人格AIに何を求めるべきか|tagahikoGPTを作ってみた(3/3)

  • f
  • t
  • p
  • h
  • l
tagahikoGPT_3

前回前々回に引き続き、社内向けカスタムGPT「tagahikoGPT」について、作成者である田中に聞きました。


生成AIを通じて、人間の自己理解が進む

―tagahikoGPTから、だいぶ脱線してしまいましたが、他に何かお話されたいことはありますか。

田中:
そうですね。脱線ついでに、全く別の話をしてしまってもいいですか。tagahikoGPTを作ってみたことも含めてですが、僕は、生成AIによって、人間の自己理解が進んでいるように思うんですよね。
先ほどもお話した通り、tagahikoGPT_v2.0では「僕自身の特徴って、それくらいシンプルに表現できちゃうの?」という気付きを得たのは大きかったと考えています。

―なるほど。「素(す)のGPTで、大半がカバーされている」というお話ですよね。

田中:
そうです。僕が、自身の独自性だと思っていた部分は、実は、既に生成AIに標準実装されている。反対に言うと、ほんの10行程度が僕と素のGPTの差なわけですが、この10行は、とても大きな意味がある10行なんですよね。

―かなり進化してきた生成AIの推論エンジンとの「数少ない差」こそが、重要なポイントだということでしょうか。

田中:
はい。そもそも、LLMが採用しているTransformerモデルは、基本的に「ベクトル空間内の“近い”単語」を引っ張ってきています。そして、文章全体を構築するのではなく、この言葉の次には何が来るの?を順番に引っ張ってきます。
そう聞くと「え、そんなやりかたで大丈夫?」と感じる人も多いと思うのですが、冷静に考えれば、人間だって、最初に言いたいことを全て考えきってから話し始める人はいないはずです。文章を書く時もそうでしょう。話しながら、あるいは、書きながら、次の単語を順番に引き出しています。
AI、つまり機械がやるから、なんだか違和感があるわけですが、人間だって似たようなものじゃないか、と思うんですよね。

―それが「生成AIを通じた、人間の自己理解」のお話ですね。

田中:
ええ、そうなんです。自分がどのように考えているのかって、客観的に捉えるのが難しいじゃないですか。僕は、考え方に関する書籍を複数出版させていただいていますし、ギックスのブログでも「考え方を考える」と題したコンテンツをたくさん書かせてもらっています。それでも、「これが答えだ」と言い切るのは難しいなと常々感じていました。
しかし、生成AIを通じて「思考」を考えると、自分の思考法・考え方について、少し見方が変わってきたように思います。

―もう少し、具体的な例を挙げてもらえますか?

田中:
例えば、自分の記憶を検索する、あるいは、何かを発想するというシーンについて考えてみましょう。発想といっても、ゼロから何かを思いつくわけではなく、自分の脳内にある何かを引っ張ってきて、組み合わせてみるという話だと僕は思っているので、「記憶検索」と「発想」は本質的に同じものだと理解しています。

このコツについて、過去は「フレームワークに当てはめて考えればいい」というような表現をしていました。自分の手元にある情報を、何らかのフレームワークに当てはめれば、情報が書けている部分や、薄い部分が見えてくるわけです。そこに注目すれば、足りない情報もしくは考えが至っていない可能性に気付ける、と。

しかし、LLMを使うようになってから「多次元の脳内ベクトル空間」という考え方をするようになりました。
イメージとして、ドラえもんの四次元ポケットのようなものだ、という表現をしたりします。「脳内において、ある情報が、どの情報と近いのかは、どの次元を採用するかで違う」と。したがって「どこでもドアの近くに、どこでも窓がある」という”距離を無視するという便益”の次元もあれば、「どこでもドアの近くに、タケコプターがある」という”移動を便利にするという便益”の次元もあるよね、と。これを複数の次元で持てば、いろんな発想に至るじゃないか、というようなお話をします。

―四次元ポケット、ですか。

田中:
普段のドラえもんは、欲しい道具をパッと取り出しますよね。放送時間の尺の問題もあると思うけれども。ただ、劇場版とかで「焦っている」ときには、欲しい道具がなかなか出てこない。あれは、ベクトル空間上の、どこに何があるのか分からない、という話だと思います。ドラミちゃんに「お兄ちゃんは、整理整頓しないから」と言われたりしてますが、四次元空間で整理整頓できて、それを正確に把握できるのは、ドラミちゃんが尋常じゃない計算能力を持っているということだよなと思うわけですが。

―さらに話が脱線してきましたね。

田中:
ごめんなさい。ただ、まぁ、こういう感じで「多次元の脳内ベクトル空間」とか言い出すと、3次元世界の住人である僕たちには、難しすぎて、やはり「二次元平面」で考える方が良いよなーと思うので、もう少しシンプルに、1ディメンジョン(次元)=1平面として考えて、複数平面が組み合わさっている、と捉えるといいんじゃないか、と思っています。
「あるモノ」と別のモノは、特定の平面においては近い場所にあるが、別の平面においては遠い。そういう考え方です。複数の平面で、「あるモノ」と近いものを探していけば、いろんな視点で、それと近いものを探せるよな、と。
実際、僕の脳内を無理矢理に言語化すると、そういう感じで動いているように思います。いや、むしろ、そういう風に言語化したから、そういう風に捉え直している、というのが正しいのかもしれませんが。

―…もう、そろそろいいでしょうか?

田中:
まぁ、もうちょっと付き合ってよ。
他にも、過去のブログで、「脳内に複数人格を飼っておくと便利」という話をしました。

これを改めて読み返すと、つまり、僕はオーケストレーターとして機能していて、脳内に複数エージェントを飼っているのではないか・・・という風に捉えることができます。
実際に、エージェント同士の議論とかをさせてるよなぁ・・・と思うわけですね。
こんな風に、自分自身のことを捉えるようになったのは、生成AIという存在がでてきたからなんじゃないか、と思うんですよね。

―ありがとうございました。ではそろそろ、締めてしまってください。

田中:
…長く語りすぎましたね。
僕たちは、Data-Informedという考え方を提唱していて、そこに内包されるAI-Informedという考え方も提唱しています。DataあるいはAIによって人の思考が拡張される、ということですね。
ただ、それに加えて、AIという写し身を得たことで、自分自身の理解が進むという観点もあると思うんですよ。それはそれで、自己理解による思考の拡張だと思っています。

tagahikoGPTは、僕の人格のごく一部分の模倣なわけですが、それでも、自分を見つめ直す良いきっかけになりました。また、それを業務に組み込むことで、僕のレビュー工数が減るという効果も産みましたし、社内の若手にとっては「僕に怒られることなく」似たようなレビュー結果が得られて幸福度が増す…あるいは幸福度を減らさずに済んでいると思います。
どちらが副産物なのかは、もはやよく分かりませんが、こういう形で生成AIと向き合うことは、僕たちがもう一段進化することにつながると思うんですよね。

今後も、AIはどんどん進化していくと思うので、それとうまく付き合いながら、人が人らしくあるために、そして、より付加価値の高い行動をするために、我々自身も進化を志していければよいなと思います。
長々とお付き合いいただいてありがとうございました。

―ありがとうございました。


※記載内容は2026年4月時点のものです。

  • f
  • t
  • p
  • h
  • l