ソーシャル分析をカード利用増につなげる施策 マスターカードが7月から、国内でも開始(日経デジタルマーケティング8月号)

AUTHOR :   ギックス

マーケティング施策は”誰をどう動かしたいのか”で考える

日経デジタルマーケティング8月号p17に掲載された記事『ソーシャル分析をカード利用増につなげる施策 マスターカードが7月から、国内でも開始』について考察します。

記事概要

マスターカードは7月9日から「MasterCard」ブランドのクレジットカード会員を対象とする「Priceless Japan」(プライスレスジャパン)というマーケティング施策を開始した。

具体的な施策内容は次のように書かれています。

2014年9月に自社開発したデータ分析ツール「Digital & Social Business Engine」を活用。ネット上の行動データから沖縄旅行を検討しているであろう人が含まれるセグメントを設定。「今、マスタカードで決済すると、沖縄の○○ホテルのスイートルームが特別価格」といったオファーを、DSP(デマンド・サイド・プラットフォーム)経由のディスプレイ広告やメールなどで訴求する。

Priceless Japanのサイトを覗いてみますと、ホテル、レストランなど提携先の利用を促すオファーが並んでいます。分析ツール「Digital & Social Business Engine」を使用して各オファーに興味のありそうなセグメント(性別、年代、居住地など?)をソーシャル分析の結果から設定して、当該セグメントに対してディスプレイ広告やメルマガによってオファーを送るという施策だと考えられます。

マスターカードのマーケットをカード利用頻度でセグメント分け

マスターカードは「ソーシャル分析の結果からセグメント分けする」と記載していますが、ここでいうセグメント分けとはデモグラフィック属性によるセグメント分けのことでしょう。しかし、セグメント分けはデモグラフィック属性以外でもできます。ここでは、自社ブランド(マスターカード)の利用頻度でのセグメント分けについて考えてみます。

  1. 利用頻度0:マスターカード非保有
  2. 利用頻度低:マスターカードを保有しているが、現金や他ブランドのクレジットカードでの決済が中心
  3. 利用頻度高:マスターカードを保有し、マスターカードでの決済が中心

マーケティング施策は、ターゲットとする顧客の利用頻度によってどう動かしたいかが変わってくるはずです。例えば、利用頻度0(マスターカード非保有)の場合はまずカードを持ってもらわないといけません。では、マスターカードは「Priceless Japan」によって”誰をどう動かしたい”のでしょうか。

「Priceless Japan」で誰をどう動かしたいのか?

記事中には、

すでに海外では「Priceless Cities」の名称で、「世界35カ国で同様の施策を実施。カード利用回数や金額が大きく伸びた実績がある」(マスターカード・シニア・ヴァイス・プレジデント・アジア/太平洋地域マーケティンググループのサム・アハメド氏)ことから、日本でも展開する。

と記載されています。「利用回数や金額が大きく伸びた」が、キャンペーン分のみの利用額増を示しているのかもしれませんが、「Priceless Cities」を利用することよってマスターカード(あるいはMasterCardブランドのクレジットカード)へのロイヤリティーが高まり、カードの日常使いが促進されたという可能性も十分考えられます。マスターカードが考える「Priceless Japan」で”誰をどう動かすか”は、”「利用頻度低」セグメントを利用促進させる”でしょう。

ただ、「Priceless Japan」のターゲットは「利用頻度低」セグメントだけではないようです。

ディスプレイ広告などで訴求すると、マスターカードを持っていない人が目にする可能性もある。その場合はキャンペーンのランディングページ(LP)で、新たにMasterCardブランドのクレジットカードを作成するように促す

という記載があり、マスターカード非保有層も意識していることが窺えます。しかし、即時の新規クレジットカード作成を促すような大きなインパクトは当該施策には無いはずで、「次にクレジットカードを作る際までPriceless Japanを覚えていてもらえれば、MaterCardブランドを選んでもらえるかもしれない」程度の効果しか見込めないのでないでしょうか。”マスターカード非保有層にマスターカードを持ってもらう”は、あくまで施策の副次的な目的でしょう。

「利用頻度高」セグメントにおける「Priceless Japan」の位置付けは”優良顧客の送客”?

次に、「利用頻度高」セグメントにおける「Priceless Japan」施策の位置付けについて考えてみます。

「利用頻度高」セグメントは、マスターカードをすでにメインカードとして利用している層なので、「Priceless Japan」施策に反応しやすい層であると言えます。しかしながら、すでに十分な利用額があるがゆえに、当該キャンペーンによる利用促進効果は薄いと考えます。支出を可能な限りマスターカードで支払っている会員の場合、当該キャンペーンで使われたお金は別の機会でマスターカードによって利用されていた可能性が高いです。「Priceless Japan」を利用したからといって、会員の収入が増えなければカード利用が増えることもないでしょう。

では、「利用頻度高」セグメントの「Priceless Japan」利用はマスターカードにとってメリットが無いのでしょうか。

「利用頻度高」セグメントの「Priceless Japan」利用により、カード利用額は増えないかもしれませんが、施策の提携先であるホテルやレストランの売上増にはつながるでしょう。つまり、「Priceless Japan」によってマスターカードの優良顧客である「利用頻度高」セグメントを提携先に”送客”していることになります。

記事中に

本施策で提供するオファーは当面、「マスターカード側が企画し、特典に必要なコストも負担する」

と記載があることから、”送客”からの利益は現時点で無いのかもしれません。ただ、本来は優良顧客の提携店への”送客”には価値があるはずで、マスターカード側が提携店から”送客”に対して”紹介料”を取ってもいいはずです。

この施策の認知が上がってきた段階では、マスターカードブランドのカードを発行する銀行やカード会社などのイシュアー、そしてホテルや百貨店、小売店といった加盟店からも企画を募り、オファーの種類や特典の利用者を増やし、カード利用金額のさらなる拡大につなげていく

と記事は締めくくられており、今後も”「利用頻度低」セグメントを利用促進させる”が施策の目的であるようですが、「利用頻度高」セグメントが「Priceless Japan」に反応しやすい層であることを考えると、”「利用頻度高」セグメントを提携先に送客する”が「Priceless Japan」施策の真の目的になるかもしれません。


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山田 洋(やまだ ひろし)

有機化学の分野で博士(理学)を取得。企業での研究職を経て現職。道具はフラスコから分析ツールに、分析対象は有機化合物からビジネスデータに変わっても、仮説検証のプロセスは同じ。化学分野での経験を応用させて、現職では Business Analyticsチームのリーダーを務める。興味のある分析ツールはTableau。ちなみに好きな元素は「ケイ素(シリコン)」。

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