あなたの求める”生産性”ってなんですか?:KDDI、退社後11時間は「出社NO」全社員1.4万人対象(日経新聞)|ニュースななめ斬りbyギックス

AUTHOR :  田中 耕比古

働き方は、”誰か”に決めてもらうものでは無い

本日は、KDDI社の、退社後11時間の出社を控えるように、というガイドラインに関するニュースを題材に、「労働生産性の考え方」と「ワークライフバランスのあり方」について考察します。

記事概要

まずは、日経新聞の記事から一部抜粋してご紹介します。

KDDIは全社員1万4千人を対象に、退社してから出社するまで11時間以上あけることを促す人事制度を始めた。11時間未満が月に11日以上となった社員には勤務状況の改善を指導し、残業が目立つ部署には是正が勧告される。残業時間総量の削減だけでなく、1日のうち一定時間、休むことを重視する。

(中略)

社員の健康や安全を管理するため、仕事と仕事の間隔を11時間以上あけることを求めたガイドラインを今月から導入した。さらに、管理職ではない社員約1万人については「勤務間インターバル」を就業規則に追加し、休息を8時間以上とすることを義務付けた。

(後略)

出所:日経新聞

つまり、22時に仕事を終えたら、翌日は33時=9時までは出社してはいけない、ということですね。また、管理職でない社員は8時間のインターバルが必須ということなので、24時終業なら8時までは出社不可、というルールですね。

生産性とは何か?

このルールは、「働き過ぎの抑制」「社員の業務効率の向上」を狙いとして制定されています。また、さらに、「経済協力開発機構(OECD)加盟34カ国で、2013年の日本の1時間当たり労働生産性は20位。残業をいとわない従来の働き方は生産性の低下につながっていた。」とも述べられます。

つまり、労働生産性=労働の成果÷労働時間 という数式があり、分母である労働時間を減らせば、労働生産性が上がる、という理論なわけですね。

でも、ちょっと待ってください。生産性って、そもそも、そういうものでしたっけ?

RoIの議論でも同じ誤解がある

これは「効率」というものを論じる際に良くあることなのですが、人は、「効率が悪いことはやらないほうがいい」という前提を”絶対的なモノ”として置いてしまいがちです。しかし、その前提は、他に代替可能なリソースの投下先がある場合に限られるのです。よく言われる「RoI(Return on Investment=投資対効果)」というもので考えてみましょう。

効率が良い施策に全額投下して、”同じ効率”が得られるか?

例えば、TV-CMのRoIが10だとします。(今回は、とてもシンプルに理解するために、1億円のCMで10億円の利益が出た、という効果測定がされているとしておきます。)一方、web広告に100万円投下したら2億円の利益を生みました。これはweb広告のRoIは200だ、と言えます。しかし、この1億100万円を、全額web広告に投下した場合、果たして、このRoI=200が得られ、202億円の利益を得られるのか?というと、実際のところはわかりません。また、反対に、今回TV-CM+web広告で得られた12億円を、web広告だけで得ようとしたときの投資額が600万円(=12億÷200)だけで足りるのか?というのもよくわかりません(まぁ、普通に考えれば届かないのですが、それはまた別のお話)。つまり「効率」というのは、あくまでも、一定の条件下で図った指標に過ぎないのです。

効率の悪い施策は「やらないほうがいい」のか?

別の例でも考えてみましょう。あなたはレストランを経営していて、マーケティングに投下できるお金が20万円あるとします。経営はそこそこ順調ですが、週の前半の来店者が少なく、それを改善するのに先ほどの20万円を使いたいと考えています。経営者仲間に話を聞いてみると、同様の状況で過去に効果のあった打ち手は「曜日限定クーポンをスマホ向けに配信するサービスを使った」「近隣のオフィスにチラシを配った」「バイトを雇って店の前で呼び込みをした」という3つでした。さらに詳しく聞くと、そのRoIはそれぞれ「10」「5」「2」でしたので、20万円を全額”曜日限定クーポン配信”に突っ込もうと思うのは自然なことです。ただ、詳しく話を聞くと、そのサービスの最低費用が50万円からで、最低3ヶ月以上の実施が条件でした。Total 150万円は、正直厳しいなと思ったあなたは、全額をチラシ作成とチラシ配布に投下することにしました。はい、STOP!この判断はRoIの議論としては正解です。20万円の投下先としては、それで問題ありません。しかし、何か忘れてませんか。そうです「バイトを雇って店の前で呼び込みをした」というのは、相対的に効率が良くない打ち手ではありますが、一定の効果はあったわけですね。で、あれば、月曜・火曜の暇な時間は、自分なり店内オペレーションをしているアルバイトが、手が空いた時間にちょっと声掛けしてみれば良いでしょう。そうすると、キャッシュアウトはないまま、リターンが得られる可能性があります。つまり、ここでの正解は、「近隣のオフィスへのチラシ配りに20万円」+「店の前の呼び込みに空いた人員を充てる」という組み合わせになります。

効率だけが、唯一絶対無二の指標なのか?

さらに別の例です。次の週末、仕事の予定がなくなったあなたは、彼女と旅行に行こうと思います。世の中の調査では、週末の旅行による彼女の満足度は(投下した費用1万円に対して)「沖縄:30」「箱根(強羅):25」「京都:20」でした。さて、あなたはどこに行きますか?もちろん、沖縄!と言いたいところですよね。はい、STOP。投下費用1万円当たりの満足度ですので、15万円の旅費で満足度が450の沖縄と、5万円で満足度が125の箱根、8万円で満足度が160の京都、みたいな感じになりそうです。つまり、

  • 満足効率:沖縄(30)>箱根(25)>京都(20)
  • 満足度(絶対値):沖縄(450)>京都(160)>箱根(125)
  • 必要投資額(※昇順):箱根(5万円)<京都(8万円)<沖縄(15万円)

そうすると、「ふとした思いつきで15万円も払えるだろうか」という予算のお話が出てきて当然です。反対に、「満足度が450も得られるなら、沖縄一択」という考え方もありえますし、「絶対値での満足度で箱根を上回る京都に行こう」という人もいるでしょう。いずれにしても”効率”という軸だけで評価していいのか?ということです。

効果が「プラス」なら、やればいいんじゃないの?

先ほど挙げた3つの例のうち、最後の「旅行」について、「予算的に、効率があまりよくない箱根しか行けないから”旅行そのもの”をやめる」という判断をするのは正解でしょうか?

もし、あなたが「彼女に満足を与えたい」と思うなら、相対的に効率が悪くても、箱根旅行に行くべきだと僕は思いますよ。一定の制限の中で、できることをやるというベストエフォート方式は、なんら間違っていません。(尚、現実世界では、同じ5万円を使って、都内の高級レストランでご飯を食べる、とかそういう打ち手もあると思いますけどね。)

要は、「効果がプラスなら、効率が多少悪くても、やったらいいんじゃないですか?」ということです。

分母を減らして、分子を維持する???

「効率向上のために分母を減らす」ということは、以下のふたつのうち、どちらかを目指す、ということになります。

  • 分母を減らして、分子を維持する(100/100→100/80にすることで、1.0→1.25へ)
  • 分母を減らして、分子は分母ほど減らさない(100/100→90/80にすることで、1.0→1.125)

ただ、そんなに上手くいくのか?というのは、正直よくわかりませんね。普通に考えれば、100/100→80/80になり、生産性は1.0→1.0と横ばいになるか、ひどい場合は、100/100→75/80となって、1.0→0.9375となることもあり得るでしょう。

ちなみに、労働時間を増やしたらどうなるのでしょうか?現状の100/100が、100/120(0.83)になることもあるでしょうし、110/120(0.92)になることもあるでしょう。でも、90/120(0.75)になることは考えにくいです。まぁ、もしそうなったとすると、人月の神話的にいうところの「コミュニケーションが多くなりすぎて、非効率を生んでいる」というような状況でしょうね。(関連記事:人月の神話を読み解く|第8回) ただ、もしも、2番目のケースのように110/120になるのならば、生産性そのものは下がっても得られる効果が10増えるわけですから、会社経営にとっては良いことなのかもしれません。(※もちろん、人道的な範囲で、ですよ)

問題は、労働時間ではなく仕事のやり方ではないか?

本来的に考えて、労働時間とは「結果」です。理想論だと思いつつ敢えて主張させていただくと「労働時間を制限するのではなく、働き方を変える取組みを行うべき」です。働き方が変わった結果、労働時間が変化するのが望ましいのです。(場合によっては、労働時間が長くなるかもしれませんが・・・)

現場で起こっている非効率を洗い出し、それを無くしていく。いわゆるBPR(ビジネスプロセスリエンジニアリング)という奴です。人口に膾炙して、別の意味で理解されている「リストラ」も、本質的には同じことです。業務や組織のリストラクチャリングを「本気で」行えばいいんです。今回狙っている効果は、いわゆる「リストラ」が意味するところの人減らしではなく、一人当たり労働時間の削減ですが、要は”少ない労働時間で回る業務プロセスを作る”ということなので、手法としては同じです。(100人×100時間=1万時間を、80人×100時間=8千時間にする”人減らし”か、100人×80時間=8千時間にする”時短”かの違いです。)

今回のKDDI社の取り組みは、「業務を変更して、結果的に労働時間が短くなる」という王道を選ばずに、「とりあえず労働時間を制限して、出たとこ勝負で頑張る」という修羅の道を選んだなという感じです。(もちろん、諸事情あるのだろうとはお察ししますけども)

人に言われて働き、人に言われて休むのか

こういう労働時間の制限は、大企業では「NO残業デー」などの形でずっと行われてきました。ただ、その結果「自宅に持ち帰って仕事をする人が増えた」「NO残業の対象外となる管理職が代わりに働いている」「NO残業デー以外は、より一層遅くまで働く人が増えた」などの”しわ寄せ”が起こっていたのだと思います。今回のKDDIの取り組みからは、そういう”しわ寄せ”も無くしてしまおう!という熱い意欲が感じられます。

でも、これって、おかしな話ですよね。ルールに忠実な国民性は、僕自身、日本人として非常によくわかりますけど、そもそもの前提が「会社に働けと言われたから、働く」「会社に働くなと言われたから、働かない」ってなってませんかね?

もちろん、給料は労働の対価です。そして、会社の指示は(基本的に)絶対です。ですので、ルールには従うべきですし、やるべきことをやらないといけません。でも、やっぱり、なんかおかしいと思うんですよね。個人的な想像ですけど、みなさん「終身雇用の幻想」に囚われてたりしませんかね?

単一の企業文化の中で、サラリーマン人生を過ごすのであれば、そういう生き方もアリです。もちろん、いわゆる大企業は、そんなに簡単に潰れません。また”首切り”も、無いとは言いませんが、まぁ、可能性は高くはないです。でも「やりたくない領域の仕事をずっとやり続けることになる」とか「出世コースからは外れて、年下の部下に指示されてなんだか肩身が狭い」とか「地方支社の部長に赴任して、50代半ばから定年まで単身赴任」とかいうことは十分あり得ます。もちろん、それも人生なので悪いことではないと思いますが、キャリアって、そんなに他人任せでよいんでしたっけ?って僕は思うのです。

先日、関連記事でも書きましたが、キャリアとは、自分自身で作り上げるものです。そして、働き方は自分で決めるものです。

ワークライフバランスにも、いろいろある

近年、良く耳にする「ワークラフバランス」ですが、別に毎日18時に帰るのが、最適なワークライフバランスだとは限りません。

極論ですが、毎日18時に帰るが65歳まで働くワークライフバランスもあれば、大卒22歳から42歳まで死ぬ気で働いてアーリーリタイアするワークライフバランスもあるでしょう。これは「どのタイムスパンで考えるかの問題」です。どちらかが絶対的に良いとか、完全に間違っているとかいう話ではありません。(あるいは、どっちも間違ってるかもしれません)

worklifebalance

もちろん、残念なことに、世の中には選択の余地がない人もいらっしゃるでしょう。人にはいろんな事情があります。なので、他の会社を選ぶことができない人や、死ぬ気で働いたとしても給料は全然上がらないとかいうこともあるでしょう。そういう人にとっては、同じ会社で65歳まで働くことを前提にすれば、今回のKDDIの取り組みは、素晴らしい取り組みなのかもしれません。毎日AM3時まで働いていた人が、22時に帰れるようになれば、心身の健康のためにも、家族関係のためにも良さそうです。

でも、もし、あなたには「選択の余地がある」のだとしたら(その”余地”が、若さなのか、やる気なのか、人脈なのかはわかりませんが)、「本当に、人に働き方を決めてもらっていて良いのか?」と自問してみてください。

世の中は結構シンプルにできています。人が頑張っていないときに頑張ると”差”がつくようになってます。もし、KDDI社のように会社が早く帰らせてくれるなら、その時間を「何に使うか」が大事です。テレビを見てボーっと過ごすのはやめましょう。映画や美術館に行くのもアリです。インプットが増えます。彼女と話題のお店に行くのもアリです。インプットが増えますし、さらには人生の伴侶を得られるかもしれません。本を読むのも良いでしょう。ただ、できることなら日経ビジネスアソシエとか、自己啓発本じゃなくて、もっとガチの本を読んだほうが身になりますよ。良薬は口に苦いのです。そして、転職についても考えてみましょう。実際に転職するかどうかはどうでも良いのですが、転職に足る能力があるのか、今の給料と同じだけ転職市場でもらえるのかを知ることから始めましょう。

それらの活動を積極的に行った結果、もっと「長時間仕事にささげる」という選択肢にたどり着いた人は、会社に何を言われようと家でも仕事すればいいんです。その場合に得られるものは目先の残業代ではありません。仕事の経験を得ることでケイパビリティを獲得し、新たなあるいは大きな仕事のチャンスへの道を拓き、”将来のキャリア=将来のより大きな収入”の可能性を得るのです。(もちろん、上記検討の結果、そんなに沢山働く意義を見出せない人は、思いっきり休んだり、遊んだりするべきだと思います!)

会社の言いなりになるのではなく、自分自身が目指す道を明確にし、その道を共に歩める会社を選び、共に成長する。そんな風に働けるなら、労働時間というものの捉え方も、少し変わってくるんじゃないでしょうか。大切なのは、働くにせよ、休むにせよ、「誰かに決めてもらう」のではなく、「自分で決める」というスタンスだと思いますよ。

※尚、当然ですが、労働基準法や36協定を否定するつもりもなければ、ブラック企業を擁護する意図もありません。あしからず。

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