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「要望への対応」「承認欲求」「人口10倍の威力」中国向けサービス展開する、日本企業の盲点

AUTHOR :   ギックス

2023年8月、コロナ禍で制限されていた団体旅行が中国政府によって解禁されました。解禁時期を10月と仮定した調査によると、以降の回復率は2019年対比36%となり、他国・地域並みの水準へ上昇すると想定されています(※1)。

インバウンド需要の高まりを見据え、ギックスでは2023年5月に自社プロダクト「マイグル」の訪日外国人向けサービスの開発を発表したほか、9月には地域経済活性化プロジェクトチームを発足しました。

今回は、ギックスのプロフェッショナルネットワークの一員であり、当時リクルートで最年少マネージャーとして初の海外Webサービスの立ち上げを中国で手掛けた矢部 真史氏に、中国人向けサービスの開発における日本人の盲点について、地域経済活性化プロジェクトチームのディレクター加部東 (かぶと)大悟が聞きました。

※1 中国からの訪日客激減の背景と23年の見通し(みずほリサーチ&テクノロジーズ、2023/8/2)
参考記事:ギックス、Beyondge、ルイスマーケティングが業務提携 マイグルを活用した訪日外国人向けサービスの共同開発に着手(2023/5/8)

海外駐在をきっかけに、中国でビジネス、MBAを経験

加部東:地域経済活性化プロジェクトチームのディレクターに就任した加部東です。私自身、2011年から3年ほどシンガポールに住みながら中国の各地をビジネスでまわってきたのですが、「マイグル」の訪日外国人向けサービスの提供に向け、より多角的な視点から訪日観光ビジネスの可能性を深掘するため中国のビジネス市場に明るい矢部さんのお話を伺う機会を設けさせていただきました。まずは矢部さんのこれまでの中国との関わりについて教えていただけますか?

矢部:大学院を卒業してリクルートに入社し、、まずはHR領域でキャリアをスタートしました。海外に行きたい気持ちが強かったので、社内公募制度を利用して海外駐在ができる部署へ異動したのが入社3年目の頃です。

本音を言えばアメリカやヨーロッパが良かったのですが、当時は海外支社がなかったので、必然的に中国に行くことになりました。中国版ゼクシィやホットペッパーのWebサービス開発がミッションでしたね。

矢部 真史 氏
2005年東京大学大学院工学系研究科修士課程を修了後、株式会社リクルートに入社。 2007年に上海赴任後に現地でスタートアップ企業に取締役として参画し、営業とマーケティング活動を統括。その後、上海のビジネススクールChina Europe International Business SchoolにてMBAを取得し、帰国後にIBM、SRI International(スタンフォード研究所)を経て、2021年にビービットに参画。現在は自身で事業承継事業を行う傍ら、2023年よりギックスのプロフェッショナルネットワークとして従事。

加部東:中国にこだわっていたわけではなかったのですね。

矢部:はい。サービスを立ち上げて、拡大に向けて奔走したのですが、残念ながらサービス立ち上げが完了した段階で帰国命令が出てしまいました。日本に帰ってくればポジションがあったのですが、まだ中国にいたかったこともあり、取引先だった現地の広告とコンサルティングを提供するスタートアップ企業に取締役として参画することにしました。

スタートアップ在籍時には、支払サイトなど中国ならではの商慣習に直面し、ジェットコースターのような日々を過ごしました。

加部東:当時はそのような状況だったんですね。

矢部:資金回収は非常に骨が折れましたね(笑)。とはいえ中国という国が気に入っていたので、その後は上海のビジネススクールに入学し、MBAを取得しました。同期は140名程度で日本人は2名。大半が現地の方でしたが、今でも交流があり良い選択だったと思います。

リクルート時代、最年少マネージャーとして「全社初の海外Webサービス」拡大

加部東:リクルートでの駐在経験が中国との関わりの一歩目だったとのことですが、当時のスマートフォンやインターネットの浸透状況はいかがでしたか?

矢部:スマートフォンが浸透するのは2011年頃なので、中国に渡った2007年は、日本ではまだ紙媒体とパソコンでのインターネットでの情報収集が中心でした。ただ中国の事情は違っていて、情報はテレビか新聞といったマスメディアから得るのがメイン。新聞を販売する店舗はありましたが、雑誌やチラシなどの媒体は流通も整備されておらず、手に取れる場所も著しく少なかったです。そこから急速にインターネットが普及したので、現在も紙媒体が流通していないのは変わらないですね。高齢者も含め、情報はオンラインで取得するものとなっています。

加部東:確かに言われてみれば、私自身も中国を回っていた時に紙媒体に触れる機会は少なかったような気がします。盲点でした。

株式会社ギックス
地域経済活性化プロジェクトチーム ディレクター
加部東 大悟

2015年入社。2018年より社長室長兼内部監査室長、2021年より管理本部長として事業規模拡大と高生産性の維持を目的に経営基盤領域を強化し2022年の上場を牽引。2023年9月より現職。

矢部:というのも、実は中国の雑誌出版は規制産業のため、国全体で出版できる数に制限があります。日本ではゼクシィやホットペッパーは紙媒体で提供していましたが、中国では新たな雑誌を作るハードルが高いため、紙でのビジネス拡大を自由に行うのは難しい。そこでゼクシィやホットペッパーは早期にインターネットで提供していこうという決定が下され、そのタイミングで私が中国に入ることになりました。このようなタイミングでプロジェクトに参画したため、期せずして最年少マネージャーとして「リクルート初の海外Webサービス」に携わることになりました。

加部東:当時、ゼクシィやホットペッパー独自の施策などはあったのでしょうか?

矢部:一例としては、ホットペッパーのクーポンです。当時の日本では紙を切り取ってお店に持って行くと割引される仕組みでしたが、中国ではフリーペーパーという文化がない。そこで携帯電話にクーポンを送付するモデルを日本に先駆けて採用し、結果的に期待通りの確率で利用してもらえました。日本からはFAXで送付した方が良いのではなど、反対もあったのですが。(笑)

加部東:中国市場の実態を知らない日本の方からすると、適切な施策か判断がつかないでしょうね。

矢部:現地では筋が良い施策と思われたのか、2010年には中国最大級の口コミサイト「大衆点評(ダージョンディエンピン)」というサービスに実装されていました。当時はクーポンを発行する競合はなかったはずなので、我々の施策にインスパイアされた可能性はあります。「良いところを取り入れる」キャッチアップの早さは中国ビジネスの特徴でもあると思います。

画一的な「おもてなし」より要望への柔軟な対応が吉

加部東:これまでのご経験を踏まえて、日本のサービスを中国の方に提供していくにあたり、意識すべき点などはありますか?

矢部:日本企業が意識できていない、盲点ともいうべきことが、大きく3点あると考えています。1つめは「日本人とは求める体験が異なる」ことです。「お金の使い方」も日本人とは異なります。

例えば日本の富裕層は「プロが作った隙のないサービスをそのまま楽しむ」傾向がありますが、中国では「お金は払うから希望を聞いてほしい」というニーズが強い。日本の「おもてなし」は、ややもすると堅苦しく感じられてしまう可能性がありますね。

加部東:たしかに、日本人は「ここのお店はそういうサービスなんだ」と、観客のような楽しみ方をしているかもしれませんね。そもそも、お金を払って自分達の希望を聞いてもらうというような意識も薄いかもしれない。

矢部:日本ではルールに沿った行動が求められますからね。他にも、高級なレストランではコース料理の内容や流れが決まっていますが、中国の方では「さっきのメニューが美味しかったからもっと食べたい」と言う場合もあります。画一的でなく、柔軟な体験を提供する方が満足感を与えられるという点は、意識した方が良いかもしれません。

「友人に自慢できる」までが体験としてワンセット

加部東:2つめは、どのような点でしょうか?

矢部:行動原理が「承認欲求」に紐づくことです。例えば、どこかへ出かけた時に周囲の友人に「こんなことをした」と自慢することまでが中国の方にとっては「体験」だと考えた方が良いと思います。だから撮影NGの場所は好まれない傾向にありますし、目で見て楽しめる要素が含まれていると、より関心が高まるのではないでしょうか。

例えば日本の美術館などは撮影禁止の場合が多いですが、上海の美術館は目を引く外観にしていたり、ARを使った展示を行ったり、体験コーナーがあったりと、撮影スポットが満載です。これは後から友人にシェアすることを前提にしているからこそですね。

加部東:日本よりも、さらに「映え」要素が大事なんですね。

矢部:はい、SNSの素敵な写真を見て、「同じ写真を撮りたい」と旅行先を決めることもあります。他にも「限定」「まだ知られていない」といった「自分だけが体験できる」特別感を感じられることも重要です。自分の紹介だと10%引きにできるとか、普段入れないところに入れてもらえるとか、友人とのコミュニティの中で「すごい!」と思われるような、承認欲求が満たされる特別感のある体験を提供できると、ヒットしやすいように思います。

「人口10倍」の威力、「誰に届けたいか」絞ればオーバーツーリズムは回避できる

加部東:3つめについても教えていただけますか?

矢部:言われて見れば至極当たり前かもしれませんが「“人口10倍”を現実味を持って想像できていない」点です。単純に全てが日本の10倍の量で動くようなものです。受け皿も10倍必要になります。

加部東:確かに新幹線で考えると、10両程度から100両編成にしなければ移動ができませんね。

矢部:はい、実態に即して考えればわかりやすいのです。中国の長期休暇には、延べ人数で約8億人が移動すると言われていますが、日本に居ると想像できない数ですよね。そのため日本で中国の方にサービスを提供する時には、「ターゲットを本当に広げる必要があるのか」「集まった際のインフラが整っているのか」冷静に考える必要があります。

政府予測などはマクロで捉えれば良いですが、個別のビジネスにおいては「積み上げ式」で考えた方が良いと個人的に考えています。月に何人来て欲しいのか?売上をいくら作りたいのか?から逆算するアプローチです。マクロで捉えてしまうと、ターゲットでない方が来て満足いただけない可能性があるだけでなく、オーバーツーリズムになりかねません。人口の差分を本当の意味で理解できていれば、「ターゲットをもっと絞っていい」ことが理解できるはずです。

加部東:たしかに、30万円・50万円・100万円などの料金別にパッケージにして、それぞれ何組ずつ参加いただく、といった目標を作った方が、売上の実現性が高いだけでなく、観光にいらした方にも提供できることが増やせますね。

矢部:おっしゃる通り、2万円のプランで1万人を集めるより、20万円のプランを1000組に提供して、要望には可能な限り応える方が、正解に近いアプローチだと思います。

固有の魅力再編集で「人気観光地」になるポテンシャル

加部東:そもそものお話になりますが、日本旅行にどのようなことを求めているのでしょうか?

矢部:中国の方にとって日本旅行は、ヨーロッパなどへ行くよりも手軽なものと考えた方が良いでしょう。我々でいう「ちょっと温泉に行く」くらいの感覚ですね。

もちろん本場のラーメンや焼き鳥が食べたい、といったニーズはありますが、古来から残る歴史的なものや温泉、アニメなどのポップカルチャーの聖地巡礼といった様々な体験の中で、個々人がそれぞれ異なる興味を持っています。ただ、初めて来られる方はやはり京都を好む傾向にあるようです。それ以降どこに足を伸ばすかは、各々の興味関心によると言えます。

加部東:人口が多い分、趣味嗜好も多様ですよね。となると、二度目以降の旅行や、京都から移動した次の観光地に選んでもらうことが必要となりそうです。

矢部:それぞれの観光地がすでに持っている資産を、中国の方から見ていかに魅力的に編集できるかが試されることになるでしょうね。

例えば中国では「ドカ雪」が降る地帯ばかりなので、サラサラとした雪が積もる古民家も魅力的にうつります。なかなか見られない綺麗な海といった自然風景もいいと思います。歴史的なものにも関心が高いので、温泉地の成り立ちを紹介するとか、歴史に紐付けて忍者や侍のコスプレ体験ができるとか。これまでのお話で挙げたポイントをもとに考えれば、アイデアは見つかるはずです。その土地ならではの魅力と体験をうまく組み合わせて伝えて欲しいですね。

加部東:これまで中国の方が求めていることについてお話を伺いましたが、実際にサービスを提供する際に気になるのは「どこまで要望に答えるべきか」それを「どのように伝えれば良いのか」という点だと思います。日本の観光地やお店などはどのように対応すれば良いのでしょうか。

矢部:必ず目に入る箇所に、対応できないことは明示できると良いと思います。例えばプランの注意事項や中国語で対応できるWeChat窓口、FAQを準備しておくなどですね。そこでポイントなのが、適切な中国語を使用する、ということ。ここは中国語の監修をつけるなど、投資すべき箇所だと思います。

日本ではできること・できないことを曖昧にすることや、お客様と適切な間合いをとることがサービスとなりがちです。これはある意味お客様に忖度することを求めているとも取れます。ただ、中国の方は日本の慣習に関する知識があることは稀ですし、そもそも許容する寛容さがある文化の中で生活しています。要望が出てくることはわがままではなく文化の違いだということや、彼らが求めていることを理解すれば、「良いお客様」として良い関係を築いていける可能性を十分に秘めていると思います。

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