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ギックスの本棚/IBM奇跡の”ワトソン”プロジェクト 人工知能はクイズ王の夢をみる(早川書房)

AUTHOR :  田中 耕比古

”考える” を ”教える” ことの難しさ

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる

本日は、先日「Watson Analyticsを年内に無償公開」という記事が話題となった、IBMの人工知能「ワトソン」についての書籍 「IBM 奇跡の”ワトソン”プロジェクト」を取り上げます。

関連記事:ニュースななめ斬りbyギックス/IBM、Watson Analyticsを発表―Watson人工知能が万人にビッグデータ解析能力を与える(TechCrunch)

本書の概要

2011年2月16日、IBMが開発した「ワトソン」という名のコンピューターが、ジョパディ(Jeopardy)というアメリカのクイズ番組で、クイズチャンピオンに勝利しました。

この歴史的偉業を題材にした本書は、2011年8月に発売されました。勝利からたった6ヶ月後に、日本語版が刊行されています。凄いスピードですね。副題として書かれている「人工知能はクイズ王の夢を見る」は、あの有名な「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」になぞらえているのだと思いますが、二冊とも日本での出版社が早川書房というところがナカナカ通好みでよろしいかと思います。

本書では、コンピューターを開発しはじめてから、クイズショーで勝利するまでの1,500日(≒4年)について語られます。その中には、2,000個のプロセッサで分散するといた技術的な課題や、一度に一瞬~数秒しか映されない状況で如何に視聴者にインパクトを与えるような外見とするかという見せ方の課題、あるいは、IBMのブランド向上および毀損防止のための工夫(例えば、放送禁止用語は言わせない)などの色々なトピックが含まれます。が、しかし、一番多くのページを割かれるのは、「如何にして”思考”を教え込むか」についてです。

ですから、僕たち読者は、そのために「チーム」がどのような試行錯誤・チューニングを繰り返していったのかを知ることができます。

考え方を教える、とは

コンピューターに「情報をインプットする」ことは容易です。そして、「その情報=記憶を呼び出すこと」も容易いことです。ここがコンピューターの得意分野なわけですから。

しかし、一方で「コンピューターに考えさせる」ということは、非常に難しいことです。僕たち自身「どうやって考えているのか」が、完全にはわかっていないわけですから、それをコンピューターに教え込むというのは無理難題と言っても良いでしょう。(実際、人間相手に「考え方」を教えることさえも、ままなりませんからね・・・)

ワトソンの教育にあたっては「人間の思考」を教え込むのではなく、「コンピューターが情報を探索するやり方を従来と変える」というアプローチがとられます。その結果、情報の”深さ”よりも”広さ”を優先するなどの選択が生まれます。(下記引用文中の「ジョパディマシン」=ワトソンです)

チュー・キャロルの決断は早かった。小説でも戯曲でも、交響曲でもホームコメディでも、ジョパディマシンはそれを深く知る必要が無い、と結論した。それ自体を知ることより、それについて知っている方が重要だ。

あるいは「確度(解答に対する自信)」の設定も、クイズに勝つためのものにチューニングします。(下記引用文中の「ブルー」=ワトソンです)

たとえば、「南米」部門で出たヒントは、ブルーJの地理分析力の欠陥を指し示すもののように思われた。地理は『ジョパディ』でも重要部門の一つだ。「チリとの国境線が最も長い国です」というヒントに、ブルーJは「ボリビアとは何ですか」と答えて、間違えた。正しい答え(「アルゼンチンとは何ですか」)は第二候補になっていた。

このヒントを分析したところ、ブルーJは二つのアルゴリズムから二つの相反する答えを受け取っていたことがわかった。地理を専門にするアルゴリズムは、さすがに「アルゼンチン」と正しく反してきている。アルゼンチンとチリの国境は五千三百八キロもあり、チリとボリビアの八百六十一キロよりはるかに長い。だが、別のアルゴリズムがこれらの国々とその国境への言及の数をかぞえ、話題性ではボリビアとの国境が上回ることを発見した(チリとボリビアには一八七〇年代から国境紛争が続き、ことあるごとにニュースで取り上げられる)。話題性一途のこのアルゴリズムは他に頼るべき文脈を知らず、ボリビアを候補として返した。そしてブルーJはこちらを信じた。(中略)この種のヒントでは地理をもっと重視し、話題性への配慮を減らせ・・・。

”考え方”ってそういうものでは?

これらの取組みは決して「人間の脳の模倣」ではなく「目的(=クイズに勝利すること)に到達するための、コンピューターの計算の最適化」です。本書内でもそのように語られます。

IBMチームは、ワトソンとヒトの脳を比較することを頑ななまでに拒んできた。(中略)ワトソンとヒトの脳が似たパターンに従うように見えることがあるのは事実だが、それは、どちらもある仕事をするようそれなりの仕方でプログラミングされているからであり、仕事が同じなら似るのは当然です、とゴンデクは言う。

ただ、僕は思うのです。「ヒトの脳そのもの、ではないかもしれないが、ヒトの考え方、はそんなもんなんじゃないの?」と。

僕たちコンサルタントは「考えるのが仕事」です。そして、そこに価値があるというのは何か。決して、知識量ではありません。目の前の状況にあわせて、最適な情報処理を行い、適切なカエシ(課題が明確ならば”答え”、与えられたものが問題の羅列ならば”答えるべき問い”)をすることが価値なのです。(もちろん、そのために知識量”も”必要ですし、重要です。)

これは、結局は反復練習です。どういう場合なら、どう。違う場合なら、こう。そういうことの繰り返しにより、カエシの精度と速度を上げていくことになります。(関連記事:思考のショートカット

こうして鍛えられたコンサル的思考回路=考え方というものは、仕事に限らず、そこそこ万能ではあります。とはいえ「全ての事象」をカバーできるわけでもありません。(例えば、ダイエットにはピッタリくるのですが、恋愛には向かないと思うんですよね・・・)

要するに、パターン認識のルールをどのように設定するか、が「目的到達のための効率的な考え方」だと思うのです。と、すると、ワトソン開発チームの下記プロセスは「考え方を(人間に)教える」という場合にも、有効なメソッドなのかもしれません。

アジャストの流れ
  • 問題を出す(タスクを与える)
  • 解かせる(やらせてみる)
  • 答え合わせする(レビュー/評価する)
  • 間違っている(成果が出ない)場合は、なぜ、そうなったのか「思考プロセス上の」原因を探る
  • プロセス上の原因を修正して、再度トライさせる

ちなみに、僕は持論として「優秀なひとには結果レビュー、そうでないひとにはプロセスレビューが重要」と思っているのですが、「考え方を教える」というのは、成長過程の人に対するアプローチなので、プロセスレビューを行うのは非常に妥当な判断だと思っています。

コンピューターは、人を超えられるのか

ところで、コンピューターが人を超える時代というのはやってくるのでしょうか。それは、つまり、火の鳥 未来編の”ハレルヤ”、2001年宇宙の旅の”HAL”などが、人間を支配あるいは破滅へ導く「可能性」を抱く時代です。(ちなみに、本書内にも、2001年宇宙の旅の”HAL”(=IBMの一文字前)を想起させないように、というくだりが出てきます。)

本書を読む限りでは、少なくとも、まだ当面、そんな時代は来ないだろうと思います。しかし「人工知能」というものは「自ら学習し、自ら進化する」という特性を備え持つものですから、可能性はゼロではありません。本書を読みながら、そんな未来(への恐怖)に思いを馳せてみるのも、一興かと思いますよ。

なお、余談ですが、「思考を教える」という話になると、ちょうど映画公開されている「猿の惑星 新世紀(ライジング)」の前編にあたる「猿の惑星 創世記(ジェネシス)」を思い起こします。コンピューターが人を超えてしまう話と同じゾワゾワ感を感じてしまうのは、僕だけですかね?

ヒトが、ヒトとして優位性を持ち続けることって、実は”当たり前”じゃないのかも・・・ とか思うと、、、眠れなくなりません?笑

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる

IBM 奇跡の“ワトソン”プロジェクト: 人工知能はクイズ王の夢をみる

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