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企業変革と進化生物学|馬場正博の「ご隠居の視点」

AUTHOR :   ギックス

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ギックス
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ビジネスで成功する確率を高める企業文化

ビジョン、社訓を掲げる企業は沢山あります。そこには、顧客第一主義、ものつくりの精神、事業を通じての社会貢献、そういった美しい言葉が並んでいます。その一方で企業風土あるいは企業のDNAという言葉もあります。企業には固有の伝統があって、それは生物の遺伝子のように代々受け継がれるものだというのです。

確かに、営業主導で経営方針が決まったり、製造部門の発言力が特に強かったり、企業により意志決定のプロセスはそれぞれ特徴があります。結果として、いつも在庫を販売店に押し付けて売上の辻褄を合わせる、機能がやたら豊富で使いにくい商品ばかり開発するといった同じような失敗を繰り返すことも珍しくありません。

もちろん、企業の伝統は悪い物ばかりではありません。大企業は官僚的と言われてもしっかりした管理体制の下で確実に仕事をこなすことに長けています。消費者が大企業の作った製品なら安心だろうと考えがちなのは、権威主義的と言うより経験に基づくものと考えて良いでしょう。聞いたこともないメーカーの商品でひどい目にあったことは誰にでもあるはずです。

しかし、どの企業も優れた製品やサービスの提供を目指し、コストの削減を計り、品質改善に余念がない一方、同じような失敗を繰り返すのはなぜなのでしょう。立派な社是、社訓を掲げてもその通りに会社が動かないのはなぜなのでしょう。そもそも比喩的な意味であっても、企業の遺伝子などあるのでしょうか。

ドーキンスは「利己的な遺伝子」の中で、生物は遺伝子の乗り物に過ぎず、生存と繁殖に有利な形質を与える遺伝子の増加させるのが進化の原動力と説明しました。利己的な遺伝子という言い方はあたかも遺伝子が意志を持っているような印象を与えますが、実際にはこれは確率的な可能性の話です。

例えば、ある種の中で特定の病気に対する抵抗力により生存率を1%高める遺伝子があったとしましょう。ただの1%で違いでも数百世代の間に1%でも有利な遺伝子を持つ個体、つまりその形質を与える遺伝子が、種の大部分を占めることになります。これは水の入ったコップに一滴のインクを入れると、しばらくするとコップの水全体にインクが広がるのと同じです。

「利己的な遺伝子」が教えてくれるのは、遺伝子に意志がないのと同様に、進化には予め決まった目的も方向性もないということです。途方もない長い時間の間に世代を重ねることで、少しでも生き残り、つまり遺伝子の増加に有利な形に生物は進化していくということです。

しかし、生き残りに有利かどうかは環境によって違います。密集した毛を持つことで体温の低下を防ぐよう形質を与える遺伝子は、温暖化が進めば毛を作るというコスト、体温上昇を防ぐために発汗のようなコストをかける生存にマイナスの働きをすることになります。進化は生存や繁殖に有利な遺伝子を確率的に増加させる方向に進みますが、環境が変われば、何が有利かが替り別の形質を与える遺伝子に取って代わられてしまいます。

それでは企業にとって遺伝子に相当するものは何でしょうか。それは、その企業がどんな価値観を持っているかというより、どんな評価基準で経営されているかということです。世界一の半導体メーカーのインテルはかつて半導体メモリーが主力製品の会社でした。ところが、インテルでは事業の評価をウェハー(半導体のベースとなる材料)当たりの利益率を基準にウェハーの配分を決めていました。そのため、ウェハー当たりの利益率がメモリーよりマイクロプロセッサーの方が高くなることで、いつの間にかマイクロプロセッサーを中心とする半導体メーカーに変身していました。

評価の基準でよく使われるのは「XX当たり」というものです。鉄鋼メーカーは様々なコスト要素を鉄1トン当たりで評価してきました。小売店が1店舗当たりの売り上げを重視するか、1顧客当たりの売り上げを評価するかで戦略や方向性は大きく違ってきます。評価基準の取り方で同じ製品を作っても高級品を少量生産するか、低価格帯のものを大量生産で稼ぐかという違いも出てきます。

しかし、本当の意味で「企業の遺伝子」となるのは「人を評価する尺度」でしょう。「評価」とはボーナス、昇進という人事考課ももちろんありますが、「どういう業績を上げる社員、何に力を発揮する社員を偉いと皆が思うか」という企業の文化とも言い換えられます。いくら「物つくりの精神」と言っても、現場の製品の改良や品質より営業成績を上げる方が偉いし評価されると皆が思うなら「物つくりの精神」の遺伝子は伝わりません。

企業にも生物と同じように世代があります。10年前の社長あるいは部長、課長は今の社長、部長、課長では普通ありません。どのような人を評価し、昇進させていくかは、企業が社是などではなく本音ベースでどのような人に価値があると考えるかによって違ってきます。アルフレッド・チャンドラーという経営学者は「組織は戦略に従う」と言いました。企業の組織はどのような戦略を取るかによって変わるというものですが、その言い方を借りるなら「企業文化は人事評価に従う」と言うことができるでしょう。

経営者はビジョンを達成のために、企業文化あるいは風土を変える必要性を感じることがあります。低価格帯の製品の大量生産ではなく高級品にシフトする。顧客単位の営業中心の売上から、市場全体へのアプローチを重視する。そのような戦略の実効性はどのような能力を持つ人を上に引き上げるかによって結果が大きく左右させられます。そして、一度評価や昇進の基準が確立されると、それは長い時間企業の中で生き続けます。なぜなら、人は自分を引き上げたのと同じ評価基準で部下を昇進させようとしがちだからです。

松井証券の社長の松井道夫氏は日本郵船から娘婿として松井証券に転じました。松井社長は対面営業によって営業マンが個別に顧客に株の売買を勧めて商売するやり方、つまり沢山取引を顧客にさせる営業マンを評価させるやり方から、対面営業を止めてコールセンターさらに後のネット証券へとビジネスモデルそのものを変えてしまいました。

松井社長は証券業に来る前にいた海運業が価格の自由競争が進んだことで様変わりしていた経験がありました。そしてその経験から当時(1980年代後半)の証券業界にも同じことが起きると予測したのです。松井社長の登場は遺伝子選択の環境が激変したという意味では、恐竜を絶滅させた大隕石の衝突のようなものだったかもしれません。しかし、松井社長の登場まで、松井証券に限らず、証券業界は顧客に沢山取引をさせる営業が昇進する文化が続いていたのです。

企業にとってビジョンは無意味ではないでしょう。ビジョンがなくては多数の社員を一つのベクトルに向かわせることは難しいかもしれません。しかし、本当に望ましい企業の遺伝子(つまりビジネスで成功する確率を高める企業文化)を受け継がせていくのは、社員をどう評価し、どう昇進させるかで決まります。トップが耳当たりの良いことだけを言う社員ばかりを昇進させれば、それは性選択の勝者が遺伝子をもっともよく残すことができるように、同じようなトップをまた生み出して行く可能性が高いのです。そして、環境に適合した遺伝子の変異、企業変革ができなければ、企業もまた絶滅への道を歩むしかありません。

(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)


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馬場 正博 (ばば まさひろ)

経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。

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