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ギックスの本棚/紙つなげ!彼らが本の紙を造っている ~再生・日本製紙石巻工場~

AUTHOR :  田中 耕比古

スケジュールは「意思」によって定めるもの

紙つなげ!  彼らが本の紙を造っている

本日は、東日本大震災で被災した、日本製紙の石巻工場の復興に関するノンフィクション小説「紙つなげ!かれらが本の紙を造っている」をご紹介します。

概要

まず、Amazonに記載の、本書の概要を引用します。

「8号(出版用紙を製造する巨大マシン)が止まるときは、この国の出版が倒れる時です」
――2011年3月11日、宮城県石巻市の日本製紙石巻工場は津波に呑みこまれ、完全に機能停止した。
製紙工場には「何があっても絶対に紙を供給し続ける」という出版社との約束がある。
しかし状況は、従業員の誰もが「工場は死んだ」と口にするほど絶望的だった。
にもかかわらず、工場長は半年での復興を宣言。
その日から、従業員たちの闘いが始まった。
食料を入手するのも容易ではなく、電気もガスも水道も復旧していない状態での作業は、困難を極めた。
東京の本社営業部と石巻工場の間の意見の対立さえ生まれた。
だが、従業員はみな、工場のため、石巻のため、そして、出版社と本を待つ読者のために力を尽くした。
震災の絶望から、工場の復興までを徹底取材した傑作ノンフィクション。

本書のポイント

本書は、震災当日、その後の数日間、工場復活のための1年間、という大きくは3つの時間域を、視点を変えながら行き来して紡がれます。

「災害の悲惨さ」「災害にあらがい復興を進める現地・現場の人間の強さ」「リーダーとしての意思決定のあり方」が主題と言えると思います。(一部、異常な状況下での人間の醜さも語られます)

上記の主題のうち「災害の悲惨さ」は、復興している間も常に向き合わなくてはいけないテーマですので、震災当日のエピソードに限らず、前編を通して涙なくしては読めないのですが、今回は「災害にあらがい復興を進める現地・現場の人間の強さ」「リーダーとしての意思決定のあり方」について考察していきたいと思います。

NOT「積上げ」BUT「意思」

プロジェクトの成否を分けるポイントはいくつかありますが、そのうちの非常に重要なものとして「マイルストーンをいかに置くか」というものがあります。

今回、工場長の倉田氏は、震災後2週間程度しかたっていない段階で、大きな意思決定をします。それは

  1. とにかく「1台」動かす
  2. 「半年後」がタイムリミット

というものです。前者はともかくとして、後者は常識的に考えるとありえません。常識的=積上げ思考です。逆算すると、いつまでに水が通り、その前に電気も通り、、、という思考で行くと半年では足りません。

この意思決定は非常に無謀なマイルストーンの設定です。

意思がないと動かない

人は保守的です。自分の常識、即ち自分の経験からつくりあげたルールに則って判断します。やったことがないことには否定的です。

それらの”固定観念”に凝り固まった人たちをを動かすために「一見、無謀とも思えるマイルストーンを設定する」というのは、ビジネスの現場でも非常に良くみかけます。誰かの強い意志・意思がないと、物事は前には進みません。

そして、本書の場合は、この取り組みはうまくいきました。当初計画していた最新鋭マシン「N6」の再稼働ではなく、別のマシン「8号」を営業からの要請で動かすことになったにも関わらず、スケジュールに間に合わせることができました。素晴らしい。

しかし、世の中の多くの現場では、無理なマイルストーン設計に現場は喘ぎ、そして、達成されません。それは、何故なのでしょうか。

常識を無視する だけではダメ

ここで、非常に重要なのが「常識を無視すればいい、というもんじゃない!」ということです。

今回の場合、倉田工場長が「現場を知るリーダーだった」ということが非常に重要なポイントになっています。本書より、倉田氏に関する一節を引用します。

彼は工学院大学を卒業後、1970年に旧国策パルプ工業に入社した。その後、旭川工場で1号抄紙機のオペレーターを四年間務めた。

普通なら大学を卒業して採用されるキャリア組が、こんなに長い期間、三交代に入ることはない。幹部候補としてデスクワークを四ながら、ステップを上がっていくのである。しかし、彼は違った。(中略)

「たった四年間現場にいたぐらいでは何もわからない。でも、この四年間の貯金でその後の長い勤務生活を送ってきたようなものだ」と彼に言わしめるほど、「現場の勘」は、彼にとっての武器だった。

そして彼のもう一つの強みは、北海道の複数の工場の立て直しにかかわっていることだ。

彼は現場の土壇場の強さも、泣き言を言うタイミングも熟知していた。

現場は、上に対して様々なことを訴えてくるが、それが言い訳の場合もあれば、本当にできなくて困り果てていることもある。倉谷はその見極めがついた。

この「現場の勘」というものは、悪く作用すると「常識」になってしまうわけですが、「現場の勘がまったくない」よりは「現場の勘がありつつも、論理的に考えてバランスを取る」方が良いのは自明です。

倉田工場長の「無謀なマイルストーン」は、会社にとって必要なスピード感を見極めた”経営力”と、状況に応じて臨機応変に判断するという”現場力”のバランスによって設定され、そして、達成されたのだと思います。

中の都合ではなく、外の都合で考える

先ほども少し触れましたが、当初、工場長は「N6」というマシンの再稼働を見据えて準備を進めます。しかし、営業の要請で「8号」を動かすことが最優先事項となります。

これは、N6の復旧にむけて既に10日程度の時間と工数を投下した後の意思決定です。現場にとっては受け入れがたいことでしょう。

しかし、「8号マシン」が市場に求められている「文庫本の本文用紙」「コミック用紙」を生産できるマシンだったための判断です。このマシンが動かないと、出版社が本をつくれなくなる、ということで、優先度が上がったわけです。

そももそ、倉田工場長が「半年」と期限を切ったのは、「客が待ってくれない」ということも非常に大きな要因でした。その「今はまだ待ってくれている客」が本当に求めているものを供給することが、会社として最重要である、という”経営力”での判断は、非常に重要です。

これがもし顧客視点ではなく自社都合で判断したのだとしたら、現場がついてこない、あるいは客がついてこない、などのリスクをはらんでいたと思います。

基本的に、プロジェクトをうまく運営するためには、チームとしての一体感が必要です。同じ目標に向かい、足並みそろえて邁進するためには、全員が意思統一をしていくことが重要です。マイルストーンには、その「お題目」「錦の御旗」が非常に重要なのです。

プロジェクトを成功に導くには

こういうプロジェクトの事例は、世の中にたくさんあると思います。それらの背景には、現場のメンバーのベクトルを揃えられるリーダーと、それを受けて日々真剣に取り組む現場のメンバー、そして、そのメンバーを束ねるマネージャー達がいます。

本書から読み解かれるその要件を、簡単にまとめてみます。

プロジェクトを成功させるためのリーダーの要件(社長含む本社役員・工場長)
  • 経営視点で合理的・論理的に判断できる
  • 現場を理解しつつ、現場に染まらない
  • 現場とのコミュニケーションプランを考える(出すべきメッセージ内容と、そのタイミングを見極められる)
  • 最終的な責任を取る覚悟がある
プロジェクトを成功させるためのマネージャーの要件(部課長クラス)
  • 上位下達の伝書鳩ではなく、「ガイドライン・方針」を「タスク・指示」に落とし込める
  • 目標達成のために必要な事と、現場のモチベーション管理に必要な事のバランスを取れる
  • 必要な意思決定を自分で行う決断力
プロジェクトを成功させるためのメンバーの要件(現場スタッフ、関連会社・協力会社メンバー)
  • 指示に対して愚直に従う素直な態度
  • 状況の変化に対して、臨機応変に対応する柔軟性
  • 足りない何かに対する愚痴ではなく、前を向きつづける積極性

これらのうち、どれか一つの要素が欠けていたとしたら、プロジェクトは暗礁に乗り上げていたのではないでしょうか。

もし、このプロジェクトがとん挫していたら、どうなっていたのか。本書の中で、非常に興味深い一節がありましたので引用します。

もし、石巻工場が閉鎖となったら、出版業界はどうなっていただろう。

電子書籍化に拍車がかかり、出版は電子化へとなだれ込み、新しいメディアの時代がやってきただろうか。それとも他の向上にシェアが移っていただろうか。いずれにしても出版業界を揺るがす事件だったに違いない。

この一節を読んで「いっそ、電子書籍化にすすめばよかったのに」と思うひともいるのかもしれません。ですが、僕には(まぁ、オールドタイプなだけかもしれませんが)紙の本が非常にしっくりきます。自由にドッグイヤーをつけられて、ポストイットを貼ったり、なんなら書き込んだりもできます。自分が、どれくらい読んでいるのかもわかります。(小説の場合は、結末が迫っていることがわかることにかんする賛否はありますが)

また、感覚論ですが、読む速度が倍ほど違います。電子書籍は、流し読みには適しませんし、触覚を刺激しないので記憶に留まりにくい、という感覚もあります。

この「本」という存在が、このプロジェクトによって守られたのだとしたら、僕は本当に、日本製紙に感謝したいなと思います。

※なお、電子書籍に反対なわけではないです。モノによっては電子化賛成です。僕の場合、マンガは電子化OKです。あとは、一度読んだ本は電子版の方が管理が楽だろうなと思っています。文章検索とかもできますしね。

まだ「過去」じゃない

ここまでで、既に「ギックスの本棚」としての内容は書き終えたのですが、少し余談を。

僕は兵庫県の出身で、阪神大震災の時は高校生でした。兵庫県は非常に広く、僕の実家は震源から遠く離れていたため、かなり強く揺れはしましたが、何らかの被害を受けたわけではありません。しかし、母の実家があるエリアは大きなダメージを受けました。また、家業のお客さんが神戸に沢山いらっしゃったのですが、沢山の方が被災され、僕の良く知る方が何人も亡くなりました。

震災は、とても大きな傷跡を関西に残しました。今、神戸は美しく再建していますが、本当に、本当に、厳しい状況から立ち上がった。その過程において、多くの会社や店が事業を畳みました。そして、少なくない人数の方が心労で亡くなった。とても、大変な思いをして、なんとか再建した。あれから、来年1月で20年です。

一方、東日本大震災では、原子力発電所の問題もあるため、問題が非情に複雑になっていますが、例え、それが無かったとしても「まだ3年半」なんですよね。ぜんぜん過去じゃない。現在進行形の話です。

日本製紙は、この工場復興によって、石巻の雇用を維持しました。復興とは、誰かに助けられるのではなく、自分で立つことによって成し遂げられます。日本製紙はその意味でも非常に重要な役割を果たしていると思います。

しかし、自分で立つために、まだまだ時間もリソースも必要な状況です。繰り返しますが、まだ3年半です。まだまだ復興は道半ばです。

本書の末尾(奥付の前)および、帯には、このように書かれています。

本書売上の3%を、公益社団法人 全国学校図書館協議会を通じて 石巻市の小学校の図書購入費として寄付いたします。

支援の形はいろいろあると思います。お金を寄付するだけではなく、ボランティアに行く方や、現地の特産品を買う方もいると思います。また、被災エリアは非常に広範ですから、どのエリアを対象とするのかも色々なご判断があると思います。

どのエリアの、どういう人たちに、どんな形であっても構いませんので、できることをやってみませんか。そして、何よりも大切なのは、「忘れない」ことだと思います。

僕自身、いまよりもう一歩踏み込んで「忘れない」ようにしていきたいと思います。

雑文ご容赦頂きたく存じます。

 

紙つなげ!  彼らが本の紙を造っている

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