チキンゲームの戦い方 後編|馬場正博の「ご隠居の視点」【寄稿】

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タカ戦略とハト戦略

前編はコチラから

チキンゲームで強気に突進する戦略は相討ちで大損害を被る可能性があります。かと言って、いつも逃げ回って回避行動ばかりとっていると負け続けて苦境に陥ってしまうことになってしまいます。今、タカの戦略を「どんなときでも断固、攻撃し妥協しない」、ハトの戦略を「どんなときでも、相手に妥協し攻撃は絶対に行わない」と定義して、それぞれの戦略の良し悪しを考えてみましょう。念のためにお断りしておくと、タカ、ハトというのは戦略の名前です。実際にはタカはハトを襲うことはありますが、タカ同士は滅多に戦いません。タカ同士で戦うのはテリトリーを犯されたときで、テリトリーを犯されればハトのような鳥でも戦います。

さて、タカとハトがいて餌を取り合っているとすると次のような組み合わせがあります。

1) ハト対ハト 譲り合って分配を決める

2) ハト対タカ タカが全てを奪う

3) タカ対タカ 徹底的に戦って、勝ったほうが全てを奪う

上の組み合わせの中で、3)の「タカ対タカ」は元々のチキンゲームではどちらも死んでしまうことになっていますが、ここでは少し条件を緩めて、一方が大きな損害を受けながらも餌を獲得できるとしましょう。

このような条件を付けた時、ハト戦略とタカ戦略のどちらを取るべきかを考えてみます。タカ戦略をとって相手がハトなら総取りができます。ハト戦略をとって相手がタカなら逆に餌は総取りされてしまいます。もし、餌を総取りされる被害を非常に大きいと考えると、相手がハトでもタカでもタカ戦略を取った方が有利になります。何かに似ていますね。そう、相手が自白しようと黙秘を続けようと自白した方がより有利になる「囚人のジレンマ」と同じ構造です。

これはトマス・ホッブスが「万人の万人に対する闘争」と言った自然社会そのものです。ホッブスは思考実験としてこのような状況を想定したのですが、実際、未開人(そのようなものは今日では地球上から消滅しましたが)を含む人類の歴史は、タカ戦略を基本にするものだったと考えられています。知らない人類集団同士が出会った時は、基本は殺し合いで勝った方が全てを奪い取るというのが普通だったのです。

ただ、これはハト戦略、タカ戦略が選べる場合です。遺伝的にハト、タカが固定されていれば、このようなジレンマは発生しません。もし、ハトばかりの世界にタカが飛び込んでくるとタカは非常に有利な立場になります。ハトは蹴散らされて逃げ回るしかありません。タカは一方的に餌を獲得できます。タカはこの環境に非常に良く適応しています。

しかし、環境に適応しているため、次第にタカは増殖します。最初はハトしかいないのでタカが餌を独り占めできたのですが、そのうちタカ対タカで戦う必要が増えてきます。タカ対タカの戦いで勝っても得られる餌より、損害の方が大きいと仮定しましょう(このような条件を付けると戦略を自由に選べる場合でも「囚人のジレンマ」にはならなくなります)。そうすると一時は増加の一途だったタカは相討ちで数を減らすことになります。

結局、タカの数が増えすぎるとタカが相討ちで数を減らすことで逆にハトが有利になり、今度はハトの数が増えます。さらにタカが減り、ハトが増えることが続くと、今度はタカが再び高い適応性を獲得します。その結果例えばハトが7割、タカが3割という均衡点に落ち着くことになります(均衡点でハトとタカがどんな割合になるかは、得られる餌の量とタカ同士の戦いの損害の大きさで決まります)。

話をタカ、ハトから現実の世界に戻してみましょう。タカ戦略、ハト戦略が選択できるとき、「囚人のジレンマ」と同じ構造になって、タカ戦略が有利になるのは、国同士であれば戦争で勝てば多少なりとも儲かる場合です。日本の戦国時代や帝国主義の列強同士の争いは「戦争で勝てば儲かる」という事実が背景にありました。そのような状況が崩れたのは近代では第一次世界大戦のあたりからでしょう。戦争は勝っても損害の方が利益よりずっと大きいと各国が認識し始めたのです。

しかし、自分は絶対にハト戦略しかとらないと宣言してしまうと、相手は自由にタカ戦略を選択してしまうでしょう。と言うより、タカ戦略をとった時に何らかのペナルティーがなければ、絶対的にタカ戦略が有利になります。日本の平和憲法は世界中がハト戦略しかとらないのであれば利益がありますが、タカ戦略をとる国があれば損になります。自分はハト戦略しかとらないと思っていてもハト戦略をとるかタカ戦略をとるか不確定にしている方が、相手にタカ戦略をとらせないためには必要です。

ビジネスの世界で考えてみましょう。ある商品市場、ある地域と限定すると、そこではハト戦略が基本です。競争相手同士が顧客を取ったり取られたりすることはあっても、相手を殲滅するか自分が消え去ってしまうまで値下げ競争をするようなことは殆どありません。ところが破壊的イノベーション、まったく新しい技術、根本的に異なったコスト構造を持つ参入者が現れると事態は一変します。強力な参入者は既存の企業を徹底的に蹴散らします。

このようなことは、ドトールのような安いコーヒーショップのために既存の喫茶店が激変したり、開発途上国で生産した格安製品を持ち込んだりした時に起きます。今、地方の商店街はどこもシャッターが閉まったシャッター商店街化していますが、その原因は地方の人口減少や産業不振(それもあるでしょうが)と言うより、むしろイオンのような豊富で安い商品を大量に供給するスーパーが現れたことです。大規模なイオンモールに貧弱で割高な商品しかない地元の小売店は到底太刀打ちできません。

ところが破壊的イノベーションでタカ戦略をとって参入した企業もしばらくすると、タカ戦略を止めてしまいます。ハトが蹴散らされタカばかりになるはずが、いつの間にかタカがハトに変わってしまっているのです。地方の郊外にはイオン、コジマ、青木のような安売りチェーンの店が画一的に軒を連ねている光景がよく見られますが、お互い同士が相討ち覚悟で安売り競争をするようなことは、あまりありません。かつてのようにお互い顧客を取ったり取られたりしながら安定的に共存しているのが普通です。

「囚人のジレンマ」もある集団の中でゲームが一度でなく、継続的に何度も繰り返されると、お互いの利益を尊重することでジレンマではなく全体最適を実現するようになるのが普通です。タカハト戦略の選択は、競争のパラダイムを変えるように新規参入者が現れるまで大部分がハト戦略を取ることで安定を確保することになります。

ただし、ビジネスの世界で供給側がハト戦略で一致団結すると需要者側が一方的に不利になる危険があります。独占禁止法が価格協定や談合を厳しく規制しようとするのはそのためです。しかし、ハト戦略で安定することへの欲求は非常に強く、談合は巧妙化しつつなくなることはなさそうです。ソフトバンクの「24時間以内にそれ以上の値下げで対応」も脅しと言うより一種の公開の場での談合の呼びかけとさえ言えます。

人類はその歴史の中で集団外にはタカ戦略を基本にしながら集団内ではハト戦略を中心に生きてきました。最近では人類が他の霊長類と一番違うのは連携して共同作業を行えることだという説もあります。集団内のハト戦略の採用や「囚人のジレンマ」を解消する能力が人類の進化を加速するエンジンだったと言うのです。いずれにせよタカハト戦略の選択は人類の進化の歴史の中でも大きな意味を持っているようです。

 

(本記事は「ビジネスのための雑学知ったかぶり」を加筆、修正したものです。)


馬場 正博 (ばば まさひろ)

経営コンサルティング会社 代表取締役、医療法人ジェネラルマネージャー。某大手外資メーカーでシステム信頼性設計や、製品技術戦略の策定、未来予測などを行った後、IT開発会社でITおよびビジネスコンサルティングを行い、独立。

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