない姿勢は、手塚治虫の描く「人間の美しい側面=愛」なのではないかと思います。(尚、この感情を、ロボットである復活編のチヒロや、未来編の不定形生物ムーピーのタマミが抱いている、というところにもテーマの深さを感じます。)

上記の「業」と「愛」は、火の鳥シリーズで何度も繰り返し語られるテーマであり、それを42ページの中に凝縮しているわけですが、さらに、タイムトリップという概念によって「時代を行き来する物語の構成」も表現していると僕は感じています。さらに、そのタイムトリップを可能とした存在=神に等しき万能の存在である”からだが火のように燃えている鳥”についても、主人公の台詞として語らせています。

他編のように「一編だけで、お腹いっぱいになる圧倒的ストーリー」こそありませんが、火の鳥シリーズを読んでいる人にとっては「火の鳥エキスが濃縮された42ページ」だと言えると思います。

物事の本質だけを見極めて切り取り、それを敢えて「定型的なフォーマット」に落とし込んで描ききっている上に、シリーズ全体の中での箸休めとしても最なこの”羽衣編”。手塚治虫の非凡さを強く感じる一編です。

 

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火の鳥 5 復活・羽衣編 (GAMANGA BOOKS)

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