リンナイの「顧客生涯価値の向上」(販促会議 2014/3月号)/ニュースななめ斬り by ギックス

AUTHOR :  田中 耕比古

B2B2C と B2C の組み合わせ

記事概要

「老舗ものづくり企業の挑戦:全体の20%を売る直販サイトで顧客生涯価値の向上を目指す -リンナイ-」(販促会議 2014年3月号)

給湯器などの製造・販売で知られるリンナイが、流通業向けだけでなく、消費者への直販サイト「リンナイスタイル」を拡充している。2006年の開設以来、会員数は10万人を突破し、2013年の消耗部品販売のEC化率は20%を超える。この直販サイトを顧客接点として活用し「10年後の買い替え」需要をダイレクトに取り込むことをめざし、流通向けの営業部門と、直販を行うEC部門が連携し、優良顧客の会員登録の推進に成功を収めた。また、この取り組みの結果として単一商品(ガスコンロ「デリシア」)のユーザー登録が8000人と多数になったことにより、購買行動分析のみならず”価値観分析”に着手することができたため、ユーザーの価値観に基づくマーケティング施策が打てるようになった。

戦略上の「目の付け所」

リンナイのような「メーカー」は、記事中にあるように「流通」を経由した販売が主力となります。(「流通」と言うと、卸、小売り(家電量販店なども含む)を想像されるかもしれませんが、それだけではなく、取付け業者やリフォーム業者なども「流通」に含まれるでしょう。)このように、消費者に販売するにあたって、中間に別の事業者が挟まる商流形態は、一般にB2B2Cと呼ばれます。(直接、消費者にアプローチするのは、ご存知の通りB2Cと呼ばれます。)

世の中の大半の「メーカー」の商流はB2B2Cになっています。電機メーカーの場合も「家電量販店=小売り」が間に入りますね。(あるいは、Amazonなどもそうですね。)自動車も、ディーラーが間に入りますね。

その上で、「直販に力を入れる」ということは、「流通にそっぽを向かれる」というリスクを常にはらみます。記事中に

「一般的に、営業部門と直販部門は折り合いが難しいと言われますが、今回は短期的な売り上げと、優良顧客の会員登録という二つの目的を同時に達成することができ、営業部門からも好評でした。」

とあるのは、そのリスクに対する話でしょう。

今回のリンナイの取組みで着目すべきは、「B2B2Cがビジネスの根幹」であるなかで「B2Cコミュニケーションに舵を切り、顧客情報を自前で集めることを実現した」ということに尽きます。(これは、口で言うほど簡単ではないと思います)

流通との関係性

販促会議の記事からだけでは読み解けませんでしたが、テクマトリックス株式会社のwebサイトの「導入事例」に、リンナイスタイルに関する記載がありましたので、引用します。元記事はコチラ

同社は2006 年からe ビジネス事業を立ち上げ、ダイレクト販売のWeb サイト「R.STYLE(リンナイスタイル)」(http://www.rinnai-style.jp )を同年10 月に開設した。 ここで取り扱っているのは同社製品の交換部品全般と関連するお手入れグッズ・料理グッズ。アイテム数は4900 以上におよぶ。製品(機器)の販売チャネルはあくまで流通業者を経由した間接販売がメインだが、交換部品や消耗品については基本的に流通業者で在庫は持たず、その都度メーカーに問い合わせて調達しているので、顧客(エンドユーザー)の手元に届くまでに4日ほどかかる。これに対してネットでは最速で翌日に届けることが可能になり、顧客にとって利便性が高く、また流通業者としてもアフターフォローの効率化が図れることから、3 者(顧客・流通業者・リンナイ)共にメリットのあるツールになっているようだ。

テクマトリックス株式会社 webサイトより

実際にサイトに行ってみると、上記引用の通り「完成品」の販売ではなく、「消耗品」「交換部品」の販売サイトでした。で、あるが故に、流通業者の反発が少なかったのだろうと想像できます。(また、流通在庫が無いビジネスモデルで、納期が4日というのは、商品の特性上、顧客にとって望ましくないのは明らかです)

また、完成品の場合は取付け作業が発生することを考えれば、簡単に「流通を”中抜きする”」ということは、起こりえない業界構造でしょうから、流通とガチンコ勝負を避けたのは当然の判断と言えるでしょう。(しかし、例えガチンコ勝負をしていない 且つ 上記引用にあるようなwin-winの関係が見込めるとしても、通常ならば、流通向け営業部門は良い顔はしなかったでしょうから、今回の取組みは括目に値すると思います。)

データは何を語るのか

記事によると、「クラウドサービスや購入者アンケートに基づく分析」の結果、デリシア(ガスコンロ)の所有者は『丁寧に暮らしたい』『ホームパーティーが好き』『専門的な内容に詳しくないのでブランドを重視する』といった傾向があることがわかったとのことです。

ここでいうクラウドサービスとは(またもや、記事からだけでは読み解けませんが)、ITproのこの記事(2011年)にある「クラウドサービス」を指すのではないかと推察します。

リンナイは「購入頻度」や「製品評価レビューの記述内容」といったネット上の行動が似た顧客データを保有する2社から、行動情報を取得。代わりにリンナイも、同社が運営する交換部品などの販売サイト「R.STYLE(リンナイ・スタイル)」の会員の行動情報をこの2社に開放する。顧客の行動情報のやり取りには、シナジーマーケティング(大阪市)が提供するクラウドサービスを利用する。リンナイおよび行動情報を共有する2社はいずれも、シナジーマーケティングのクライアントである。

取得した行動情報とリンナイが持つ会員の行動情報を合わせて、あるセグメントの顧客層がどんなキーワードに反応しやすいかなどを分析する。この分析作業は、慶應義塾大学大学院経営管理研究科ビジネス・スクールの井上哲浩教授の協力を得て実施する。

ITpro 「事例データベース」(2011/1/20) より

複数の企業・チャネルでの購買行動などを重ねあわせることで、顧客の属性をクリアにしていくのは非常に示唆深い結果を生みそうです。

データの増加と化学反応

リンナイスタイルそれ自体では、「ある本体」の「消耗品・交換品」の購入履歴が蓄積されることになります。それだけでは、「商品別の消耗品・交換品の購買サイクル」を分析するに留まってしまうでしょう。(食器類の販売もしていますが、これらの周辺品をこのサイトで買うほどにロイヤリティが高いかどうかには疑問が残ります。)ですので、他社データと連結することによって、価値を高めていくのは賢明な判断だと言えるでしょう。

ITproの記事を読む限りでは「クラウドサービス」は、「個人の特定」ができないように思えます。従って、類似したセグメントを定義して、前述の『丁寧に暮らしたい』『ホームパーティーが好き』『専門的な内容に詳しくないのでブランドを重視する』といった傾向を見定めたのだろうと推察します。

しかし、もし、「個人」を特定することができ、”他の2社”の情報と「個人単位」で紐付けることができるならば、データ分析の可能性はさらに広がります。

例えば、ガスコンロの消耗品の購入サイクルが短い人がいるとしましょう。その人を「セグメント」で括ってしまうと、『ホームパーティーが好き』なので人を頻繁に家に呼ぶ=見栄えを重視して”高頻度で”交換しているのだ、という事になるかもしれません。しかし、「個人」で紐付けることができると、実は「賃貸収入で稼いでいる人」であることがわかるかもしれません。(不動産を複数持っている、などの情報がとれれば類推できます。)この2者では、個人の属性は大きく違うでしょうし、マーケティングの施策も大きく変わってしまいます。

ただし、消耗品購入サイクルが短い人が500人いて、賃貸物件にそれを設置している人はたったの5人かもしれません。ですから「セグメント」分析では『ホームパーティー好き』で分析するのが正しいのですが、他社データとコネクトするのであれば、「個」の単位での分析まで踏み込んで、”5人”へのスペシャルレコメンドも検討したくなりませんか?(もちろん、本当にシステムでレコメンドエンジンを実装するかどうかは、Quick&Small なパイロットでRoIを見て判断すべきですが)

データの使い方

リンナイスタイルでは、キッチン周りの商品(調理器具、食器、カトラリー、洗剤等)も販売していますので、登録者の属性に合わせてそれらの品ぞろえを変えたり、リコメンドの内容をアジャストしていくことが考えられます。しかし、それだけでは記事タイトルにある「LTV(Life Time Value)=顧客生涯価値」の向上とは言い難いでしょう。

では、視点を変えて”リンナイの主戦場”はどこかなのかを考えてみましょう。2013年3月期の決算情報によると、売上の50%は給湯機器、30%を厨房機器(キッチン)が占めています。(ちなみに、国別でみると、日本国内が70%超となっています。)しかし、設置・取付が必要な「本体」は、おそらく流通経由での販売が主であり、リンナイスタイルでの「販売」には適しません。リンナイスタイルの”リンナイの主戦場”における戦い方は「提案」「仲介」になると考えられます。

「提案」は、前述した顧客の嗜好をベースに「次にどの(自社)商品を買うべきか」という提案になります。とはいえ、10年以上の長期使用が前提になる商品ですので、提案機会はなかなかありません。そこで、「消耗品・交換品を”便利に”買えるサイトをOpen(必然性のあるサービス)」⇒「登録により『設置された本体の種類・購入時期』を把握する(データの蓄積)」⇒「消耗品・交換品を継続的に提案し続ける(関係構築)」⇒「10年後に取りこぼしなくレコメンド(刈取り)」というサイクルを構築しようとしているのが、まさにビジネスの肝だといえるでしょう。(なお、この際の”販売”は設置・取付が可能な流通にお願いする、という従来型の商流になるように思います。)

一方、「仲介」は、自社の肝となる商品の「高価格の周辺商品」を仲介販売することを想定します。(既に販売されている調理器具等では単価が低く利益率が限られる。)これも「必然性」が求められますので、リンナイが売って違和感の無い商品に絞り込む必要があります。ありがちですが、キッチンのリフォームなどは相性が良いでしょうし、火災保険や消火器、ガス警報器なども(表現方法は難しそうですが)提案余地があるかもしれません。

※冷蔵庫や電子レンジなども提案余地はあるでしょうが、家電量販店の仲介をしても薄利多売の戦いになりそうですし、チャネルとしての差別化も難しいため、あまりお勧めできないように思います。

B2B2CとB2Cの ×:対立・選択 〇:役割分担・融合

以上のように、当記事から読み解ける範囲では、リンナイは、B2B2CビジネスとB2Cビジネスの役割分担・融合に取り組んでいるものと思われます。この問題は、非常に難しく、またセンシティブなものですので、エルメスなどのファッション系の高級ブランド、Appleやフェラーリのような一部の成功例はあるものの、多くのメーカー企業が頭を悩ませているはずです。

例えば、家電メーカーやPCメーカーも、直販サイトで売るのか、家電量販店で売るのか、Amazonで売るのか、また、その際の価格をどう設定すればいいのかに思い悩み、「独自モデル」「チャネル限定モデル」をつくることで価格の横比較ができないようにするなどの工夫を凝らしているものの、昨今の消費者の目は厳しく一筋縄ではいきません。

既存の流通網とのコンフリクトを最小限に抑えつつ、B2Cチャネルでの”消耗品販売”を切り口にして「顧客接点」を構築していくリンナイの取組みは、今後どのように実を結ぶのでしょうか。

 

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