【前編】レガシー脱却から始まる、組織の意識改革と技術進化 JR西日本「ICOCAポイント管理システム」刷新がもたらした適応力の文化
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- POSTED : 2025.05.08 11:00
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「あらゆる判断を、Data-Informedに。」をパーパスに掲げるギックスは、顧客理解を中核に据えた事業を展開しています。 データ活用を進める企業では顧客理解の深化に伴い、求められるデータの粒度・質・スピードは、常に外部環境とともに変化していきます。
その変化に柔軟に対応するフレームワークとして、ギックスは「Adaptable Data System:ADS(アッズ)」を提唱。企業が状況変化に即した“より良い判断”を継続的に下せるよう支援しています。
今回は、ギックスが伴走したシステムのモダナイゼーションと顧客理解促進を目的としたデータ基盤構築について、西日本旅客鉄道株式会社(以下、JR西日本) デジタルソリューション本部 システムマネジメント部(以下、システムマネジメント部)小山秀一氏に、ギックス 代表取締役COO 花谷慎太郎が、プロジェクトの狙いや背景、そして顧客理解のあるべき姿について伺いました。
- ギックス、新たなフレームワーク「Adaptable Data System:ADS(アッズ)」を発表(2025/3/25)https://www.gixo.jp/news-press/26986/
ICOCAポイント管理システム刷新の理由
花谷:小山さんはJR西日本様のシステムマネジメント部で、クラウドネイティブ技術を活用し、数多くのシステムのモダナイゼーションに取り組まれていらっしゃいます。
まずはそれらの取り組みを始められたきっかけについて、教えていただけますか?
小山:はい。私ども鉄道事業者は、社会インフラとして多くのお客様を安全安心に出発地から目的地までお運びするために、様々な設備を保有し、事業運営を行っております。その中で、お客様接点の1つである販売場面においては、過去からお客様に窓口や券売機で切符を買ってもらい売上・利益をあげてきましたが、技術の進化や労働人口の減少をふまえ、ネット利用、交通系ICカードなどのキャッシュレスサービスへのシフトを進めてきました。
その一つの施策として、コロナ禍の前…2018年頃ですね。“割引してくれるならちょっと街まで出かけてみようか”というニーズを喚起するために提供していた「昼間特割きっぷ」という回数券の発売を終了し、その割引相当分をポイントで還元するための仕組みとして、ICOCAポイント管理システムを構築し、運用を開始しました。
私見ではありますが、関西、特に私も含め大阪の方は「同じ買い物をするのでも、よりお得に買いたい」「1円でも安いものを買いたい」というニーズが強いように感じています。
西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 システムマネジメント部 担当部長 兼 WESTERモール推進室長 小山 秀一(おやま・しゅういち)氏 1996年JR西日本に入社。 駅員、乗務員、ダイヤ作成部門、営業部門を経て2001年10月に総合企画本部IT推進室に着任。 主に顧客向けシステム(ネット予約、会員管理、コールセンターシステム等)を担当。2021年4月より、DX組織において、JR西日本グループのデジタル戦略において必要なデータ利活用のための基盤整備、内製開発、モダナイゼーション、ネットワークインフラ刷新等を推進中。直近は新たな決済サービス「Wesmo!」の開発にも参画。 |
花谷:私も大阪出身なのでそのニュアンスはよくわかります(笑)。
小山:「昼間特割きっぷ」は、通勤や定期券を持っている方々が使うオンタイムの時間ではない、オフピークの平日朝10時~夕方17時までに改札を通過する――我々からするとピークじゃない時間にわざわざ利用してくださる方々に着目し、近場ではなく電車で移動する距離にいかにお出かけしていただくか?という利用促進を目的に開始した施策です。一定期間内に、複数回利用すればきわめてお得です、という。
その結果、目論見通りに使ってくださる方々も大勢いらっしゃいましたが、反面金券ショップでバラ売りされてしまうという現象も起きてしまいました。
“これは本来の目指してきたことだったのか?”となって。理想としては、お客様を個で捉えてそのお客様がご利用になられた回数に応じて、お得な体験をしていただきたかった。それを実現するために、条件に応じてポイントで還元する「ICOCAポイント管理システム」を作ったんです。
花谷:これは我々がご支援をする前の話ですね。回数券が契機だったとは知りませんでした。
株式会社ギックス 代表取締役COO/Data-Informed事業本部長 花谷 慎太郎 京都大学工学部卒業後、日本工営株式会社、IBM Business Consulting Services 社(現日本IBM株式会社)を経て、2012年、株式会社ギックス創業メンバーとして取締役に就任。2023年10月より株式会社ギックス代表取締役COOに就任。 |
小山:はい。システム面では、初期構築時点は短期間かつ多くの制約がある中で機能を実装しました。そこから5年程度経過し、刷新のタイミングが近づいて「本来われわれが望んでいるビジネスに対して、きちんと活用できる仕組みにしたい」と、ギックスさんに相談したのがはじまりですね。
現在は、お客様の時間の過ごし方や働き方は多様化しており、コロナ禍によってその変化はさらに加速しました。ECも普及して、我々も移動の提供だけでずっと右肩上がりに成長できるという状況でもなくなってきています。
今後はお客様個々の内発的な動機のようなものを捉えて、そのお客様にとって必要と思われる商品なり移動サービスを1to1でリコメンドして需要喚起していくようなモデルの比率が高まっていくと考えています。従来の券売機で購入したきっぷや無記名のICOCAでは誰が何の目的で移動したか分からなかったものが、ICOCAのモバイル化等により、より多くのご利用に対して本人確認ができる状況となったため、それをきっかけに利用や購買動機を創出し、エンゲージメントを高めたいと思ったわけです。
本質的な刷新を支える“変化への適応(アダプタビリティ)”という思想
花谷:IDで顧客ひとりひとりを個で捉えて、利用状況に応じて還元していきたいというお話でしたね。
小山:そうです。オフピークに移動需要を喚起するのは、たくさんある施策のうちの1つなんですが、多様な個々の消費者をセグメンテーションして、そのセグメントに対してこういう打ち手を打てば別の需要も含めて喚起できる。そのようなバリエーションは、まだまだたくさんあるはずです。
ただ、旧来組んだシステムというのは、短期間の検討で制約の多い環境下に手堅く構築したこともあって、なかなか柔軟にインセンティブの条件を追加変更設定することができなかったんです。ひとたび条件を追加しようと思うと、それなりに工数がかかってしまうという。
花谷:まさに、レガシーなシステムだと、なかなか対応が難しい部分。その点では我々で言う“アダプタビリティ”、つまり変化に適応できるようなモダンシステム「Adaptable Data System」になるべきだという課題をお持ちだった訳ですね。
小山:その通りです。刷新にあたっては、このシステムをどのように使いたいか、という観点からアーキテクチャの構築や技術の選定を行い、2024年6月に従来のオンプレシステムをパブリッククラウドにリフト、シフトしました。以降、運用の省力化と様々な機能のアップデートを並行して行なっています。刷新前のシステムと比較すると、まずは監視運用の観点でコンテナ利用やサーバレス構成により監視対象が著しく減少したほか、オートスケールの適用によりリソース監視をアラート対象から外すことが出来、運用負荷を大幅に軽減できたという点に大きく変化を感じています。結果として、その工数をもっと機能改善の検討に振り向けられる状況に持っていけていると感じているところです。
花谷:JR西日本様のICOCAポイント管理システムのモダナイゼーションの特徴として、データストア、実行基盤、APサーバ、アプリの各層で責務に応じた分離を行い、コスト低減を実現できる形でクラウドに移行した点があげられます。
花谷:ただ単に細かく分けるのではなくて、責務を達成するための最小単位を設計して分離している。それがアダプタビリティの獲得とコスト低減につながり、結果、企業の競争力の獲得につながるというところがポイントですよね。
「社会や顧客の要望の変化に対応して、システムも変化に対応していくことが必要」という考えと、そのためには「最先端のクラウドネイティブ技術の活用が必要」とご理解いただいたがゆえに、今回のプロジェクトに踏み出していただけたと思います。
小山:鉄道運行を生業とする以上、「安全・安定稼働」が間違いなく担保されていることが至上命題。そのためこれまでは必要最低限のお客様からの要望を一定取り入れるか、取り入れないかという姿勢でした。我々としては守るべきものを守るために、そういう構えを取っていた訳です。ただそれは、そもそもシステムがアダプタブルな状況でない、適応力がないからこそ、それを所与のものとして仕組みを作ってきたという側面が大きい気がします。
花谷:昔は“堅く作って長く使う”ことが当たり前でしたよね。それが今では先端のクラウドネイティブ技術を活用すればビジネスサイドの要望に応えることができるようになった。小山さんは多岐にわたるビジネスサイドの要望を受け取られていて、かつ最新のクラウドネイティブ技術へのご理解があったからこそ実現できたと考えています。
小山:どうしても社内では「安全安定に稼働させること」こそが自分たちの果たす責務だと思われがちなのですが、“実はユーザーが求めていることは別にある”という点に気づくことも大切です。「変化への適応が可能」になったことで、要望に柔軟に応えることができるようになりました。
組織とシステム“人機一体”モダナイゼーション
小山:我々は事業会社のシステム部門として、ビジネスの根幹、コアコンピタンスやMVVに対してコミットしなければいけない組織。ものごとはすべからく状況の変化に応じて的確に判断し、行動を変えていくべきだと思うんです。
「安全・安定稼働」で100点を間違いなく取り続けることももちろん重要ですが、どこまでのリスクを受容でき、どこまでを受容できないのか。そうした基準を、自分たちの中で改めて再定義することが必要になっています。
花谷:小山さんのように事業推進される立場だと、システム部門のメンバーの皆様の業務の取り組み方やメンタリティの部分でも、いろいろとジレンマを抱えられていそうです。
小山:メンバーのメンタリティというのは“要は事業貢献だよね”と思っている人と、“ユーザーとベンダーの橋渡し的・調整弁です”と思っている人と両方いまして。
事業貢献をもっとしていくために…と能動的なアクションを起こそうとする一方、いざというときにはベンダーさんがいるから、と頼ってしまうメンタリティから脱却できずスピード感を損なってしまうというか。もちろんベンダーさんはそれをずっと生業にされているので、お願いしていれば万が一何かしらトラブルがあった際には一定リカバリーも効くんですけど。
自分たちの組織内で主体的に実行できる能力、ケイパビリティを貯めていくには、まず「この施策は自分たちでやる」と決断すること、そしてその理念に共感して向き合ってくれる伴走型のパートナーを選ぶこと。専門性が必要な部分はパートナーの力を借りつつも、内部リソースで頑張るところは頑張るという。そうやって少しずつパートナーから自立していったときに、真の自信がつくというふうに思うんですよね。この営みを経て、徐々にではありますが、特定のベンダーに依存する状態から脱してコストを抑えることができてきましたし、業務も高度化しているのでビジネスインパクトは大きいと思っています。
花谷:JR西日本様のプロジェクトに携わることで、当社の開発チームの練度がかなり高まってきています。“No Uncomfortable Ops”※を実現するために、ここをさらにマイクロに分けたらもっと良いというような意見が開発チームからもでてきます。ちょっとずつシステムを良くしながら、人のケイパビリティも広げていく。
※システム運用の「うれしくない」作業をなくすことを目的とした取り組み
小山:いきなり最終到達点を目指しても現実的ではなく、“理念は理解できたが、実行は難しい”という反応になりがちです。いわゆる“人機一体”じゃないですけど、人とシステムの両方が一緒に伸びていかないと。小規模でも良いから変化に対して向き合って、変化を所与のものとしてうまく合わせられるようにすると、おのずと新しい仕組みを入れていくことにチャレンジできる。
メンバーがだんだん身も心もスキルもそういうやり方に慣れていって、会得できればコア人材になれる。練度が上がって、それを色々なところに広げてアメーバ的に増殖していくと、徐々に組織能力全体が上がっていくというイメージですね。
全部が全部“モダナイゼーションだ!”と一気にやるというのがバズワード的にブームになっていて、A社でははわずか1年で数千システムをパブリッククラウドにリフトした、といった事例もありますが、人の成長という面でも、システム面でも個人的にはリスクを感じる部分はあります。
花谷:中身を分からないままクラウドリフトだと開発を進めるのは本当に危険だと思います。それぞれの目的に合わせてマイクロサービス化を進めクラウドネイティブなモダンシステムにしていく必要がありますね。そのままPublicクラウドにリフトするだけだと単なるコスト増になってしまう。
小山:もちろん効果が出ている事例もあるのかもしれないですけど、我々がやりたいのは今のシステムをそのままパブリッククラウドに移植するというわけではなくて。スピード感は重要ですが闇雲に突っ走るのではなく、モダナイゼーションに必要なものが充足されている状態で、真に価値があるモダナイゼーションを実行すべきだと思っています。
花谷:かなり先の話になるかもしれませんが、本当の最終型はハードウェアをプライベートクラウドにすることですよね。そのときに上の層がモダンな構成になっていて、レジリエンスもあるし…という。そこを見据えていきたい。
小山:人材も含めて、まずもって備えるべき組織能力として、ICOCAポイント管理システムの刷新で正しい第一歩が踏み出せたと思っています。これが象徴的な例で、続けとばかりに案件が出てきて、大きなうねりになって勢いを生む。これが本質的なモダナイゼーションだと思うんです。
後編へ続く
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