第二十二戦:vs 柳生一門 (第10巻より):柳生の城に乗り込んでも、武蔵は武蔵である。|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

美学。それは生き方だ。

バガボンド(10)(モーニングKC)

この連載では、バガボンドの主人公 宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第22回の今回は、柳生一門の門弟との戦いです。

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柳生の城 前哨戦の始まり

前回ご紹介した芍薬のくだりで、柳生四高弟から”宴席”に招待された武蔵ですが、心の中では「どうやって戦いに持ち込むか」を考えています。芍薬の切り口に何を感じたのか教えてほしい、という柳生の高弟 庄田喜左衛門の問いに対して、こう切り返します。

悪いけど・・・ 俺には由緒正しき師などいない

山河を師とする野人 鬼の子 獣と呼ばれたりもした

だから これ以上説明する言葉は持たん

どうしても知りたいなら・・・ 太刀をとって 俺を試してもらうほかない

しかし、柳生側には争う意思はありません。どんなに言葉で調達しても、他流試合には持ち込めずに困り果てます。その頃、城内に忍び込んだ弟子の城太郎が、柳生家の飼い犬とタイマン勝負を行い、黒犬を撲殺します。(城太郎は、武蔵の手紙+芍薬を届けた際に、この黒犬に噛まれて怪我をしているので、その仕返し、というわけです。)

これを機に、城内は騒然とします。

「1対1」を邪魔するものは、許さない

城太郎は、犬にやられた仕返しを、正々堂々と1対1で行っただけだ、と主張します。しかし、城内の門弟たち(四高弟ではなく、門下生たち)は、狼藉ものとして殴り飛ばします。その現場に、四高弟とともに駆け付けた武蔵は助けようとしません。

門弟のひとりと木刀をもって向き合った城太郎は、一撃でその木刀を弾き飛ばされますが、ひるまずにとびかかり、首筋に噛みつきます。

それを見かねた別の門弟が、城太郎の背中を殴りつけたその瞬間、武蔵が介入します。

小童に大人一人では足りんとでもいうのか

そして、「弟子の罪は師の罪という言葉を知らんのか」と嘯き、門下生たちと向き合います。

剣において最強の柳生家 その御所罰とは いかなるものか見せてもらおう

これに対して、「傲岸な素浪人め」「屍となってここをでるのだ」などという言葉を掛けられますが、

ふふ そういう台詞は 他所と大してかわらんね

といなします。

こうして戦闘開始と相成ります。10名ほどの門下生に囲まれても、余裕の表情を浮かべた武蔵は、あっというまに2名ほどを打倒し「さぁ合戦だ」と息巻きます。

そこで、四高弟が割って入り、戦いは小休止となります。

品位とか、美学とかって買えないんだよね。

武蔵は「どうやったら、うまく挑発できるだろう」とか「どうやったら合戦に持ち込めるだろう」と考えていました。

しかし、だからといって、己の美学を貫くことは忘れませんでした。

四高弟の一人である村田のことを「ヌラ田」「フグ田」と呼んだりして挑発しますが、理由もなく、突然刀を抜くこともしません。四高弟の一人、木村に喇叭者(スパイ)と勘違いされた際でさえ「そうなら俺には好都合だ 抜けよ その刀を(心の声)」と、相手にキッカケをつくらせようとします。また、上述した、城太郎の件でも「一対一の戦い」には介入しませんでした。

「美学」は成長の証

武蔵が吉岡道場に乗り込んだときも、胤舜(もしくは胤栄)を倒すといきこんで宝蔵院に乗り込んだときも、相手は「道場破りウェルカム」という状態でした。従って、「戦いたいです」→「いいですよ、やりましょう」という当たり前の流れがあったわけですね。

しかし、柳生は他流試合を禁じています。城内に入りこめたのも「宴席」という言い訳があったためです。従って「戦いたい」→「いいですよ」とはならないわけです。とはいえ、城内に乗り込んだわけですから、とりあえず、刀を抜いて斬りかかってしまう、という手もあるはずです。しかし、それをしない。何故か・・・。

僕の想像にすぎませんが、武蔵は「正々堂々と戦いたい」のでしょう。彼は「人を殺したい」「人を傷つけたい」とは思っていません。このあたりは、吉岡の刺客 祇園藤次とは大きく異なります。(祇園は、宝蔵院に乗り込むと、真剣で僧兵の両腕を切り落としました。)武蔵は、あくまでも己の強さを知りたい、また、もっと強くなりたい、だけなのです。

その結果、己をより強く見せよう、とか、よりよく見せよう、とかいう虚栄心がなくなっています。胤舜との初戦のときの武蔵とは、まったくの別人です。

こういう心の在り方のことを、「美学」と呼ぶのだと僕は思います。美学がある人は、尊敬を勝ち得ます。

美学や品位は買えません。例えば、お金がない人が、大金を持つと「品が無い使い方」をする傾向にあります。あるいは、ビジネスにおいて美学の無い人が商売をすると、消費者との情報格差を利用して暴利をむさぼるような「美学のない儲け方」をする傾向にありますよね。美学や品位が無いと、店員さんに傍若無人なふるまいをしたり、取引先に過剰な接待を要求したり、パワハラ・セクハラを行ったりします。そういうビジネスマンにならないように「心の在り方」を鍛えたいものだなと思う今日この頃です。美学、大事ですよね。美学。

さて、今回は、あまり語るべきことのない一話でしたが、次回は、ついに柳生四高弟との戦いです。いろいろ書きたいことてんこ盛りです。どうぞお楽しみに。

 

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