第6章:「イノベーションの罠」イノベーションは、勝手に起こらない|ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文/ギックスの本棚

AUTHOR :  田中 耕比古

イノベーションは勝手には起きない。本気で起こせ。

ハーバード・ビジネス・レビューBEST10論文―世界の経営者が愛読する

本日は、「イノベーションの罠(2006年発表)|ページ数:36p」をご紹介します。

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イノベーションの”罠”とは?

本論文の著者ロザベス・モス・カンター氏は、ハーバード・ビジネス・レビューの編集長を勤めたこともある、ハーバード・ビジネススクールの教授です。彼女は、この論文において「イノベーションを阻害する”ジレンマ”がある」と述べています。

いかに環境が変化し、イノベーションの種類が異なろうとも、これまでのイノベーション熱を振り返る限り、いつも同じジレンマに直面してきた。すなわち、目先の成功に欠かせない既存事業からの売上げと、将来の成功に欠かせない新コンセプトの開発を両立させるのは難しいということである。

(中略)

クレイトン・クリステンセンは『イノベーションのジレンマ』のなかで、既存顧客の意見に耳を傾けていると、かえってブレークスルー・イノベーションを阻害しかねないと指摘した。

そして、それだけ普遍的な課題が存在しているにも関わらず、経営者は同じ過ちを繰り返す、とも述べます。

これほど多くの研究や文献があるにもかかわらず、経営者たちは、かつてイノベーションを骨抜きにした弱気や無知のままである。「さらなるイノベーションを」と言い放った経営者がその舌の根も乾かぬうちに、「前例はあるのか」と尋ねてくる。また、新しいアイデアを探し求めていると言いながら、提案される新しいアイデアを一つの残らず却下してしまう。

その結果、(論文の冒頭に記述された)以下の状況に陥ることになります。

「これからはイノベーションである」などと華々しく打ち上げておきながら、その後の施策が凡庸なために、尻すぼみに終わるケースが余りに多い。その挙げ句、ひとたびコスト削減に傾くと、イノベーション・チームは人知れず解散となる。経営者が交代するたびに、新たなイノベーション志向が掲げられるが、やがてイノベーションの阻害要因という、古くて新しい難問に突き当たる。

4つの過ちと、その改善策

そんな状況になるのは、「戦略」「プロセス」「組織」「スキル」の4つの領域に潜む”過ち”に収斂されると筆者は説きます。この4つ、見覚えありません?そう、前回ご紹介したバランス・スコアカードでも似たようなのが出てきましたよね。第2世代、として論じられてた奴です。また、アクセンチュアのシックスバブルにも通じる思想だと思います。

さて、論文に戻りましょう。4つの過ちと、当該領域に関する改善策について「見出し」を引用します。

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戦略に関する過ちと改善策

まず、戦略に関しては「高すぎるハードル」「狭すぎる視野」の2つが過ちであると述べられます。これは、イノベーションのジレンマと同じ話と考えて良いでしょう。

まずは、高すぎるハードルの例。

一般的な大手消費財メーカーは長年にわたって、二年以内に数億規模の売上高に到達できないアイデアは却下し続けてきた。このような選別方式のせいで、既存路線と大差ない、およそイノベーティブとは言いがたいアイデアが優先され、昔ながらの市場調査や測定方法になじまないアイデアや、経験則から外れるアイデアへの投資は控えられてきた。

つづいて、狭すぎる視野の例。

九〇年代、クエーカー・オーツの経営陣は、製法の小手先の変更を加える事ばかり考えており、物流などの他分野に埋もれていた膨大なチャンスを見逃していた。たとえば、同社が買収した<スナップル>という飲料には、小規模ながら健康志向という人たちにアクセスできる可能性があったにもかかわらず、まったく利用されなかった。

いやはや。ありがちですね。他にも、繊維メーカーが、未知の新素材や画期的な製品イノベーションに拘っている間、30年以上も前から”現場”に眠っていたアイデアが、商品の品質向上に大きく寄与した例なども挙げられます。視野、重要。

これらの過ちに対抗する処方箋として、「イノベーションのピラミッド」を意識したイノベーション検討が挙げられます。要約します。

  • イノベーションのピラミッドは三層からなる。その、各層に影響を与える戦略を考えるべき
  • ピラミッドの最上層は、数件の大型イノベーション。その次は、中規模の有望アイデア群。最下層は生煮えのアイデア、漸新的イノベーションすなわちイノベーションの苗代。
  • 大型イノベーションによって小さな成功をけん引する(上から下)か、ちょっとした工夫・改良によって大きなイノベーションにつながる(下から上)か、のどちらも起こり得る
  • いずれにしても、核となるのは、全社参画の文化。専任チームが大型プロジェクトを推進し、臨時チームが中規模のアイデアの展開を図り、残りの社員全員から提案を募る、という流れが大切

全社で取組み、アイデアを収集し、ビジネス規模は”いきなりの大成功”だけに拘泥しないことが重要なわけですね。結果的に、大当たり、もある、という程度で考えるべきです。論文内では、こんな教訓が紹介されますが、まさに真理と言うべきでしょう。

より多くの成功を望むならば、より多くの失敗に身をさらす覚悟が必要

プロセスに関する過ちと改善策

つづいては、プロセスのお話です。既存事業と同じルールで管理しようとすることに「罠」が潜んでいると述べられます。

既存事業と同じ計画立案、予算編成、業績管理という厳しい管理を通じて、イノベーションを縛ろうとする。しかし、イノベーション・プロセスはそもそも不確実なものであり、脱線したり、後戻りしたりと、想定外の事態は避けがたい。

業績管理とその基準は、イノベーションにおける「危険地帯」の一つである。伝統的な企業の経営陣は、プロジェクト計画を立てるだけでは飽き足らず、その計画を遵守するよう、マネジャーたちに要求する。たいていの場合、約束をみごと果たした社員には報奨が与えられるが、その結果、他の社員たちは臨機応変な変更に消極的になってしまう。

こういう「既存の管理体制という束縛」は、企業体が大きくなればなるほど顕著にあらわれます。が、小さい組織でも、起こるときには起こります。そういうものなんです。

そのために挙げられる対応策は、以下です。

  • 通常の計画立案・予算編成プロセスとは切り分けた資金をプールしておく
  • さらに、社内要件の一部を免除する。例えば、追加資金の投入タイミングや、計画見直しのタイミングなどである

これって、書いてあるほど簡単なことじゃないと思うんですけど、でも、これが出来れば強いですね。特に、大手で資金力がある企業こそ、こういう思想が重要です。(株主に説明するためには、別会計の”ファンド”的な存在として立ち上げる必要がある気がしますが)

組織に関する過ちと改善策

お次は、組織に関するお話です。前述したプロセスに関する過ちを排除するためにも、この組織構造は非常に重要です。ここでの過ちは「弱すぎる連携」と「強すぎる組織の壁」の2つが挙げられます。って、まぁ、同じことを両面から語ってるだけで、要は同じことだと思うんですが。

縦割り組織の場合、イノベーションのチャンスがめぐってきても、これを逸しやすい。事業の姿を一変させてしまうイノベーションは、既存の販売チャネルをまたぐものや、さまざまな既存能力を新たな形で結合させたものが多い。

一つの組織に二種類の集団が生まれると、文化的衝突に発展してしまう。R&D部門だろうが、新規事業部門だろうが、イノベーションの推進責任者に任じられた社員たちは未来の創造者と見なされる。彼ら彼女らはルールやノルマに縛られることなく、ああでもないこうでもないとアイデアをもてあそんでいればよい。かたや、同僚たちは身を削る思いで、そして時にはもうすぐ時代遅れになるビジネスモデルを抱えた恐竜的存在と言われながら、これまでのルールを守り、ノルマを達成し、利益を上げることが求められる。

そりゃそうでしょうね。という感じです。収益を稼ぐために頑張ってる人と、その収益を浪費してる人たちがいて、後者の方がノビノビやってる、と見えると問題が起きるのは間違いありません。

これに対する改善策は、以下です。

  • 前述の通り、新規事業部門の管理は弱めるが、既存事業部門と新規事業部門の連携強化を推進する
  • 具体的には、イノベーションの推進責任者と事業部門長が、定期的且つ建設的に話し合うことが望ましい
  • さらに、新規事業のメンバーに、新規事業のためのブレークスルーも重要だが、既存部門への貢献責任も忘れるなと伝えておく

この改善策の目指すところは「横断的に、成果を求めるために動く文化の醸成」だと言えるでしょう。新規だけ勝てばよいわけではなく、(可能ならば)既存ビジネスもより一層の躍進を遂げることができれば、会社としては最高なのですから。

スキルに関する過ちと改善策

最後に、スキルについてのお話です。ここでの過ちは「弱すぎるリーダーシップ」と「つたないコミュニケーション」とされます。要は、イノベーションをだれに託すか、が非常に重要なわけです。

経営陣は、プロジェクト・リーダーに向いている人材ではなく、えてして、最高の技術者にイノベーションを任せてしまう。ところが、このような技術志向が強いマネジャーは、アイデアが何かの役に立つかどうかなど自明の理であると思い込み、外部とのコミュニケーションを怠りがちである。

また、チームの結束こそ、まだ生煮えのコンセプトを有用なイノベーションに進化させるうえで不可欠であるにもかかわらず、任務を優先するあまり、チーム内の結束を固めるチャンスを見逃してしまうこともある。対人関係力を無視して結成されたプロジェクト・チームでは、チーム全体の目標を設定することも、多彩なメンバーのさまざまな強みを活用することもままならない。また、このようなチームの場合、イノベーション活動にいそしむかたわら、まだ漠としており、文書化するのが難しい暗黙知を共有するためのコミュニケーションも容易ではない。

これは、なかなか深刻な問題です。プロジェクトを回すということは、特殊スキルなんですよね。自分たちがやりたいことが何なのか。それは、何のためなのか。ミッションを定義してチームのベクトルを揃え、そしてその意義をチームの外にも理解させる。非常に難しいことで、片手間でできることではないです。ええ、ほんとに。(しみじみ)

この状況を打破するための処方箋は、以下です。

  • プロジェクト・リーダーのスキル開発に注力する
  • イノベーションは、新しいスキルを作り上げることと、既存ビジネスとのパイプをつくることの両立が必要であり、リーダーにはその機能をチーム内に正しく配置できることを求める

まぁ、シンプルですが、正しいですよね。ただ、そういうスキルがあるひとは、既存ビジネスのプロジェクト・リーダーとして活躍しているわけなので、そのエースを引っこ抜いてこれるのか?ということが最大の難関なんじゃないかと思います。特命部門に、本当のエースを充てられるか、はイノベーションに対する経営の本気度を試す試金石になるでしょう。

あなたたち、本気で、イノベーションを目指してます?

本論文の末尾にある「イノベーションにまつわる教訓」は、非常に示唆深いです。ぶっちゃけ、これだけ読めば十分なんじゃないか、と思ったりもしますので、お時間のない方は、ここだけ読んでみてください。

ただ、いずれにしても、この論文を読んで問うべきは「はたして、私(あるいは、私の会社)は、本気でイノベーションを起こそうと思っているのだろうか?」に尽きます。

一言でいえば、イノベーションは、待っていたら勝手に起きるわけじゃないってことなんですよ。今回ご紹介した通り、本気でイノベーションを起こそうとすると、越えねばならぬハードルが、沢山あるわけです。しかも、それらは独立して一つ一つ飛び越えていけばよいわけではありません。複数のハードルが複雑に絡み合っています。

しかし、その一方で、本気で準備したら、イノベーションを起こせる、ということでもあります。(正確には、イノベーションを起こす可能性がゼロではなくなる、くらいが穏当なところでしょうけど。)「チャンスは、準備が整った者の前にしか巡ってこない」という名言がありますが、まさにその通り。イノベーションを阻むすべての障壁を排除した先に見える、微かな光を目指して全力で走り切るという”覚悟”があるかどうか、自問自答してみない限りは、軽々しく「イノベーション」なんて言葉を口にするべきではないのでしょうね。

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