ギックスの本棚/火の鳥(手塚治虫):(8) 望郷編 【GAMANGA BOOKS|小学館クリエイティブ発行】

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古
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誰かがやりたいことをやると、周りは振り回される

火の鳥 6 望郷編 (GAMANGA BOOKS)

本シリーズでは、火の鳥を読み解いていきます。火の鳥の全体構成については、コチラをご参照ください。(尚、本稿で紹介するのは、小学館クリエイティブ発行の「GAMANGA BOOKS」の「火の鳥」です。)

あらすじ

こういうのは、僕がクドクドかくことでもないので、GAMANGA BOOKS版 火の鳥の裏表紙より引用します。

惑星エデン17の女王・ロミは 無人だったこの惑星に 夫のジョージと棲みついた地球人だ。
事故で死んだジョージとの思い出が残る地球への望郷の念がやまないロミは、
ロミの子孫とムーピーの間に生まれたエデン人の子・コムとともに火の鳥に導かれながら地球を目指す。
しかし、地球はロミやコムが夢見た世界ではなくなっていた。 宇宙編の牧村が再び登場する。

火の鳥世界における本作の位置づけ①:時代

この望郷編は、他の物語とは違い、明確な「西暦表記」がありません。

まずはその年代の特定をしてみたいと思います。 望郷編には、宇宙編に登場した牧村が、登場します。個人的には、この牧村と宇宙編の牧村が同一人物なのかについては疑問があるのですが、先ほど引用した裏表紙にも書いてあるのできっとそうなのだろうと判断しました。

そうだとした場合、本編で「おれは死なない体になりたいんだ」という発言がありますので、宇宙編で明かされた残虐な行為は、これよりも後の話である、ということになります。(その残虐な行為によって、牧村は”死ねない”体になります。→ 宇宙編の書評はコチラから)

宇宙編(及び、次々作にあたる生命編)も含めて、年表に纏めてみました。

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宇宙編の「事故」は2577年に発生しています。また、彼らは、50数年前にザルツを出発しています。そして、出発の際に、牧村が282歳であることが明かされていますので、牧村が生まれたのは、2577-(50+α+282)≒2240 ということになります。

彼は、18歳までは「センター」と呼ばれる研究所の中で無菌状態で暮らしており、そこで出会った女性に恋をし、失恋します。そしてその後(使われる表現は”まもなく”)宇宙飛行士となって宇宙に旅立つことになります。また、隊長の言葉を借りると55~6歳頃にラトマスに派遣された、とのことですので、宇宙編で語られた酷い行いの結果、彼が死なない体になったはこの頃の出来事ということになります。

そして、前述の通り、本編(=望郷編)にでてくる牧村は、ズバーダンに「不死身の体がほしい」と言っていますので、この話はラトマスに行くより以前だと考えるのが妥当です。

よって、望郷編は牧村が18歳(2258頃)~55歳(2295頃)の何処かの時点のお話、ということになります。

また、次々作にあたる生命編(2155年)では、望郷編の冒頭で語られるような人口爆発の描写はでてきませんし、宇宙旅行をできるような科学技術の描写もありませんので、望郷編の主人公ロミが生まれたのは、少なくとも2156年以降だろうと考えられます。

ロミは、牧村に年齢を聞かれた際に131歳だと言っていますので、生命編の翌年2156年生まれだとしても、2156+131=2289年となってしまいます。これは、ラトマスに派遣される数年前、ということになります。ということで、ラトマスに派遣されるのは、望郷編の出来事の直後、ということになりそうです・・・ほんとかなー。

やや、計算が・・・

ただ、正直なところ、上記の時間軸には無理があったりもします。

ロミは、「エデンで113年過ごした」「地球を出たのは高校生(16~18歳)」ということですので、129~131歳くらい、となります。

しかし、惑星エデンと地球の間は、コールドスリープを行って移動しています。また、その距離も「地球に通信しても、届くまでに2年半かかる」ということですから、コールドスリープの期間も相応に長いだろうと思われます。(宇宙航行の仕組みはよくわかりませんが、片道2.5年と置きました。)

つまり、高校生=16歳だった、ということですね。そこに、コールドスリープ2.5年+エデン113年≒131歳 ということになります。

そして、その後、地球に戻るのに2.5年程度かかり、さらに、牧村が最後にエデンに行くのに2.5年かかります。さらに、厳密に言うと、ズバーダンがエデンに到着してから半年間でエデンが滅ぶ、ということは、ズバーダンの地球出発から牧村の出発まで最低半年のタイムラグが必要ですので、最低でも0.5年プラスする必要があります。

即ち、このお話には、131年+5.5年≒147年が必要になるわけですが、これでは「生命編の2155年」から「牧村のラトマス派遣の2295年」の間=140年 を7年上回ってしまいます。

もちろん、宇宙編で語られた、牧村の55~6歳のころ、というのが、10年程度間違っていた、ということもありえます。なんといっても、280歳とかになってるわけなので、記憶に10年単位のずれが出ていてもおかしくはありません。とはいえ、「生命編」では、技術力がそこまで進歩していないことを踏まえると、さすがにもうちょっと時間が必要なんじゃないかなーという気がしますね。

というわけで、無理矢理、差分を潰し込むとすれば

  • 牧村のラトマス派遣は、100歳の頃だった(これで50年ほど稼げます)
  • ロミは、エデンでのコールドスリープにおいて、年数を数え間違えていた(113年ではなく、80年程度だった)

というような解釈になると思います。こういう感じで余白を多く取れれば、科学技術の進歩具合にも説明がつきます。(まぁ、そもそも、コールドスリープしている間の年齢の数え方って、どういう感じになるのか良くわかんないですしね)

ただ、いずれにしても、望郷編の後、そこまで時間をおかずに、牧村はラトマスに派遣されたのだろうと僕は理解しました。

火の鳥世界における本作の位置づけ②:キャラクター達

この望郷編でも、多くの伏線(というか、”未来の世界”に登場するものたちの祖先)について触れられます。

まずは、未来編のムーピーの祖先も登場します。未来編では、「50年前にシリウス星系から連れてきたムーピー」という表現がありますので、望郷編で火の鳥が訪れたのは、この星だったのでしょう。火の鳥に、ムーピーの長老が語った「ワレワレヲトラエテ モノ好キナ客ニ ウリトバソウトイウ ナサケナイ連中ガ オリマスデナ」という危惧は、長い時を経て、現実のものとなってしまったわけですね。(しかも、勝手に連れてきておいて「人間を堕落させるから、一匹残らず殺す」という判断をしたわけですね。人の業の深さに呆れてしまいます。)

また、ロボットのチヒロも登場します。チヒロは、未来編で登場したロボットの「ロビタ」の誕生を語った”復活編”で「チヒロ61298号」として登場します。望郷編のチヒロは、2545号ですので、かなり初期ロットっぽいですね。なお、望郷編の時点で、チヒロ型は1300万台いるそうなので、この61298号も望郷編の時点(前述の試算により、2300年頃と推定)ですでに製造されており、そのまま復活編(2482年)までの180年程度、稼働し続けている、という事なのかもしれません。

幸せに生きるとは何か。

子孫を残してほしい、というジョージの願いを受けて、主人公のロミは、「子孫を残す=実の息子との近親相姦による子作り」のためにコールドスリープします。これは、黎明編のヒナクの子供たちの置かれた状況に似ています。祖先を残し、幸せに暮らす、ということを生きる目的に据えたことになります。

その願いは、火の鳥の助けを得て、少し違った形で実現されます。しかし、一つの目的が達成されると、人は違うことを望むものです。ロミは地球に帰りたいと願います。

彼女が、そんなことを思わなければ、エデナ(エデン17に築かれた街)は滅ぶことはなかったでしょう。もともと、彼女は自らの意思で駆け落ちしてエデン17に辿り着き、エデナの街をつくるきっかけをつくりました。そして、その113年後(先述した時代考証の話は忘れてください)に、再び地球に戻るという「わがまま」を通します。

彼女は一見すると悲劇のヒロインのように見えますが、正直なところ「好き勝手に生きた身勝手な女性」だと僕は思います。

ただ、もちろん、そういうところが「人間らしさ」なのだと思います。「愛」によって地球を離れ、「失くしたものへの憧れ」によって再度地球をめざし、夕日を眺めながら満足して死んでいく。ある意味では、とても幸せな人生だったと言えるでしょう。

人の”業”の恐ろしさ。

本作に登場する他のキャラクターも、人間の「業」を感じさせます。

ネズミのような恰好をしたズバーダンは「人の悪徳」の象徴です。穢れの無いエデナの街に悪徳をはびこらせ、自分の売りたいもの(酒やたばこ、銃など)を販売します。(彼は、そういうものが「文明国の証」だと語ります。)人の「強欲」という名の業を体現していますね。

また、ロミを愛してしまった牧村ですが、コムに対しては情け容赦なく発砲します。もちろん、顔に汗をかき、不本意だという表情は見せますが、殺すことにためらいはありません。これは「冷徹」という名の業でしょう。この性質は、ラトマスでフレミル人を殺戮するときに発揮されたものと同じかもしれません。 そんな自分の性質を自覚せぬまま、物語のラストシーンで”星の王子様”を読む牧村をみると、人の「愛」と「業」の複雑に絡み合っている状態に気づかされます。

ああ、僕たちは、なんとややこしい生き物なのでしょうか。

ズバーダンは、「ニーズ」をつくり出す悪のマーケター

さて、最後に一つ注目したいことがあります。それは、本作に登場するズバーダンというネズミのような商人が、非常に優秀なマーケターだということです。

ニーズがあれば、それに合うものを売る。ニーズが無ければ、ニーズをつくり出してしまう。マーケティングの王道ともいうべきアプローチです。ズバーダンの「売りもの」が破滅へ導く類のものですので、彼の行為は決してほめられたものではありませんが、マーケターとしては理想の形で売りこんでいると言って良いでしょう。

彼は、麻薬のような薬を飲料水に混ぜます。これを飲むことで、清廉だった人々が「欲の塊」になります。酒におぼれ、ギャンブルに興じ、銃を求めます。そうすることで、自分の売りたかったもののニーズをつくり出すわけですね。凄い・・・

世の中の多くの人は、自分が欲しいものを明確にはイメージできません。僕自身、iPhone6は「理想と違う」と思っていましたが、実際に使うと「うん、そんなものかも」という気持ちになります。いやはや。

ですので「あなたにはコレが必要だ」「あなたはコレを持つべきだ」ということをキチンと伝えられれば、世の中に「マーケット(市場)」ができます。 ズバーダンは、まさにマーケットを開拓している、わけです。凄い手腕です。(ある意味では、現代社会におけるマスマーケティングによる”欲求を煽る行為”を、手塚治虫は批判したかったのかも知れませんが・・・)

というわけで、マンガを読むだけで、マーケティングまで学べてしまう、火の鳥望郷編。是非、ご一読ください。(笑

おわりに

尚、この「望郷編」が、現代から大きく変化した(ガンダムで言うところの「未来世紀」のような)時代の物語としては、最後になります。

これ以降に語られる”未来”にあたる物語=生命編・太陽編は、比較的現代の趣・テクノロジーが残る”比較的近い未来”の話です(宇宙旅行などは一般的でなくなります)。こうなると「黎明編」の次の「未来編」を読んだ時に感じた、圧倒的なまでの広大な物語世界の中に散らばった”沢山の世界観を持つ物語群”が、ひと繋ぎになってきていることを感じざるを得ません。

次作となる”乱世編”以降の、より「現在」に近い火の鳥の世界でも、これまで同様、火の鳥の主題である”輪廻”・”愛”・”業”というテーマが繰り返し語られます。今後も、そのあたりに注目しながら読み解いていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

更新情報は twitter:www.twitter.com/gixojp をフォローいただいて、適宜ご確認いただければと思います。

火の鳥 6 望郷編 (GAMANGA BOOKS)
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