ギックスの本棚/火の鳥(手塚治虫):(10) 生命編 【GAMANGA BOOKS|小学館クリエイティブ発行】

AUTHOR :  田中 耕比古

倫理感というから分からなくなる。生命の重みと言えば良い

火の鳥 9 生命・異形編 (GAMANGA BOOKS)

本シリーズでは、火の鳥を読み解いていきます。火の鳥の全体構成については、コチラをご参照ください。(尚、本稿で紹介するのは、小学館クリエイティブ発行の「GAMANGA BOOKS」の「火の鳥」です。)

あらすじ

こういうのは、僕がクドクドかくことでもないので、GAMANGA BOOKS版 火の鳥の裏表紙より引用します。

テレビプロデューサー・青居は、クローン人間をハンターに殺させる殺人ゲーム番組のために、

クローン人間の秘密を知るインカの精霊の子孫「鳥」に出会うが、

自分自身のクローンが作られてしまう。

登場人物の概要

本書では、平和に飽きた人々が「残虐性」をエンターテイメントとして楽しむ姿が描かれます。

そんな残虐さへの欲求を満たすために、主人公の敏腕テレビプロデューサーの青居は「クローン猛獣」のハンティング番組を作っています。しかし、人は”慣れる”ものです。低迷する視聴率に業を煮やした青居は「クローン人間」のハンティングを企画します。

本編における火の鳥は、そのクローン技術のカギを握る存在として扱われます。実際のところ「火の鳥」としては登場しませんが、「空から来た聖霊=火の鳥」と地球人(ケチュア族)の混血の娘が、宇宙編に登場したフレミル人と近い「鳥人間」というべき出で立ちで登場し、(呪術的な)クローン技術の持ち主として振る舞います。

また、火の鳥シリーズ全編を通して登場する猿田は、青居を鳥人間に引き合わせる役目を担います。彼は、相変わらず自らの鼻にコンプレックスを抱き、愛する人にこの顔では釣り合わないとして自らのクローン作成を望みます。純情だが、どこか屈折した猿田らしさがここでも発揮されています。

そんな猿田の純情を、青居は「クローン人間ハンティング」の標的にしようと目論みますが、それは叶わず、意に反して自らのクローンを大量につくられてしまう結果となります。そうなって初めて、青居は「自らがやろうとしてたことの愚かさ」に気づくわけですが、時すでに遅し。人の欲望・人の業は、自らの身に降り注いで初めて愚かさとして具現化されるのです。哀しいですね。

哀しいほどに「人間らしい」青居

この生命編は、タイトルの通り「生命」を主題として扱います。

クローンとは何か。ユアン・マクレガー主演の映画「アイランド」などでも、クローン人間という存在は「倫理観」との対応として語られますし、この火の鳥生命編でも「マスコミの倫理観」として扱われます。しかし、クローン人間を、あるいはクローン技術を「倫理」という言葉で表現し、理解しようとするが故に、却って分からなくなっているのではないかと僕は思うのです。

本質は、「生命」です。「生命の重み」です。

生命というものを、どのように理解し、どのように扱えばいいのかに、絶対無二の答えはありません。しかし、それを考える際に「他人の命」と「自分の命」を、まずは”同じレベルの大事なもの・重いもの”と考えるところが出発点なのは間違いないと思います。

そういう観点で見るときに、主人公の青居は、「徹底的に人間らしい」存在です。最初の時点では、クローン人間を自分事と考えていません。自分のクローン人間がハンティング対象になってからは、クローン人間=自分の命に対して(強制的に仕向けられて)真摯に向き合います。(その際に、クローン人間を”自分の鏡”としてふるまうのも興味深いですね)その後、ジュネと出会い、ジュネを愛する中で、他人の命と向き合うことになります。

その結果、最終的にクローン人間工場を、命を賭して破壊するという結末に至るわけですが、この「生命の重み」に対する意識の変化は、まさに「自分本位で生きる人間らしさ」を体現していると思います。結局のところ、「倫理観」という言葉で”抽象化”するとボヤけてしまうものを、「命の重み」と”具体化”することで、クリアにイメージできる、ということなのかもしれませんね。

 

尚、本書と方向性は異なりますが、「国民クイズ」(※手塚作品ではありません)も、人の業とメディアの関係性を素晴らしい切り口で表現した名作ですので、良ければご一読ください。

 

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火の鳥 9 生命・異形編 (GAMANGA BOOKS)

火の鳥 9 生命・異形編 (GAMANGA BOOKS)

 

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