ギックスの本棚|企業参謀(大前研一|講談社文庫):温故知新の最高峰

AUTHOR :  田中 耕比古

(僕にとっては)大前研一氏の最高傑作

企業参謀 (講談社文庫)

本日は、伝説の名コンサルタント(まだ、バリバリの現役でいらっしゃいますが)、大前研一さんの伝説の名作「企業参謀」を取り上げます。書評と言うのは憚られるので、ご紹介、的なモノとご認識ください。

1975年に書かれた古典だが、今も色褪せない

本書は、1975年に刊行され、その10年後の1985年に文庫本で出版されました。2016年現在で、既に40年以上の時を経ているにもかかわらず、バンバン売れまくっている名作です。

ハーバード・ビジネス・レビュー BEST10論文のご紹介や、人月の神話の読み解きで、僕が生まれるよりも前に書かれた論文・書籍を読み解いてきましたが、本書もまた、時代を越えて読み込むべき価値のある一冊です。(※ちなみに、人月の神話も、本書と同じく初刊行が1975年です。)

10年前の「新人コンサルタントの僕」にはチンプンカンプンだった

僕は、この本を10数年前、駆け出しの戦略コンサルタントだったころに読みました。正直、難しかったです。もちろん、日本語としてはわかりましたが、内容が骨身には染みてきませんでした。

今回の再読では、この本に書いてあることが、ちゃんと僕の血肉になってるなーと思えました。いやー、よかったー。この10年間で、少しは成長できていたみたいです。周りの皆様のご指導・ご鞭撻のおかげです。ありがとうございます。

やっぱり、本書に限らず、(業界なり、会社なりで)「これは絶対に読んどけって言われている本」は、その世界で生きていく以上は、背伸びして、歯を食いしばってでも読んでおくべきですね。5年後、10年後に活きてきます。(もちろん、この10年間において、本書の部分部分は折に触れて再読していました。そのたびに、いろいろな発見がありました。本当に名著です。)

経営コンサルティングの「本質」を理解しよう

本書を再読して、改めて認識したのは、戦略コンサルタントとしてのあるべき立ち位置です。

外部の、しかもテクニックを売るのではなく、真の意味でコンサルティングをする人間にとってできうることは、このような思考過程を活性化することではあっても、病人の手術にみずからメスをふるい、薬を製造し、投薬するということではないだろう。こうしたことは、当該会社みずからのトップが、率先して実践してゆかなくてはならないことなのである。(p.75)

先日、「経営コンサルタントと戦略コンサルタントの違い」という記事でも書きましたが、僕には「”答え”を持ってこいという経営者は、いかがなものかとおもう」という持論があります。もちろん、お客様は神様であり、ご要望には必死でこたえたいと思います。しかしながら「答えはコンサルタントの中にはなく、クライアント企業の中にある」と思っていますし、「改革を実行するのは、コンサルタントではなく当該企業の経営者であるべし」と思っています。驕った考え方だ、あるいは、偏った考え方だとかいうご意見があるのも重々承知の上ですが、今回、上記の一節に触れて、10年前に読んだ大前さんの言葉に感化されていたのかもしれないなと思いました。(この一文を読んだという記憶は無かったので、ちょっと驚きました。)

また、「戦略的」という言葉についての、以下の記述もふるってます。

「戦略的」と私が考えている思考の根底にあるのは、一見渾然一体となっていたり、常識というパッケージに包まれてしまっていたりする事象を分析し、ものの本質にもとづいてバラバラにしたうえで、それぞれのもつ意味あいを自分にとってもっとも有利となるように組み立てたうえで、攻勢に転じるやり方である。個々の要素の特質をよく理解したうえで今度はもう一度人間の頭の極限を使って組み立てていく思考法である。(p.18)

「人間の頭の極限」ということについては、戦略と言うものは必ずしも線形に考えるのではなく、非線形に考える必要がでてくるから、”この世に存在するもっとも非線形思考道具である人間の頭脳”を活用しろ、というお話になっています。これも、僕の思想に非常に近い。やっぱ、大前さんに感化されてるとしか思えません。

さらに、経営者が考えるべき”戦略”については、以下の記述が本質的だと思います。

外的条件は境界条件の変化として、戦略立案へのひとつのワクづくりには影響するが、業績の評価対象にはならない、という鉄則が経営者に銘記されるものと思う。 (p.58)

要するに「外的条件(景気が良いとか、円高だとか、その市場全体がぐんぐん伸びてるとか)によって、売上・利益等の経営数字は変動するが、それは”戦略”とは関係ない」ということですね。よって、売上・利益が上がったか下がったかということだけで、経営者を評価してはいけないわけです。”戦略”が正しいかどうかで評価すべきだと。

経営戦略って何だ?

また、非常に具体的な「やり方」も数多く書かれています。例えば「目標を定めて①」→「現状を理解して基本ケース(手なりの未来)を描き②」→「コスト削減(特に原価)③・売上増進(いわゆる販売力強化)④でどこまで改善可能かを見定めて」→「②+③+④と①との差分を”戦略ギャップ”と見極める⑤」というお話は非常に実践的です。

ここで見極めた戦略ギャップを、如何に埋めていくか、についても手順説明がなされますが、ここで重要なのは「世の中の人の多くは、③や④を適当にこなして、⑤の戦略ギャップを定義してしまうけど、それは間違いだ」というところです。

僕自身は、③や④は仮置きしておいて、大まかなギャップを定義してしまい、粗い打ち手検討を行ってから③や④の精緻化をして方向修正が必要かどうか見極めるタイプなのですが、大前さんは「③や④をえいやで置いてしまうと、そもそも実現可能な数字なのかどうかが良くわからない」ということと、「それを前提とした⑤を埋めるための戦略を考える事は本質的には意味がない」という2つの点で怒られてるなーと思いました。時と場合による、とは思いつつ、真摯に受け止めて反省したいところです。

その他にも、「プロダクトミックスは線形。ポートフォリオ管理は非線形だ」とか、「製品市場全体のライフサイクルと、自社プロダクトのライフサイクルを比較して考えろ」だとか、「短期現金収入を狙うのか、急成長のために投資するのかは製品のポジションに応じて決めないといけない」だとか、非常に具体的且つ実践的なノウハウが目白押しです。感動しました。

コンサルティング界隈にいらっしゃる方で、もしもまだ未読の方がいらっしゃる場合には、何はさておき一読を”強くお勧めしたい”一冊です。

 (余談)立場が違えば、得られるものも違う

さて、ここからは余談です。10年前は駆け出しの新人コンサルタントだった僕ですが、現在は駆け出しのベンチャー経営者です。

10年間のコンサルタント生活の中で、本書に書いてあるような「大企業向けのコンサルティング」のノウハウは、実践も伴ってかなり血肉になってきたなと感じています。特に、本書の内容は、既に複数の事業を保有しているような企業が、特定の既存事業の売上改善やコスト削減を行ったり、あるいは、複数事業の組換え(つまり事業ポートフォリオの調整)を行ったりするのには最適です。「売上が低迷する企業(伸びなやむ企業)は、マーケットサイズとシェアの観点でブレイクダウンするところから始めよ」という一言だけでも、サイズを測る”マーケット”の定義をどうするべきかという別の問題を解決せねばならないものの、ユニクロやマクドナルド、あるいはGREEなどの業績推移を読み解き、今後の戦略を考えるカギになりそうです。

一方、「ベンチャー経営(あるいはスタートアップ経営)」という視点で考えると、本書の内容をそのまま適用するのは難しいでしょう。投下可能なリソースは非常に限られており、また、多くの場合は単一事業で戦っています。従ってプロダクトポートフォリオを組み直す、というような打ち手にはつながりにくいわけですね。でも、だからといって、そういう立場で本書を読む価値が無いかというと、そんなことはありません。戦略的思考のフレームワークは普遍的且つ汎用的なモノですし、ポートフォリオは組めないにしても自社プロダクトを市場と相対的に位置づけて評価することはできます。

結局のところ、大切なのは、「具体例」を「概念化」してから、自分ごととして再度「具体化」する、ということなんですよね。(関連記事:抽象化と概念化を間違えない)その視点を失わなければ、どんな立場の方でも(得られるものは多少違うにせよ)本書からの学びは大きいでしょう。まさに温故知新ですね。時の洗礼を受けた本って、本当に素晴らしいなぁ。

 

企業参謀 (講談社文庫)
企業参謀 (講談社文庫)

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