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救急車はなぜタダなのか?|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】

AUTHOR :   ギックス

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ギックス
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公共財の利用をゲームの理論で考える

救急車の出動回数の増加が止まりません。救急車の出動回数は東京だけをみても、ここ5年で2割ほども増加しています。高齢化の進展はあるとしても、それだけでは5年前と比べ救急車を呼ぶ必要が、2割も増えるというのは考えにくいことです。「タダなら使わなきゃ損、いっそタクシー代わりに」と思う人が多くなっていることが原因の一つと考えられています。救急車だけでなく、最近はパトカーを「うちの猫が逃げ出した」といった程度のことで呼ぶ人が増えているそうです。統計的な裏づけを取るのは難しいのですが、ここでも「タダのものはドンドン使う」という気持ちが働いているようです。救急車やパトカーに限らず、市場原理による価格設定で提供することが不適当なものを、公共財として無料ないし安価に供給する必要性は広く認められています。極端な市場主義の考えの持ち主には、消防は損害保険会社が、警察は警備会社が経営した方が効率が高いと言う人もいます。しかし、損害保険会社は保険のかかっている家の消火はするかもしれませんが、それ以外の家の消火はしないでしょう。それでは、消火しないで放っておいたために、保険のかかっている家も含め町中が燃え尽きてしまうかもしれません。かと言って保険のかかっていない家の消火もすれば、消防隊を持たず、安値を売り物にする損害保険会社が出現してしまいます。やはり、消防事業はタダで公共財として提供する必要があるのです。

自分の使う道路に対してしか建設費は負担しないと皆が言い出したら、道路はぶつぎれになって用をなさなくなってしまうでしょう。学校教育も義務教育として非常に安価に全員に提供されることで、社会の安定度が増して、犯罪が減ったり、産業の生産性が高まるという効果があります。ゴミ収集の有料化をしようという動きがありますが、このあたりをよく考えないと、とんでもないことになりかねません。有料でゴミを収集してもらうのをいやがって、ゴミを勝手に捨てる人が増えて、街中ゴミだらけになってしまう可能性があります。ところが、公共財を無料ないし極めて安価に供給することの利益が大きい場合でも問題はあります。タダにしたことで、平気で自分勝手にいくらでも使おうとする人が出てくるのです。そのような人が一定以上になると、システムそのものが崩壊してしまいます。

社会は「囚人のジレンマ」のゲームの繰り返し

むしろ、タダなのに全員が無制限に公共財を使おうとするわけではないことの方が、不思議なのかもしれません。ゲーム理論で有名な「囚人のジレンマ」では、別々に尋問されている二人の囚人は「合理的」な判断の結果として、どちらも自白して重い罪になってしまいます。二人とも「一方が自白したら自分だけもっと重い罪になる」という恐怖に負けて、黙秘を続けることができないのです。公共財も、「自分が使用を抑制すると、タダ乗りする奴だけが得をしてしまう」と考えると、使わなければ損なはずです。タクシー代わりに救急車を使い、娘の駅からの迎えにパトカーを呼ぶという連中が、少なくとも多数派にならないのはなぜなのでしょうか。

警察、消防という「お上」に対し、それなりの敬意と恐怖を持っている人が多いのは確かです。そのような気持ちと無縁な人が増えた結果が、「払う必要がない」と言って平然と給食費を払わない親が出てきた原因でもあるでしょう。しかし、幸いなことに大部分の人は依然とし公共財のタダ乗りには節度を持っています。誰も見ていないところでも、公共財を破壊したり、だまって盗んでしまう人は、そんなにはいません。ただ、いったん誰かが公共財の破壊を始めると、一般の人も抵抗感をあまり感じずに、後に続くようになります。アメリカでは「割れ窓理論」といって、軽微な犯罪意を徹底的に防止することで、犯罪の蔓延を防ぐという考え方があります。ガラスが1枚割れるのを見過ごさないことで、皆が平気でガラスを割るようになるのを止めさせようと言うわけです。

「囚人のジレンマ」では、同じゲームを繰り返すことで、ジレンマが解消されることがわかっています。ゲームが何度も行われるので、一度不誠実な行動に出ると、相手に報復され、かえって損をする可能性があるので、自分の利益ではなく全体の利益を考えて行動するようになるのです。割れ窓理論は、人々が公共財の使用法をめぐって、互いに囚人のジレンマのゲームを続けていることを示しています。どこの誰かはわかりませんが、「ガラスは割らない」というルールを破る奴がでてきたら、自分だけ真面目でも損なだけだと考える危険があるのです。

抑止効果施策による問題の促進

救急車の話に戻すと、どうすれば不心得な救急車の利用を減らして、公共財としての救急車のシステムを維持することができるでしょうか。有料化は一つの答えでしょう。有料道路だってあるのですから、公共財といえども完全に無料なものばかりではありません。しかし、なまじ救急車を有料にすれば、金を支払う人も、「金を払っているからいいだろう」と考えて、逆に利用に節度をなくすことも考えられます。イスラエルの保育園では、定刻を過ぎても迎えに来ない親に業を煮やして、遅刻に追加料金を取るようにしたら、安心して遅刻する人が増えてしまったという例が報告されています。救急車利用の抑止を考えると、少なくともタクシーよりは高く価格を設定する必要があります。価格が高いと今度は相当状態が悪いと自分で確信できるまで救急車を呼ばない人も多くなるでしょう。ただでさえ、救急の受入拒否が問題になっているのに、出だしで遅れれば、手遅れになる人がますます増加する可能性があります。

八方ふさがりなのですが、「割れ窓理論」の考えに立つと、救急車を不要不急な状況で呼ぶのは、社会的なモラルに反すると粘り強く言い続けるのは効果があるでしょう。どんな状況でも自分の都合しか考えない不心得ものは、そんなに多くはありません。「常識」として救急車の濫用は悪いということが浸透すれば、システム崩壊まではいたらないと期待できます。「囚人のジレンマ」を教育でちゃんと教えるのは効果があるかもしれません。単なる道徳として公共財の濫用を戒めるのではなく、社会は「囚人のジレンマ」のゲームの繰り返しだということ、つまり公共財を節度を持って使うことは、自分の利益にもなるという理屈を教えるのです。

「情けは人のためならず」という諺があります。最近は逆に解釈してしまう人も多いのですが、人に親切にするといずれ自分の利益にもなるという意味です。モラルとして押し付けるのではなく、損得勘定に訴えて、相互扶助を勧めているわけです。良い例ではありませんが、組織犯罪の人間は互いの罪を庇って容易に口を割らないそうです。「囚人のジレンマ」に陥らずに社会を守る必要性を本物の犯罪者集団はよく理解しているということです。

(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)


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馬場 正博 (ばば まさひろ)

経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。

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