前編より続く
顧客にリアルタイムに“寄り添う”CU/ADSの仕組み
花谷:一般的に大手企業様では、上流側の基幹系システムはモノリスな仕組みをお持ちのケースが多く、本来はそちらもアダプタビリティを持つのが理想系ではあります。ただ我々の考える「Adaptable Data System:ADS(アッズ)」では、基幹システムに手を入れにくい場合でも、業務高度化につながりやすい領域から手を付けていくことも可能です。
JR西日本様の場合、上流の基幹システムも、下流側の分析システム・施策実行システムもアダプタブルにしていくというモダナイゼーションを取り組まれていますね。
※モノリスなシステム:複数の機能・構成要素を一体で構築している従来型システム

花谷:ICOCAポイント管理システムなどを介して基幹系システム内に蓄積されたデータを活用する分析・施策実行システムとしてリアルタイムリコメンド基盤を構築されていますが、これに着手した背景をお伺いできますか?

小山:例えば製造業さんですと1つの長いサプライチェーンが成立しています。一方で当社グループは鉄道、ホテル、ショッピングセンター、駅の物販飲食…など、バラエティは非常に豊富ではあるけれど、独立して成立していて1つのサプライチェーンで繋がっているものではありません。
そう考えると、それぞれの事業を横串でつなぐ重要な要素は、「ユーザーの移動軸」で接点が拾えるところ。例えば、ショッピングセンターで買い物をして、移動してホテルに泊まって、たまには旅行に行って、駅の中でお土産を買って。そういう移動の中で、「お客様に対して提供できる、こういう価値がありますよ」というお知らせができる、その時々でお客様が本当に望んでいることを読み取ることができるということです。
昨今はプロダクトアウトでの情報過多な垂れ流しが多く、お客様はやや食傷気味なのではないでしょうか。そうではなくて、本来は自ら望むものを、心地よく体験したいはずです。供給側の論理でアプローチするのではなく、ちゃんとデータから読み取ってリアルタイムに寄り添える。これがきわめて重要なアプローチです。

西日本旅客鉄道株式会社 デジタルソリューション本部 システムマネジメント部 担当部長 兼 WESTERモール推進室長 小山 秀一(おやま・しゅういち)氏 1996年JR西日本に入社。 駅員、乗務員、ダイヤ作成部門、営業部門を経て2001年10月に総合企画本部IT推進室に着任。 主に顧客向けシステム(ネット予約、会員管理、コールセンターシステム等)を担当。2021年4月より、DX組織において、JR西日本グループのデジタル戦略において必要なデータ利活用のための基盤整備、内製開発、モダナイゼーション、ネットワークインフラ刷新等を推進中。直近は新たな決済サービス「Wesmo!」の開発にも参画。 |
花谷:JR西日本様に導入いただいたような、顧客理解(Customer Understanding)を目的としたADS(Adaptable Data System)を、我々は「CU/ADS(クアッズ)」と名づけました。情報を垂れ流すのではなく、顧客の行動や状況をリアルタイムに把握し、その瞬間に最適な情報や提案を届けるリコメンドを行います。
“顧客にとって心地よいタイミングでオファーすること”を、「SMART CUE(スマートキュー)」と呼んでいます。

“お客様の気配”を捉える、体験設計の進化
小山:本当にそのキューが“スマート”だったか、お客様にとってこのリコメンドは良い体験として受け入れられたかどうかはコンバージョンで分かる。それを学習させてさらに精度を上げていくということですね。
花谷:マシンラーニングとかAIと言っても良いと思うんですが、「渡すべき情報を決める」×「情報の渡し方を決める」という部分の精度が上がってくると、まさにデジタル上の“おもてなし”になるんですよね。

株式会社ギックス 代表取締役COO/Data-Informed事業本部長 花谷 慎太郎 京都大学工学部卒業後、日本工営株式会社、IBM Business Consulting Services 社(現日本IBM株式会社)を経て、2012年、株式会社ギックス創業メンバーとして取締役に就任。2023年10月より株式会社ギックス代表取締役COOに就任。 |
小山:馴染みの店に行って、何も言わなくてもお気に入りの1杯目が出てくるみたいなイメージですね。もちろん気分が違うときは断って違うものを頼んでも当然良い。それは顧客中心設計であって、そう考えれば断るという選択肢もあってしかるべき。その選択肢を我々としてはさりげなく提示して、お客様になるべく意識せずに利用していただく。無意識のうちに心地よいサービスを受けているというのが一番の理想ですね。
CU/ADSが引き出す「おもてなし」の暗黙知
花谷:JR西日本様と開発した「CU/ADS」を運用してから2年弱になります。ありがたいことにビジネス部門であるマーケティング本部さんからもシステムに対するご要望をどんどんいただいて、「自分たちが使い倒すためのシステムだ」とまでおっしゃってくださっています。
従来のシステムでは、多様な要望を実現するのが難しかったと思うのですが、なぜ社内からこれだけ色々なご要望がいただけるようになったのか、その背景もお伺いしたいです。
小山:よく話しているのは、ここから先はAIだと。ではAIはどう成長するのかと言ったら、データの質と量。コンバージョンするところだけ分かってもダメです。例えば店の中で何を手に取って買うのをやめたのか、ECサイトでもカゴに入れる手前で繰り返し見ている商品があるならクーポン出すとか。
単に購買に対して決定したデータだけをもらってもダメで、そもそもこの人は一体どういう行動をしたのかという接点データを集めて、一生懸命分析を回して仮説やモデルを出して学んでいって…という。それを繰り返していかないと、立ち行かなくなるというのが一番ですかね。質と量を備えて、学習に足るデータを与えてくれるのが「CU/ADS」だろうと。
というのは、お客様もAIを駆使し始めるわけで、我々のレコメンデーションに対してお客様が“そうじゃない”となったらリジェクトされてしまいます。なので、お客様との接点についてとにかく早く着手して、データを集めて、学習していく、とやらないと、取り残されるという不安があります。
花谷:良い学習データを持っているところが最後は勝つ…それは十分予見できますよね。やはりそのためにはいろいろな施策を試して、顧客理解を深化させていくことが重要です。
小山:理想系はコンシェルジュ。スマホの操作ではなくウェアラブル端末に話しかけるだけで移動や行きつけのホテルの予約ができたり、ルートの提案までしてくれたり。そのお客様に合わせて“行きつけのお店”みたいな心地よいサービス、心地よいオファーができたら執事として完璧なんですけどね。お客様の要求レベルは上がっていく前提なので、お客様のアクションにつながる、反応が返ってくる施策を打ち続けないといけません。
花谷:そういう意味ではWESTERアプリのようなタッチポイントやインセンティブを使った施策ができると大きいですね。デジタルの“おもてなし”部分を充実させて、データを貯めて、顧客理解を深めて、より良い施策につなげていくというサイクルを増やすために、現状色々なご要望をいただいているということですね。
小山:昔の映像などで皆さんも御覧になったことがあるかもしれませんが、駅のキオスクの店員さんはお客様の行動を覚えていて、お客様が店頭に立った瞬時に欲しいタバコの銘柄とお釣りを出すという。それで何千何万というお客様の対応をしていたという…もう神業ですよね。
店員さんの暗黙知によって、従来は“おもてなし”を労働集約的に実現していたのですが、労働人口が確実に減少していく中でレガシーのような暗黙知を、無機質なデジタルサービスにならないカタチで、どのように仕組み化できるかですね。
花谷:デジタルは形式知的なものなんだけど、暗黙知的なあたたかさ、“おもてなし”的な部分をそこで実現するということですね。
小山:はい。なので、システムだけで100点を取れるとは思っていなくて、ベースはシステムでカバーしつつ、最終的には人がそこにさらなる価値を重層的に付加していく。途中まではシステムができるようになったかもしれませんが、そこにさらに人が加わることで今まで出来なかったことがもっと深みをもって可能になるんじゃないかと。
昔心地良かった“おもてなし”が無機質に変わるのではなく、リアルとデジタルの融合によってむしろもっと良くなる可能性もあると考えています。
システムが“現状維持をカバーしています”というだけでは、やはり物足りない。世の中が常に進化している以上、我々も変化を前提としたシステムを作っていくべきだと思います。
花谷:まさに、データインフォームドはリアルとデジタルの融合だと思うんです。結局我々が言っているのは、てKKD(経験・勘・度胸)という人の力と、データの力を融合して、データインフォームドを推進しましょうということだから、いまのお話も本当にその通りだなと。
小山:人が認知しているところで判断している割合なんてほんのわずか。KKDの部分はデータではなかなか分からないです。
なので通説では“人間はAIに取って代わられる”と言われていますが、一方で“そうじゃないだろう”と。それが“科学的なのか?”と問われたら違うという答えになるんでしょうが、そういった人間に備わっている潜在的な何かと、科学・データの力が掛け合わせることでこの社会をもっと進化させていけたらと考えています。
花谷:お客様への“おもてなし”をシステムの面からもご支援できるよう、今後も尽力していきます。本日はありがとうございました!