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ギックスの本棚/かもめのジョナサン 完成版(リチャード・バック 著|五木寛之 創訳)

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古
jonathan

”道しるべ”とすべきは、己自身の探求心

かもめのジョナサン完成版

かもめのジョナサン。要領良く「優等生」を演じる中学生が読書感想文を書くなら、最初に候補に挙げるのはコレでしょうね。

なんとなく”深そう”なことが書いてあって、しかも、その”深い”のが「学び」とか「探究」とかに通じる何かな感じがして、読書感想文を評価する先生方や教育委員会、そしてPTAな皆々様に「ウケの良さそうなことを書ける感」がビンビンします。さらに、なんといっても、短いのがいい。夏休みは有限です。あっという間に読めるのが最高。

多少要領が良くても頭の使いどころを考えない普通の中学生だと、ベタな小説(「坊ちゃん」とか)を選んでから、全文読むのが面倒でとりあえず「あとがき」とか「解説」とかをコピって字数を稼ぐという愚挙に出るわけですが、当然ながら、オトナたちにはネタバレしちゃうわけで、あんまり賢明な判断とは言えませんよね。やはり、小賢しく選ぶなら「かもめのジョナサン」一択です。特に、中1・中2とかじゃなくて、中3くらいで選択するのが”敢えて”という感じがしてオススメだったりしますね。思慮深い感の醸成。

そんな、中学生の強い味方「かもめのジョナサン」が、なんと【完成版】と銘打って新発売されました。なんでも、第4章(Part4)が追加されたとか。読書感想文を効率的に書きたい中学生にとっては、読むべきページ数を増やすなんて人の顔した悪魔の所業!って感じです。全国の子供たちを敵に回してまで書きたかった第4章とは何なのか。そのあたりに着目しながら、本書をいつも通り適当な感じで読解していきたいと思います。よろしくお付き合いください。

あらすじ(※超ザックリ)

Part1~Part3(昔からある「かもめのジョナサン」パート)

カモメという生き物は、エサの事しか考えないのが普通で、彼らにとって空を飛ぶのは「エサをとるための手段」に過ぎないわけです。が、ジョナサンは「飛ぶこと」そのものに意味を見出します。で、飛ぶことを極めようとするんですけど、旧態依然とした長老達には当然怒られて、群れから追放されます。しかし、むしろコレ幸いと思って飛ぶことを探求していると、同じように「飛ぶことの探求」に情熱を注ぐカモメたちに出会うことができ、さらなるテクニックを磨く機会を貰えます。磨きすぎて、そのうち、瞬間移動とかまでできるようになっちゃう。ドラゴンボールかよ。なんなら、時間の概念も超越しちゃう。ジョジョかよ。

そんな”高み”に到達したジョナサンは、自分を追放した群れに戻って、昔の自分のような、悩めるカモメを育成したい!とか言っちゃう。で、群れに戻る。なんやかやあるけど、弟子が育つ。ジョナサン居なくなる。弟子、頑張って後進を育てる。

Part4(今回追加されたパート)

Part3の最後に「神格化しないでくれよ」と言い残したジョナサンでしたが、その願いはかなわず、孫弟子・ひ孫弟子の間では、その存在はどんどん神格化されていきます。さらには、初代の弟子たちも、どんどんと神格化され、同時に、教えも「形骸化」していきます。飛ぶことの探求を目指したジョナサンの意思は、果たしてどうなるのか・・・

何を目指し、何を指標とすれば「成長」できるのか

久しぶりに読んだ1~3章は、とても心に刺さります。

頑張ります、なんて言ってる暇があったら、勝手に頑張る

真理の探求に、寝食を忘れ、寸暇を惜しんで没頭するジョナサン。一時は、周囲に理解されないことに苦悩するものの、最終的には自分の望む道を突き進むジョナサン。頭でっかちになるのではなく、自分で仮説を立て、試行によって検証し、自ら答えを導き出すジョナサン。彼の飛行に対する真摯な取り組み方は、森 博嗣 氏のスカイ・クロラシリーズに通じるものがあります。

彼は、後に師を得て理論を学んでいくことになりますが、彼の飛行技術向上の速度が他を圧倒するのは決して「才能のせい」ではありません。彼を、学び・探究に駆り立てた「情熱の強さ」そのものが最大の鍵であり、また、その情熱を己の内に留めず、「自ら実際に試行して仮説検証していく態度」にあります。

ジョナサンの真理の探求は、まさに、破壊的なイノベーションと呼ぶべきものです。僕たちコンサルタントも、そして、世の中のプロフェッショナルビジネスマンの皆さんも、同じようなマインドセットと態度を持って、日々の仕事にあたるべきでしょう。世の常識や、社内の常識にとらわれていては、イノベーションなんて起こせるはずがありません。

いくら理論を伝えても、できるようにはならない

真理を極めた(あるいは、真理に近づいた)ものが、それを誰かに教えようとするときには、教える側の情熱だけではどうにもなりません。本書では、「学びたいという強い意識があり」「自ら改善していく態度を持っている」ものだけが、飛行技術の真髄に迫ることができています。

そういう「学ぶ姿勢を持っている」弟子に技術を教える際に、ジョナサンは決して口だけで指導することはしません。やってみせます。それをみて、弟子が「何が違うのか」を見極めて(もちろん、助言は受けますが)、自ら改善を繰り返していくことによって新たな技術を身につけていきます。

結局のところ、教育とは「教える事」だけでは達成されず「育むこと」が重要なのだと思います。そして、その「育む」は、いくら教える側がやっきになってもどうしようもないところです。教えられる側を見守り、その自主性に任せていくしかないのです。殻を破れ、だとか、常識を疑え、と、言った所で、受け手がどれだけ理解できるかはコントロールできませんし、ましてや、実際にそれを実践するかどうかとなると・・・いやはや。

ちなみに、某コンサルティングファームの名言(迷言?)に、「育つ奴は勝手に育つ。育たない奴はどうしたって育たない。」というものがありました(昔の話ですよ)。相当突き放した表現ですから、今の時代なら炎上間違いなし!なのかもしれませんが、実際のところ、誰かに育ててほしいといってる奴はどうしたって育たない、ということなんだろうなと思うと、しっくりくる部分もありますよね?(え、ぼくだけですか?)

ここまでが、1~3章(つまり、昔ながらの「かもめのジョナサン」)のお話となります。ええ、非常に示唆深いです。

何かを神格化しても、真理には辿り着けない

そして、ここからが追加された第4章のお話です。

この新しい章を読むのを楽しみにしている方もいるでしょうから、詳細には触れませんが、ジョナサンがいなくなった後に「ジョナサンとその直弟子たちの神格化と偶像化」および「教えの形骸化」が起こります。僕は、著者のリチャード・バック氏の宗教観を存じ上げません。しかし、訳者あとがきで(本人曰く”創訳者”の五木寛之さんにより)、第4章が法然もしくはブッダの死後、その存在が偶像化されたことを想起させること、そして、その結末は「神秘的に神秘化を否定して終わる」ことが記されます。

このあたりは非常に興味深いところではあります。とはいえ、宗教論になってくると、色々とややこしい話になりがちですので、今日のところは、関連記事(ギックスの本棚/仁義なきキリスト教史)にリンクを張るくらいでお茶を濁しときます。ご容赦ください。

ということで、それらをちょっと脇に置いて、再度、「学ぶ姿勢の原点」に立ち返ってみましょう。この章には「真理を学びたい若者」「形骸化した教えをバカにする若者」が登場します。これは、ジョナサンやその直弟子たちが「群れの長老達」と対立した(正確には、相互に理解できなかった)状況に酷似しています。革命軍が、いつのまにか抵抗勢力になってしまったわけです。ジョナサンという”伝説の存在”が多くのカモメにとって足枷となってしまったのは、皮肉としか言いようがありませんね。

そして、この若者たちは、第1章のジョナサンと同じ思想を抱き、自ら試行錯誤し、自分に正直に真理探究を目指します。それはジョナサンと同じ思想を持ったカモメたちが「神格化されたジョナサンを否定する」ことを意味します。

やはり、答えは「己の中にしかない」のです。他人に救いを求めても、それで得られるのはタダの気休めに過ぎません。己と対話することを怠って、成長しようなんて無理なんですよ。(ピンとこない方は、バガボンドの宮本武蔵を思い浮かべてみてください。そういうことです。)

第4章を足したことの是非

僕がこんな名作の【完成版】の是非について、とやかく言うのはおこがましい、というのは重々承知の上ですが、それでも一つだけ確実に言えることがあります。それは、「第4章の追加により、読書感想文のネタとしての難易度は”相当”上がってしまった」ということです。

というのも、ここで「ひとつの結論」が提示されてしまったわけです。この第4章なしに「答えは己の中にしかない。あとは気付けるかどうかだ。」という主旨の読書感想文を書けば、かなりいい線いってる、と評価してもらえるだろうと思うのですが、4章を読んだうえでそれを書いたら「うん、そうだね。そう書いてあるよね。」となってしまうでしょう。と、すると、第4章で語られる”神格化・偶像化の弊害”だとかいう所に切り込んでいくか、あるいは、”学びの伝承”を目的としていたハズの”教え”の形骸化は即ち教育のむずかしさを意味している、とかいう教育論に切り込んでいくことになるわけで、それはそれで、教育委員会ウケを狙う優等生のネタとしては非常にセンシティブで扱いづらいなわけですね。

そういうわけで、中学生にとっては良いことなしの【完成版】ですが、大昔に1~3章を読んだ”もう子供じゃない我々”にとっては、懐かしさと共に、妙に生々しく現実的な第4章によって「あのころの(比較的)ピュアな自分にはもう戻れないんだな感」をしみじみと噛み締めさせてくれるのは間違いありません。

夏の蒸し暑い休日に、夏休みの宿題に悩まされていた当時を思い出しながら、ダラダラと ご一読することをお勧めします。(そして、中学生諸君が読書感想文を書く際には、この【完成版】を読んでも「1~3章までの旧版しか読んでない」という体で臨むことを推奨しますよ。)

 

かもめのジョナサン完成版

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