【”考え方”を考える】アナロジー(比喩表現)で考える ~戦略コンサルタントって、プロ野球選手みたいなものじゃん?~

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古
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比喩表現を使うためには「本質の理解」が大前提

コンサルタントに限らず、会話の中で「それはさ、要するに、XXXXみたいなもんだよ。」と言うような表現を使うことがあると思います。

この「XXXXみたいな」という部分、つまり比喩表現がアナロジーです。本日は、このアナロジーについて考えてみたいと思います。

 アナロジーとは何か

いつもお世話になっている、Wikipediaさんから引用します。(お世話になってる人は、ちゃんと寄付しましょうね!(笑))

類推(るいすい)は類比(るいひ)、アナロジー(Analogy)ともいい、特定の事物に基づく情報を、他の特定の事物へ、それらの間の何らかの類似に基づいて適用する認知過程である。ドイツ語のAnalogieはギリシャ語ἀναλογίαからの外来語だが、そのギリシャ語での意味は「反ロゴス」である。

出所:wikipedia

要するに、いわゆる「比喩表現」だと言って良いと思いますが、重要だなと僕が思うのは「Aという事象とBという事象の”似ている部分”を軸にして、AをBと例える」というところです。

うまい「アナロジー」とは?

原則1:「相手が理解しているもの」で喩える

上述の「AをBと例える」というケースでは、まず、大前提として「話している相手は、Aと言うものを良く理解していないが、Bのことはそれなりに理解している」という事が必要です。そして、Aと言うものをキチンと理解してもらうために、Bと言うものを引き合いに出すわけです。

つまり、相手が想像できるもの、即ち一般的な事象である、もしくは、相手の専門領域や知識範囲・興味範囲に近い事象であるということが、うまい「アナロジー」の条件となります。

原則2:ちゃんと「似ている」

そもそも、似ていることが重要です。そして、説明したいところに関して「本質的な部分」が似ていることが重要です。

「マンガって、教科書みたいなものだよね」と言われたとしましょう。おそらく、「いいことが書いてある」「学ぶべきことが多い」というようなことになるのでしょうが、それって「似てる」のかというと疑問です。同じ「本」というカテゴリーに属しているものである、という意味で”似ていて当たり前”の部分を除いてしまうと「絵がメイン vs 字がメイン」「おもしろい vs 堅苦しい」「商業的・マーケティングで訴えかけてくる vs 非商業的・強制的に読まされる」という”違い”が目立ってしまいます。(いっそ、「マンガって、”人生の”教科書みたいなものだよね」であれば、本来の”教科書”では人生に対してはインプットを与えてくれないところを、マンガが補完してくれる!という観点になりますので、いい喩えになるかもしれません)

「パワポのスライドショーって、マンガみたいなものだよね」という場合はどうでしょう。「パラパラとページがめくられていく」「絵や図表を多用して、ビジュアルに理解できるようになっている」「ストーリー構成が重要で、それがショボいと内容が伝わらないどころか、飽きてくる」というような本質の部分に共通項がありそうです。

原則3:意外性がある =「当たり前だよね」とならない

とはいえ、そもそも類似する部分が非常に多いもので例えても、理解は深まりません。「適度に遠い」ことが重要です。

たとえば、「コンビニってさ、自動販売機みたいなものだよね」と言われても「いろんなものを、自由に選べて買える」という意味では”同じ便益を提供しているもの”ですから、正直、アナロジーとしてはイマイチな感じを受けます。(もちろん、在庫管理のむずかしさ、などの特殊なポイントを指して”自動販売機と同じだ”と言っているような場合は、うまいアナロジーになる可能性はあります)

一方、「コンビニって、アメリカンフットボールみたいなものだよね」と言われると「おお?」となります。この2つは、直感的にあまり似ていないからです。原則2に従って説明するなら(思い付きなので、やや無理がありますが)「アメフトは様々な”得意領域”に限ったトップクラスの能力を持つ選手を集めてチームを構成する、コンビニも食品・医薬部外品・化粧品・雑誌・アルコール・タバコ・各種金券類などの色んな”特徴・特長”を持った商品群から選び抜いて店舗としての価値を構成している」とかいう説明をすることになるでしょう。しかしながら、この例は、原則1の「相手が理解しているもので例える」と言う観点では、アメフトファン以外には通用しない、ということになるので注意が必要です。

尚、「パワポのスライドショー」 がピンとこない人にも、「マンガ」ならピンとくるでしょうから、原則2の例は”それなりに良いアナロジー”と言えるかもしれませんね。

戦略コンサルタント=プロ野球選手

仕事柄、「戦略コンサルタントになりたい」という若い方に時々出会うのですが、そういう方たちの抱いている「戦コンのイメージ」がバラバラだったりするので、何かいい喩えは無いかな、と思っていました。

最近は「戦略コンサルタントって、プロ野球選手みたいなものだよ」と言う事にしています。

人数で考えてみる

プロ野球選手って、世の中に何人いるのでしょうか。1試合に出るスタメンは9人(DH入れて10人)。リリーフやクローザーなどを入れて、1試合でせいぜい15人くらいでしょうか。単純に考えると、15×12で180人が「最上級のプロ」ということになります。もちろん、先発ローテーションもありますし、一軍登録が28人ですから、336人は「トップ層のプロ」でしょうね。また、1軍の試合に出れる「支配下登録選手」は各チーム70名までですから、70×12=840人が「プロ野球選手」という感じかなと思います。

一方、国内の戦略コンサルタントの数はと言うと、定義にもよりますが、まぁ、数百人程度。非常に頑張って拡大解釈しても2,000人もいないんじゃなかろうかと思います。(出身者を含めると、数倍いますよ。でも、現役の戦略コンサルタントってそれくらい希少種だと思います)

向き不向きで考えてみる

プロ野球選手は、子供のころから野球が大好きです。そして、野球に向いています。好きこそものの上手なれ、を体現している人たちです。そして、日々の練習・鍛錬を怠りません。プロであり続けるために、もっというと、プロとしてより高みを目指すために、たゆまぬ努力を惜しみません。

戦略コンサルタントは、考えるのが大好きです。そして、考えることが得意です。どれだけ疲れていても、決して考える事から逃げません。考えていて納得がいかないと「気持ち悪い」と感じ、気持ち悪さが消えるまで、突き詰めて考え抜きます。また、知識を増やしたり、思考の幅を広げるための活動も怠りません。

野球が好きでない人が「なんとなく野球選手になりたい」と言っても難しいのと同様、考える事・考え抜くことに対して抵抗感のある人は「なんとなく戦略コンサルになりたい」と言っても、なかなか難しいように思います。

仕事内容で考えてみる

プロ野球選手は、結果にコミットします。もちろん、求めるべき結果は「チームとしての勝利」ですが、そのためには個人成績も重要です。チームに貢献するという前提ですが、基本的には「個人技で活躍すること=チームへの貢献」ということになりますから「個人として、勝負して、勝つ」ということが重要です。特に、野球の場合、多くの場面が 1 vs 1 (ピッチャーvsバッター)という構図ですので、チームで戦う競技の中では「個人の能力」で戦う一匹狼的な側面が強いスポーツだと思います。

戦略コンサルタントも、チームプレイがモットーです。そして結果(プロジェクトの成功=クライアントへの価値提供)にコミットします。しかしながら、少人数で短期間(3人で2ヶ月とか)で成果を出さなければならない状況が多いため、個々人が高い能力を兼ね備え、また、それを100%以上発揮することが求められます。バッターボックス(打ち合わせ)に入ると、どんなボール(質問や反論)が飛んできても、きちんと状況を見定めて適切に打ち返すことが求められます。このあたりは、完全に個人技です。

担当分野で考えてみる

プロ野球選手は、基本的には打席に立ってボールを打つのが共通の仕事ですが、守備に回ると役割が分かれます。ザックリ分ければ、早いボールを正確に投げられるピッチャー、全体把握力が高くリーダーシップがとれるキャッチャー、瞬発力が高くて器用な内野手、肩が強くて足がそこそこ速い外野手、というような感じでしょうか。それぞれの役割をキチンとこなすのが重要です。

戦略コンサルタントも、基礎能力(考える力が高い)というのは共通的に求められますが、個別に得意不得意はあります。具体的に言うと、コミュニケーション能力に秀でている、抽象度の高い概念の言語化・図式化能力に優れている、思考のジャンプ能力(いわゆる発想力)が凄まじい、ある領域(SCMとか、営業領域とか、あるいは、特定の業界とか)に関する知見が非常に深い、大規模システムの設計・運用経験が豊富、などが「基礎能力の”上に乗る”能力」です。こういう能力があると、ぴったり嵌る仕事(ポジション)でより成果が出しやすくなります。

基礎能力だけでは駄目で、”突出した”個性が必要、ということですね。

そして、反対に言えば、「足が遅いプレイヤーでも、ホームランを量産できれば問題ない」ように、「コミュニケーション能力はそれほど高くない戦コンでも、思考の整理力が突出していれば価値を出せる」ということになります。もちろん、どちらの場合も”最低限の基礎能力がある”という前提ですけれども。

アナロジーを使いこなすと「説明上手」になれる

上記の「戦コンvs野球選手」の例は、前掲の3つの原則を満たしている例だと思っています。

【原則1:相手が理解しているもので喩える】という意味では、一般的な「野球選手」を引き合いに出していますので、クリアしていると思います。【原則2:本質的に似ているもので喩える】という観点では、上述の通り十分似ていると言えるでしょう。また、【原則3:意外性がある】については「よく分からないもの(戦コン)」と「一般的に分かるもの(野球選手)」を並べている、という時点で十分な”距離”があると思います。さらに言えば、サラリーマンの一種である戦コンを、同じサラリーマンという部類に含まれないもの(スポーツ選手)から選択しているということで、”距離”を確保できていると思います。

そしてなにより、この例を用いたことで「戦略コンサルタント」という職業が、どういう特性のものなのか、が多少なりとも伝わったのであれば、この喩えは成功ということになります。

その一方で、「もっと仕事の内容に踏み込んでほしい」「具体的な業務のイメージが分からない」というような場合には、非常に使い古されたアナロジーで恐縮ですが「戦コンとは、企業のお医者さんみたいなものだ」という話になると思います。

完全に一致する「アナロジー」なんて無い

ぶっちゃけますと「ある事象の全ての側面を、きっちり説明できるアナロジー」はありません。もし、そんなものがあるならば、その2つの事象は「全く同じもの」です。(そもそも、アナロジーとは「似て非なるもの」を示しているのではなく、「もともと”非”なのだけど”似てる”もの」を持ってきているわけですから、違っていて当然です。)

アナロジーの好例だなぁ、と僕が思っているのは、小説「仁義なきキリスト教史」です。(関連記事:ギックスの本棚/仁義なきキリスト教史) この小説は、キリスト教の「宗派」をヒロシマ弁を喋るヤクザの「組」になぞらえています。非常に良くできているのですが、さすがに「100%アナロジーに則って語りきる」ということは無理です。(破綻してしまっている、なんてことは全くないのですが、ちょっとアナロジーの限界を超えちゃったかな、という部分はでてきてしまいます)

ですので、現実的には「自分が説明したいところ」を絞って、「その部分の説明に適したアナロジーを見つける」ということが重要なポイントになります。そのあたりを意識しながら「アナロジーをうまく使う」ということができれば、相手の理解度がぐっと上がる、という結果につながりますので、是非、ご活用ください。

但し、多用しすぎると「本筋がなんだったのか良くわからなくなってしまう」おそれもありますし、そもそも、下手な喩えは混乱を招きますから、「思いついくままに喩えてみる」のではなく、「あらかじめ、適切な喩え話を考えておく」というのがビジネス上では重要だと思います。薬も過ぎれば毒となる。アナロジーは、用法・容量を守って、正しくお使いくださいませ。

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