「目黒のさんま祭り」と「目黒SUNまつり」に参加してみた/ニュースななめ斬り by ギックス

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古
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二週連続の「さんま祭り」

皆さんは、目黒のさんま祭りをご存知でしょうか。東京都の目黒エリアで開催される「さんまの炭火焼きを無料で配るお祭り」です。毎年、数千匹単位のさんまが焼かれ、配られます。

本日は、そんな「目黒のさんま祭り」および「目黒SUNまつり」を取り上げます。

さんま祭りは二つある

意外と知られていないのですが、そもそも、さんま祭りは二つあります。

ひとつが、品川区にて開催される「目黒のさんま祭り」。もう一つが、目黒区にて開催される「目黒SUNまつり」です。

これは、JR目黒駅が、品川区内にあることが原因と思われます。ということは、つまり、目黒駅の目の前で行われているのは「品川区のさんま祭り」ということになります。一方の「目黒区のさんま祭り(=SUNまつり)」は、権之助坂を下って目黒川沿いで開催されます。駅から徒歩7~8分というところですね。開催場所の影響もあり、品川区のお祭りの方がメジャーな感じがします。

ちなみに、今年(2014年)は、品川区の「目黒のさんま祭り」が先週日曜(9/7)に小雨が降る中開催され、目黒区の「目黒SUNまつり」が昨日(9/14)秋晴れの下開催されました。(尚、昨年(2013年)の目黒SUNまつりは午前中に雨が降って、無料さんま配布会場の足元がぬかるんで大変でした。天気に恵まれない祭りなんでしょうか。)

尚、品川区の「目黒のさんま祭り」では岩手のさんま+栃木の大根おろし+徳島のスダチ、目黒区の「目黒SUNまつり」では気仙沼(宮城)のさんま+宮城の大根おろし+大分のカボス、という組み合わせで提供されます。

目黒のさんま、とは

さて、そもそも、目黒のさんま祭りといっても、目黒には港もありませんし、市場もありません。なぜ、「さんま祭り」が開催されるのでしょうか。

その由来は、古典落語です。というわけで、wikipedia先輩のお世話になります。

殿様が目黒(場所については後述)まで遠乗り(あるいは鷹狩)に出た際に、供が弁当を忘れてしまった。殿様一同腹をすかせているところに嗅いだことのない旨そうな匂いが漂ってきた。殿様が何の匂いかを聞くと、供は「この匂いは下衆庶民の食べる下衆魚、さんまというものを焼く匂いです。決して殿のお口に合う物ではございません」と言う。殿様は「こんなときにそんなことを言っていられるか」と言い、供にさんまを持ってこさせた。これは網や串、金属、陶板などを使わず、サンマを直接炭火に突っ込んで焼かれた「隠亡焼き」と呼ばれるもので、殿様の口に入れるようなものであるはずがない。とはいえ食べてみると非常に美味しく、殿様はさんまという魚の存在を初めて知り、かつ大好きになった。

それからというもの、殿様はさんまを食べたいと思うようになる。ある日、殿様の親族の集会で好きなものが食べられるというので、殿様は「余はさんまを所望する」と言う。だが庶民の魚であるさんまなど置いていない。急いでさんまを買ってくる。

さんまを焼くと脂が多く出る。それでは体に悪いということで脂をすっかり抜き、骨がのどに刺さるといけないと骨を一本一本抜くと、さんまはグズグズになってしまう。こんな形では出せないので、椀の中に入れて出す。日本橋魚河岸から取り寄せた新鮮なさんまが、家臣のいらぬ世話により醍醐味を台なしにした状態で出され、これはかえって不味くなってしまった。殿様はそのさんまがまずいので、「いずれで求めたさんまだ?」と聞く。「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました」「ううむ。それはいかん。さんまは目黒に限る」。

殿様が、海と無縁な場所(目黒)でとれた魚の方が美味いと信じ込んでそのように断言する、というくだりが落ちである。世俗に無知な殿さまを風刺する話でもある。

出所:wikipedia

長い引用文を読むのが苦手な方のために一言でいうと、「目黒で食べたさんまが美味しかったため、殿様が『目黒=さんまの名産地』と思いこんだ」という話なわけですね。

このお話を元に「目黒のさんま」というキーワードが生まれ、それをお祭りにしている、という流れです。(尚、権之助坂沿いに、さんま料理屋さん、があったりもします。あるいは駅近のネパール料理屋さんにサンマカレーなるものもあったりします。興味のある方は調べてみてくださいませ。)

無料配布の「さんま」の価値

このお祭りは、無料でさんまを配るだけではなく、「目黒のさんま」の由来である落語の会や、先述したさんま・大根・柑橘類の産地の物産展や、各種飲食関係の出店があるなど「地域のお祭り」という趣があります。(特に、目黒SUNまつりは、目黒区が後援しているため”地域祭”の色合いが強いです)

とはいえ、その目玉となっている「さんまの無料配布」が、間違いなく一番盛り上がります。大半の人は、そのために集まっていると言って良いと思います。実際に数千匹(2014年は、さんま祭りは7,000匹、SUNまつりは5,000匹と言われています)のさんまを配るわけですので、盛り上がるのは当然です。

ただ、当然ながら、いっぺんに数千匹を焼くことはできませんから、順番待ちの大行列ができてしまいます。

待ち時間は2~3時間とも、4~5時間とも・・・

というわけで、ピーク時には、行列は1,000人単位となってしまいます。冗談抜きで1kmとか並んじゃう感じです。そして、遅々として進みません。

仮に一度に50匹ずつ焼いているとして、焼き上がりに7.5分かかるとしましょう。15分で100匹です。60分で400匹です。1,000人待ちなら2.5時間かかります。1,500人待ちなら4時間近くかかります。

完成当時の「プーさんのハニーハント」並みの大人気アトラクションです。ちょっと空いてる日のビッグサンダーマウンテンなら、3回乗れちゃう混みっぷりです。

付近の店では、500~600円で店内に座って食べられる

一方、付近のお店では、さんまの塩焼きや、さんま定食を提供しています。僕の知る範囲の相場では、だいたい塩焼き一匹500~600円くらいです。昼時には多少込み合いますが、それでも10分~15分程度待てば入れる店が多いように思います。

また、実際のところ、一人一匹まるっと食べるのも、結構な量ですし、2~3人で一匹食べたら十分、という気もします。とすると、2人でお店に入って、さんま1匹と、あとは違うおつまみを頼んで、良く冷えたビールを飲む、というのも悪くない選択に思えます。

そうすると、何時間も待ってくたくたになって「500円相当」のものを無料でゲットしていることに、果たしてどれほどの意味があるのでしょうか、と問いたくなります。ええ、コンサルタントの悪い癖です。

3時間待った場合の「さんまプレミアム」は約2,000円

仮に、3時間待ちで食べられたとしましょう。その場合、500円に対して、3時間の工数を投下したことになります。

時給800円でバイトしたとして2,400円、時給1,000円なら3,000円の収入が得られますので、得られた価値500円と比べると約2,000~2,500円相当の損失が発生していると言えます。(一旦、2,000円相当としましょう)

この2,000円が「無料のさんまを食べることのプレミアム」です。このプレミアムを埋めるものはなんでしょうか。

  • 長い時間待った自分に対する「良く頑張ったね、という気持ち」
  • 空腹に耐えたことによる「美味しさ倍増感」
  • 祭りに参加したという「達成感」
  • 並ばない人(=無料でサンマを食べられない人)達に対する「優越感」
  • 500円トクした、という「満足感」

といったような「感情」「気持ち」だと思います。

待つのは無意味なのか

僕にとっては「その気持ちに2,000円の価値はない」と感じられますので、並びません。そもそも、ほぼ同じもの(さんま・大根・すだちの産地が違うなどの可能性はあります)が500円で食べられる時点で、たとえ1時間だとしても並ぶ意味を感じません。(一般的な範囲内の)金銭で取得可能なものは、金銭で取得するのが妥当であると思ったりもします。

一方、僕の意見に反論があるのも理解できます。たとえば・・・

  • 自分にとっては、先述の「達成感」「優越感」「満足感」などが2,000円をはるかに凌駕する
  • 金銭的な価値には換算できない。祭りに参加することによる地域活性化への貢献や、さんまの産地への思いを馳せるなどの見えない価値は、なにものにも代えがたいものである
  •  そもそも、並ばなかったとしても、並んでいた3時間をバイトするわけではないから、500円は丸々お得だ

というような感じでしょうか。これらは、全て「思想」の問題なので、何かが間違っているわけではありません。(敢えて言うならば、3つ目のものについては、僕と同じ土俵での議論なので戦う余地は十分ありますけれども、ここでは割愛。)

「自分に説明できる」なら待っても良い

実際のところ、待つかどうかは、個々人の自由です。そして、その際、「自分なりの整合性」があり、自分が納得できれば待とうと待つまいとどっちでも良いのです。

非常に具体的に言えば、並んでいる最中に「暑くて死にそう」とか「疲れた」とか「もうやだ」とか「なんで並んじゃったんだろう」とか、そういう発言をしてしまうようなら、最初から並ばない方が良いと思います。(そして、僕は、100%愚痴るので、来年も、絶対に並ばない(っていうか、並べない)のです。)

一方、「1週間前から計画を立て、当日の早朝から、キンキンに冷えたビールを詰め込んだ小型のクーラーボックスと折り畳み椅子を持参して、満を持して行列に並ぶ」というのはきっと楽しいでしょう。あるいは、「みんなが”並ぶ意味がない”と判断して、常に20人*くらいしか並んでいなかったら ”盛り上がってない感じ” が漂い、祭全体が寒々しい空気に包まれてしまうから、皆、積極的に並ぶべきだ」という考え方もあるでしょうね。このように「そういうイベントだ」と捉えると、逆に「並ばないなんてアリエナイ」ということになります。
(*:先ほどの試算で言うと、列に20人しかいないなら、必ず7.5分以内に食べられるので、時給4,000円を稼ぐ人以外は、並ぶ意味があります。)

この話は、奇しくも、昨日のギックスの本棚で取り上げた「幸福論」の話と重なります。幸福の定義は、己の中にあります。というか、己の中にしかありません。

自分自身の行動に対して、常に「自分で納得できるか」という視点を持つことが、コンサルタント(あるいは、プロフェッショナルビジネスマン)の基本動作になると僕は思います。

そして、さんま祭りの楽しそうな行列を見て、こんなことをウダウダと考えているなんて、なんて陰湿・陰険な奴なんだろう、と思った方は、少なくともコンサルタントには向いていません。もっと爽やかで健全な職業に就かれることを強くお勧めします。(実際、この文章を書いている僕自身でさえ「なんて陰険なんだ」と思っているくらいなので、多くの方はそう感じているでしょうね・・・大丈夫、断言しますが、皆さんが正常です。)

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