clock2014.10.16 09:13
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心の知能指数を計ることはできるのか?|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】

AUTHOR :   ギックス

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ギックス
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EQ(Emotional Quotation)を考える

IQ (Intelligent Quotation) に対してEQ (Emotional Quotation)という言葉が使われるようになったのはアメリカの心理学者のダニエル・ゴールマンが「EQ心の知能指数」という本を著した1995年からのことです。ゴールマンが著書の中でリーダーに求められる特質としてEQを語ったこともあって、当初EQはコーチングなどと同様に経営論の一部として関心を持たれていました。 しかし、EQの本質が他人(ビジネスの場であれば、部下だったり上司だったり、あるいは顧客だったりするわけですが)への共感力であるということが認識されるようになると、EQはビジネスの世界だけでなく、一般社会からも注目されるようになってきました。

相手の思考法のシミュレーションができることが共感の出発点

むしろ、最近ではEQという言葉自体より、他人への共感力が欠けていることを「空気が読めない:KY」と言ってみたり、ネットの世界でコミュニケーション能力が劣っていることを指す「コミュニケーション障害:コミュ障」といった言葉が広く使われるようになってきました。共感力は大切でも、周りばかり気にせず自分の意見をはっきり言う人にKYなどというレッテイルを貼るのは良い風潮とは思えません。しかし、現代人が周りに合わせて発言したり行動したりすることを強く求められているのは確かです。

他人に共感するとはどのようなことかを考えてみると、要はその人がどのように考えているかを理解することに他なりません。別の言い方をすると、相手の思考法のシミュレーションができることが他人を理解し共感するための出発点になります。

昔、人類がマンモスその他の獣の狩をしたとき、当然獣の行動パターンを理解し、それを利用したでしょう。これは人類に限らず、狩をするときは他の動物でも同じです。しかし、動物は行動の多くが本能によって固定化され、それほど多くのバリエーションを持っていません。いったん、行動パターンの弱点を人類に見つけられてしまうと徹底的につけこまれて、場合によっては滅亡まで追い込まれてしまいます。

動物にとって行動パターンは進化の結果で、変化するとしても限定的です。根本的な変化は突然変異が子孫に受け継がれる長い進化の過程と時間が必要で、個々の個体がどうこうできるものではありません。これに対し、人間は状況を学習し、相手の出方により戦略を変えることができます。つまり、人間同士が戦うときは相手が何を考えるか、より正しく推論できるシミュレーション能力が重要になってくるのです。人類の共感力は人類同士の戦いの中で鍛え上げられてきたのでしょう。

動物は鏡に映る姿を自分と思えない

他者の思考をシミュレーションして、それにより戦略を変えるというのは人類に特徴的なものですが、他の動物たとえばチンパンジーやゴリラのような類人猿ではどうでしょう。ここで他者をシミュレーションするとはどういうことか、もう少し考えてみましょう。他人の思考をシミュレートするのは、他人の思考方法を推定する必要があります。言い換えると、自分が他人になって他人ように思考できなければなりません。

年寄りが若い人を「宇宙人のようだ」とか「外国人のようだ」と言うのは、相手の思考方法を真似できなので理解不能ということです。共感の前に、相手の思考を自分の中で繰り返すプロセスがあるのなら、それよりさらに前に「自分というものが存在する」という認識つまり自己意識を持つ必要があります。それでは自己意識は類人猿にもあるのでしょうか。
自己意識を持っているかどうかテストする方法に鏡テストというものがあります。鏡を置いて、鏡に映る自分を見てどのような反応を示すか観察するのです。生まれたての赤ん坊は鏡に映る自分を見て喜びますが、実は鏡の中に別の赤ん坊がいると思っているのです。どうしてそんなことがわかるか?赤ん坊の顔に何か印を付けて、自分の顔に付いているものを取ろうとするのを観察することで、鏡に映っているものを自分と認識しているか簡単に調べられます。このような方法で赤ん坊がいつごろから、鏡に映っている像が自分に他ならないかを観察することができます。テストの結果では赤ん坊は1歳から2歳、概ね18ヶ月くらいで鏡に映る像を自分と認識することがわかっています。

類人猿ではどうでしょうか、類人猿はチンパンジー、ゴリラ、オランウータンどれも鏡テストに合格します。しかし、それ以外のサルは合格できません。鏡の中のサルは自分と違うサルだと思っていて、自分自身として認識する自己認識能力がないのです。十分な自己認識能力がなければ他人(他サル)の思考方法をシミュレーションすることはできません。というより、自己認識を持たない集団の中では、自己認識能力を持ち相手の考え方を自分の中に写像する必要性も有用性もなかったのです。

EQは競争優位性のゲームの中で培われるのか

こうして見るとEQとは他者の考えをうまくシミュレーションして、相手とのゲームで優位に立つという進化の過程で強化されてきたとの推察が成り立ちます。その一方、他者への共感を思いやりがあるとか、他人の痛みがわかると解釈すれば、人間として立派な徳を持っているということになります。

EQに対する世の中の見方も概ね肯定的なのもそのためでしょう。しかし、他人の心をシミュレーションすることができると、相手の裏をかくことに使うことも可能です。詐欺師はだまされる相手の心理状態をうまく利用して詐欺を働きます。そもそも嘘をつくという行為は一定以上自我が確立して、相手の心理をシミュレートしてその裏をかくという能力がなければ成立しません。

ミラーニューロン

EQは当初科学と言うよりリーダーシップ論の一つとして考えられていました。ところが、脳の研究が進むようになって、EQの本質である共感力に脳の特定の部位が関わっていることが明らかになってきました。

1996年にイタリアの科学者たちはマカクザルが他のサルがエサを取ろうとする時、自分がエサを取る時と同様の活動をするニューロンを発見し、それをミラーニューロンと名付けました。ミラーニューロンは行動を真似するときだけでなく、単に見るだけでも活動します。ミラーニューロンは実際の行動を伴わないで、頭の中だけで行動のシミュレーションを行うことができるのです。

ミラーニューロンそのものは人間では確認されていないのですが(人間の脳の詳細な研究は多くの障害を伴います)ミラーニューロンに相当する場所には運動と言語をつかさどるブローカ野と呼ばれる部位があります。人間が、他人の行動を脳の中でシミュレーションする能力はミラーニューロンの働きに支えられているのは確かなようです。

人はサルよりはるかに高度な精神行動をするので、他人のシミュレーションは行動だけでなく心の動きがもっと大切になります。心の動きのシミュレーションを調べる一つの実験があります。お菓子の箱を小さな子供に見せて、中に何が入っているかを言わせます。子供は「お菓子」と答えますが、中をあけると鉛筆が入っています。箱のふたを閉じて、「家に帰ってこの箱の中に何がはいっているかママに聞いたらなんて答えるかな」と尋ねます。箱のふたは閉まっているのですから、答えはもちろん「お菓子」なのですが、子供の精神の発達が進んでいないと「鉛筆」という答えが返ってきます。

精神が発育していないと、子供は自分の経験したことと、他人が経験したことの区別ができません。他人の経験を類推するためには、他人の立場に立って他人の心をシミュレーションする必要があります。他人の心をシミュレーションする能力は生まれつきではなく、時間をかけて学んでいくものなのです。

他人の心をシミュレーションする能力の発達が不十分だと、他人の気持ちがわからないため社会的にトラブルを生じさせることが多くなります。自閉症は他人の能力をシミュレーションする能力が極めて低いため起きる精神疾患だと考えられていますが、自閉症の症状を持つ人は健常者と比べミラーニューロンの活動が弱いと最近では考えられるようになってきました(すべての自閉症がミラーニューロンの活動と関係しているかということには異論があります)。

EQの功罪

EQが最初マネージメント論の一つであったように、他人への共感を訓練により強化することでより優れたリーダー、マネージメントを育成することは可能でしょう。また、「顧客指向」とは顧客の考えをシミュレーションすることが基本です。個人的にも高いEQを持つ人は共感力により社会生活、家庭生活で成功を収める確率が高くなることも間違いありません。反面、嘘の上手な詐欺師が高いEQを持つように、EQを他人をうまく利用するために使うこともできます(EQがリーダーシップ論だったのは、まさにその意味です)。これは他人にとっては必ずしも良いこととは言えません。

また、過剰に共感力を求めて「KY」「コミュ障」と非難する、あるいは学校ではそれがイジメにまで発展してしまう、という問題もあります。これは一つには日本が同調圧力が非常に強い社会であることにも原因があるのかもしれません。ともあれEQがブローカー野という脳の特定の部位の活動性に依存すようなある意味単純な能力であることが判ってきたのは興味深いものがあります。これに対しIQは前頭葉を中心とした脳全体の働きに支えられています。EQは「心の知能指数」と言うより、視力や聴力のような感覚に近いのかもしれません。

(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)


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馬場 正博 (ばば まさひろ)

経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。

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