第二十六戦:vs 釘 (第12巻より):驕るのは人の常。痛い目にあってそれを知る。|バガボンドを勝手に読み解く

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vagabond12

深く自省して、その先を見よう。

この連載では、バガボンドの主人公 宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第26回の今回は、驕った自分自身との戦いです。

連載の概要はコチラから。

驕るな、我にとらわれるな。

前回、柳生石舟斎との邂逅を経て、柳生の里を後にした武蔵は、再び放浪の旅に出ます。しかし、槍の宝蔵院あるいは、柳生の里を目指していた時とは異なり、明確な目的があるわけではありません。道すがら、出会う素浪人たちを相手に「一手ご指南」と喧嘩を売り、片っ端から薙ぎ倒していきます。

柳生の四高弟を同時に相手して、一歩も引けを取らない(どころか、むしろ押し勝つ勢いの)武蔵ですから、そのあたりの素浪人が束になっても敵わないのは当たり前です。

格好ばかり 名ばかりの つまらん奴ばかりだ

この世の中に 本物が一体どれほど いるというのだ

と、驕りにも似た気持ちを抱いて山道を歩いて行くうちに、落ちている釘板を踏んでしまいます。油断していた武蔵は、全体重をかけて踏みつけてしまったため、足の甲まで釘が突き抜けます。

未熟・・・ 未熟!!
釘ははじめから上を向いて落ちていたんだ
それに気づかぬとは

いや 気づかないまでもーー 足の甲を貫くまで踏み抜くとは
気が体中に行きわたっていれば 五体が融通無碍を得ていれば
草鞋の裏で釘は止まっていたはずだ・・・!!

沢庵なら 踏み抜きはしなかったろう
当然 胤栄なら
石舟斎ならーーー

油断していた自分にいら立つ武蔵は、傷ついた足のまま、そびえたつ巨大な岩山によじ登ることを決めます。岩山の上方は霞がかって見えません。また、歩くべき道も無く、強風が吹きすさぶ中を、ロッククライミングのように上がっていくことになります。

怪我した足は痛みます。怪我した自分自身を呪います。「もし、ここが線上だったら?」「もし、今日が吉岡清十郎や伝七郎との戦いの日だったら?」と問いかけ、この油断が死に直結するものだと己を戒めつつ、武蔵は頂上を目指します。そして、色々なことを考えます。

なぜ・・・ 寝ている石舟斎に一太刀も入れられなかったか・・・

「天下無双とはーーー ただの言葉じゃ」(※石舟斎の言葉)

言葉にとらわれているというのか? 実はただ「天下無双」と崇められたいだけだと?

違う

なら何故 天下無双を目指す

餓鬼の頃は鬼の子とさげすんだ世間の奴らを畏れさせたかった 「武蔵は強い」と
それが今も変わってない? まさか 俺はーーー

そんな武蔵の心の中に、石舟斎の幻影があらわれて、語り掛けます。

俺は
俺は
俺は
俺は

俺ばっかりだ

どこまでいっても 我(が)ーーー それだけか

小さいのう

そこへ、下からの突風。煽られて浮き上がる武蔵。必死で岩にしがみついてしのぐ武蔵の横を、トンビが通り過ぎます。先ほどの突風(上昇気流)をうまく使って、高度を上げているわけですね。

その姿を見た武蔵は、「己」「我」にとらわれた自分自身は、風を掴むこともできなければ、高みに辿り着くことも難しいと悟ります。

考えるな もう十分考えた

そうだな じいさん 天下無双とは何かーーー そんなこたあ
天下無双になってから考えるわ
とりあえず今はそこまでのぼっていくのみだ
俺はただ てっぺんが見たいだけだ

そうして、息も絶え絶えになりつつも、晴れやかな気持ちで岩山の頂上にのぼりきった武蔵の眼前には、雲海が広がっています。

てっぺんだっ・・・!! ざまあみろ!!

と、意気揚々と風を感じる武蔵でしたが、風が雲海を吹き払うと、自分のいる岩山よりも数段大きな岩山が、いくつもそびえたっているのが目に入ります。

一瞬、呆然とした後、武蔵は笑い出します。己の小ささを理解し、強敵たちをその岩山になぞらえて、自分はまだまだだと修行に勤しむ決意を新たにしたわけですね。そして、武蔵は、天に向かってこう呟くのです。

俺は どこまででも行ける!!

己を”客観的に”見つめよう

今回、武蔵の思想は、大きく変化します。ざっとまとめると、以下の6ステップです。

  1. 実力(強さ)の再確認
  2. 十分に強いという驕り
  3. 油断と、それに起因する失敗
  4. 自責の念
  5. 我執への気づき
  6. 我執からの解脱

こうしてみると、ビジネスマンでも同じようなシチュエーションに陥りそうな気がしてきますよね。

入社した(or プロジェクトに参画した)後に・・・

  1. 周囲が評価してくれて、安心する
  2. これならやれるな、と一安心
  3. ケアレスミスや、不得意領域の仕事で苦労する
  4. 俺は、なんてダメなんだと凹む

と言う感じですね。

で、その後は、v. そもそも、提供すべき価値は何か?そもそも、誰に価値提供すべきだ?と考える → vi. そうだ、周囲と協力して顧客に対して価値を出していこう!と思い至る という感じでしょうかね。

ビジネスにおいては、(まぁ、ミスしないというのが理想ではありますが、それは無理だとして)このサイクルを如何に高速にまわすか、が勝負の分かれ目だと言えるでしょう。

PDCAの回数は、多ければ多い方がいい

一般的な会社において、評価は年に1回という所が多いでしょう。稀に、半年に1度とか、四半期に一度という会社もありますが、評価結果が給与という形で反映されるのは、通例、年1回ということになります。

しかしながら、そんな速度で自分自身を振り返っているのは、はっきりいって遅すぎます。弊社の名刺の後ろには「P^D(CA)」と書かれています。これは、「Planと連動したDoを行う」および、「Doの結果がPlant通りかどうかをCheckし、必要に応じてAction(Doの調整)を行う」ことにくわえて、それを「1度や2度ではなく、∞回数回す」ということを意味しています。Planは、先ほどの評価の話と同じで、大抵、年に1-2回程度です。その期間内にCheck-Actionサイクルを可能な限り多く回そう、という思想なんですね。

人は、驕る生き物です。何かを成し遂げることで自尊心が満たされ、それによって自信を得ることは悪いことではありませんが、その副産物として「驕り」を抱えてしまうわけです。その驕りは、かならずミスを招きます。明かな業務上のミスの場合もあれば、上司やクライアントとのコミュニケーションミスだったりもします。そのミスから、いかに早く立ち直るか。(まぁ、自省するというステップを飛ばして、あっさり立ち直ってしまうと、その経験が次に活きないので、真摯に受け止めて悩むフェーズが必要なのは言うまでもありませんが。)

悩むときは、体を動かすと良い

では、どうすれば、悩み抜き、解脱することができるのでしょうか。経験上、肉体を酷使しつつ、意識を切り離すということが良いと思います。

今回、武蔵は、岩山に上りました。しかし、僕たちシティーボーイ(また、ブログ読者の多くはホワイトカラーですよね)が、岩山に上るのは現実的ではありません。また、落ちたら死ぬので、ちょっと厳しいですよね。では、どうするか。答えは簡単。「走る」です。

オススメは、ジムのランニングマシーン(できれば、外の景色が見渡せるもの)か、川沿いの道ですね。普通の道を走っていると、カーブやアップダウンが多かったり、横から飛び出してくる車や歩行者に常に気を配らなければならず、肉体と意識を切り離すことが難しくなるんですよね。ランニングマシーンならそんな心配はありませんし、川沿いの道は(まぁ、横断歩道はありますが)横からの飛び出しが橋のあるところに限定されること及び、全体的に見通しが良いので、肉体は走る・精神は考える、に注力しやすくなります。

ということで、今夜から、走りましょう!(え、そんな結論?笑)

 

 

・・・ちなみに、余談ですが、以前、海外でビーチリゾートで、バラの枝がプールサイドに落ちていたのを踏んでしまったことがあります。ぐさっと。もう、痛いんですよね。まぢで。しかも、その前後の数分間だけなんですよ。ビーチサンダルを履いていなかったのは。まさに油断ですね。そして、踏んだ後は、そりゃぁもう自責の念しかないです。海外だし、破傷風とか怖いなーとかおもっちゃって。でも、そんな経験を踏まえると、ぶっちゃけ「気が張ってたら釘を踏み抜かない」なんてことはあり得ないと思うんですよね。つまり、「武術の達人の考えることは意味不明や」ってことですね。はい。笑

 

連載の全体像はコチラから。

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