2025年4月22日に当社が主催した「GiXoデータインフォームド・サミット2025」のパネルディスカッション「子育て支援スタンプラリーの成果と更なる他自治体への展開」のセッションレポートをお届けします。
登壇者紹介
三井不動産株式会社 イノベーション推進本部 柏の葉街づくり推進部 佐藤 好浩 氏 株式会社ギックス DI変革Div. 遠藤 朱寧 |
本レポートでは、パネルディスカッションの内容を一部抜粋してご紹介します。
※所属・役職は登壇当時のものです。
目次
スマートライフパスと子育て支援の連携
遠藤:
本日は「子育て支援スタンプラリーの成果と更なる他自治体への展開」と題しまして、三井不動産の佐藤様と株式会社ギックスの遠藤の2名でお話させていただきます。早速、佐藤さんのご経歴紹介からお願いいたします。
佐藤:
私は新卒で野村総合研究所に就職し、データ分析に7年ほど従事していました。その後三井不動産に中途入社し、DX本部で商業施設などのデータ基盤やデータ分析に3年間取り組みました。現在はスマートシティ領域を担当し、柏の葉街づくり推進部にてデータプラットフォーム事業に携わっており、今年で4年目を迎えようとしています。
振り返ると、自分自身はデータをもとに検討して行動する、ということが好きで、それがデータ活用を軸としたキャリアに繋がっていると感じます。そのなかで「街づくり」は一見データとはかけ離れた領域ではありますが、スマートシティのなかでいかにデータを活用していくかを検討しながら、データプラットフォームを運営しています。

三井不動産株式会社 イノベーション推進本部 柏の葉街づくり推進部 佐藤 好浩 氏 スマートシティポータルサイト「スマートライフパス」でサービス開発、マーケティングを担う。株式会社野村総合研究所でマーケティング領域のコンサルティングに従事、2018年に三井不動産DX本部中途入社、2021年から現職。 |
柏の葉では「スマートライフパス」という会員制のWebサイトを提供しています。登録無料でどなたでも利用可能です。対応しているスマートシティの在住者がマイナンバーカードなどを用いて住所認証を行うことで、その地域独自のサービスも利用できる、スマートシティの課題解決ポータルサイトです。
この取り組みは千葉県柏市にある柏の葉スマートシティから始まっており、このような活動を全国の自治体へ横展開しています。
横展開の一例として、神戸市では、指定のスポットを巡るデジタルスタンプラリーを開催しました。ギックスさんのキャンペーンプラットフォームMygru(マイグル)を活用し、市民の方に子育て支援施設を訪れていただくことを目的としています。また、企画の認知向上のため、インスタグラマーの方に動画でご紹介いただく施策も実施しました。
神戸市の子育て支援として、行政が発行する「のびのびパスポート」という制度があります。これは小中学生を対象として地下鉄の対象路線や公共施設の入場料が無料になるものです。このような神戸市の施策を周知するため、対象スポットへの訪問者にポイントを付与する仕組みをMygruで提供しました。
本セッションでは、こうしたMygruの活用事例や、その周辺サービスについてお話いたします。
遠藤:
ありがとうございます。続いて私の自己紹介もさせていただきます。
私は2016年にギックスに参画し、当初はデータアナリストとして、主にデータ分析プロジェクトに携わっていました。現在は企業様との共創事業や新規事業の構築に関わる取り組みに従事しています。

株式会社ギックス DI変革Division Camecon事業リーダー 遠藤 朱寧 デジタルマーケティング領域での豊富な実務経験を活かし、複数年に渡りディレクション業務を担当した後ギックスに入社。鉄道業・小売業を中心として、顧客マーケティングの高度化を主導。地域創生、活性化への貢献として複数の地域でのデジタルマーケティングの推進とデータ分析の活用方針デザインも行う。フォトコンテスト開催プラットフォームサービス『Camecon(カメコン)』の事業リーダーに抜擢され、同事業の成長責任を負う。 |
実は昨年のデータインフォームド・サミットで佐藤さんとお話したことをきっかけに、現在は柏の葉でのプロジェクトに参加しています。また、柏の葉エリアにおける公共空間の管理運営を担う一般社団法人UDCKタウンマネジメント(以下、UDCKTM)にも、在籍出向という形で携わっています。
また新潟県津南町様でのMygruやCameconを活用した取り組みも担当しており、昨年度は地域創生・活性化の文脈で様々なクライアント様の支援を行ってまいりました。
佐藤:
私は三井不動産から、遠藤さんはギックスから、それぞれUDCKTMに兼務出向しています。そのため本日は、UDCKTMの職員同士という立場からも、現場に近い経験談を交えながらお話ししていきます。

柏の葉エリアでの子育て施策、取り組みと課題
遠藤:
では、今回の取り組みの発端となった柏市のプロジェクトについて簡単にご紹介します。
柏の葉エリアは千葉県の北西部に位置し、最寄り駅はつくばエクスプレスの「柏の葉キャンパス駅」です。元々はゴルフ場があった土地でしたが、つくばエクスプレスの開通計画を機にゴルフ場を閉鎖し、新たに街づくりが進められたエリアです。柏市の中でも、柏の葉エリアを含む北部地域は2035年に向けて人口増加が見込まれており、住宅開発が進み、特に子育て世帯やファミリーが移り住み始めています。このような背景から、柏市・柏の葉エリアが子育て支援へ注力する理由についてイメージを持っていただきやすいのではないでしょうか。

柏の葉エリアでは、2023年12月に「子育て支援スタンプラリー」の第1回を実施し、以降も複数回開催してきました。
こちらは子育て世帯に向けた支援の周知や、パパ・ママ同士のコミュニティ形成を目的として企画し、ギックスが提供するキャンペーンプラットフォームMygruのスタンプラリー機能を活用して実施しています。
地域住民の立場から見ると、子どもの誕生という大きなきっかけがあって初めて子育て関連情報や行政サービスに興味関心を持つ、ということはよくあると思います。一方で行政側では「子育て支援施設やサービスを整備しているにも関わらず、その情報が子育て世帯にうまく届かないために、利用に結びついていない」という課題が発生しています。
こうした課題を解決するため、スタンプラリーでは、柏市が運営する子育て関連施設に訪問していただく仕掛けや、施設で出会った他の保護者とママ友・パパ友同士でのスタンプ交換の仕組みを整えました。
そもそも子育て支援施設の存在を認知していない方や、知っていてもきっかけがないと足を運びづらいといった心理的なハードルがある方もいると思います。そこで、スタンプラリーをきっかけにまずは施設に立ち寄っていただき、「いい施設だな」「子どもも遊べるな」という実感をもっていただければ、次の来訪やサービス利用にも自然と繋がっていきます。このスタンプラリーはそうした行動変容の後押しが実現できている施策だと考えています。
子育て施設の認知・利用率向上、Mygruによるスタンプラリーの成果
佐藤:
エリアとプロジェクトのご紹介、ありがとうございます。ここからはディスカッションに移ってまいります。
遠藤:
まず前提として、Mygruで行う「スタンプラリー」と、「子育て」というキーワードが結びつきにくい方も多いかと思います。そこで、今回の取り組みに至ったきっかけや背景について、改めてご紹介いただけますか?
佐藤:
発端となったのは、柏市が抱えていた課題でした。
皆さんは、多くの自治体で「園庭開放」や「体験保育」といった、保育園や幼稚園に入園していない乳幼児でも園を利用することができる、という子育て支援事業をしていることをご存じでしょうか。もし知っていたとしても、実際に利用したことがある方はほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
柏市では、園庭開放などを実施する保育施設の運営に対して一部市が負担しており、また、利用数を増やしていきたいという課題があります。柏市としてはもっと有効活用して欲しい、多くの子育て世帯に利用していただきたい、という課題がありました。そこで、Mygruを活用して、保育園に入る前の0〜2歳くらいの子どもを体験保育に連れていくきっかけを作ってみるのはどうだろうか?というアイデアが生まれ、子育て支援スタンプラリーの開催に繋がった、という経緯です。
遠藤:
こうした背景を踏まえて、幼稚園や保育園の園庭開放を利用するとスタンプがたまる企画を実施していきました。園の規模は大小様々ですが、特に小規模な園はそもそも立ち寄るきっかけが少なかったりします。実際には日々運営をしていく中でなかなか園庭開放や体験保育の広報活動まで手が回らない事情もあります。このスタンプラリー企画は、こうした課題に対して市内の保育園を知るきっかけを提供して選択肢を広げることを狙っています。
佐藤:
もちろん、スタンプラリーを実施してすぐに園の利用率があがったわけではありません。
企画の最初は「保育園に行くと100ポイントもらえます」「3ヶ所行くと200ポイントもらえます」という仕組みでしたが、参加者の皆さん、すぐには行かないですね。ただ、この最初の段階で「すぐには行かない」という実態がわかったことがとても大事だと考えています。
また、データを分析すると、商業施設「柏の葉T-SITE」でスタンプを獲得している人が非常に多いことがわかりました。その事実をもとに、「T-SITEに行った後に保育園に行くとボーナスポイントがもらえる」という施策も行いました。
さらに、スタンプラリーの中で、参加者同士が会員QRコードをお互いに読み取ることでポイントが付与される機能を、新たにMygruに実装してもらいました。これによりスタンプラリーの参加者を増やす取り組みも展開しました。
遠藤:
T-SITEでのスタンプが獲得されやすいことは、2回目のスタンプラリー施策を行った結果を分析したことからわかりましたので、3回目の開催時には保育園への送客に繋げられるような企画を検討し、実施できました。このように、Mygruで得られた結果を踏まえ次の企画を立てるということを、佐藤さんと共に繰り返してきましたね。
サービス利用率向上と沿線活性化、SNSを組み合わせた神戸市の取り組み
佐藤:
そのような経緯があって、ようやくサービスとして確立してきた柏市での取り組みを、神戸市へ横展開していきました。当初神戸市の方には「子育て支援」という切り口ではなく、「スマートシティ」という文脈からご提案をしました。
神戸市でも既にスマートシティの活動を進めており、柏市の事例を神戸市にも共有していきました。
そのお話を踏まえて神戸市側からは子育て支援の課題として、冒頭でお伝えした小中学生対象の「のびのびパスポート」利用率向上に関する課題を共有いただきました。また、パスポートには神戸市営地下鉄海岸線全線が無料になる、という特典もあるのですが、この地下鉄海岸線の沿線エリアを盛り上げていきたい、という課題感もお伺いすることができました。
地下鉄海岸線の駅を巡る鉄道スタンプラリーのような要素も入れ、幼稚園から小学生を対象とした子育て支援スタンプラリーをやってみましょう、ということになりました。結果的にはインフルエンサーの方にも取り上げていただけて、本当に良かったと思っています。
遠藤:
神戸市も子育て支援の課題にコミットする点は柏市と同様でしたが、課題の内容は少々異なり、神戸市は「のびのびパスポート」をもっと使ってほしい、沿線に立ち寄ってほしい、という課題でした。我々が柏市の事例をご紹介した際、神戸市の担当者の方からは「自分たちだったらこういうことを実施したい」「こういう施設を巻き込んで利用を伸ばしたい」といった形で、市の担当者の方が率先してアイデアを出していたことがとても印象的でした。
佐藤:
神戸市のご協力もあり、取り組みは無事スタートを切ることができました。しかし、現時点で神戸市の「スマートライフパス」会員数は1300人にとどまっています。遠藤さん、ここからどのように施策を重ねていくべきでしょうか?
遠藤:
はい。今回の施策では、インスタグラマーの方にご協力いただき、動画を視聴することで獲得できるスタンプも設定しました。実際に行われたスタンプラリーの結果を分析すると、動画が投稿されたタイミング以降にスタンプ獲得数が伸びていることが顕著に表れていました。さらに、動画視聴のスタンプ獲得にとどまらず、動画をきっかけに他のエリアや施設を訪れてくださった方が一定数存在することも見えてきました。
今後は、こうした行動に繋がる層をさらに厚くするために、例えば「身近で行きやすい施設」の提案や、その施設に行こうと思う後押しとなるわかりやすい情報提供が施策として考えられます。
佐藤:
「Instagramの視聴履歴を分析する観点」と「Mygru自体が独自にコンテンツを保有していく観点」という2つの軸があると感じますね。遠藤さんとはこのように議論しながら、サービス開発を一緒に行っています。
なお、これらスタンプラリー施策のサービス提供主体はギックスさんです。私たち三井不動産は委託者として関わっているわけではなく、ギックスさんが主催するスタンプラリーのサポートをしている形です。
スマートシティを推進する我々の思いとしては、これまでの取り組みを通じて開発した機能を、ギックスさんに様々なところへ展開していただきたいです。三井不動産の知的財産にしようなどとは考えておりません。例えば、Instagram連携による分析機能が他の企業さんとの取り組みでも価値を発揮しうるものであれば、我々のフィールドで実験し有効性を確かめて、ギックスさんのビジネスとして展開していただくことを期待しています。
こうした「主催者=事業主体」が誰なのか、という点は、今回のプロジェクトの特色だと思います。
新たなチャレンジ「復職支援」 子育てによるキャリア断絶への一手
遠藤:
現在は、子育て支援スタンプラリーから発展し、出産や育児で一度お仕事から離れられたのち、再度就業を希望するような方々に向けた「復職支援」などの新たな分野への展開も目指しています。こちらの取り組みについて佐藤さんからご紹介いただけますか?
佐藤:
はい。先ほども触れました通りこのスタンプラリーは、キャンペーンの企画から運営まで自分たちで主導して進めてきたのが実態です。ただ、ある時「この業務を私が続けていても、不動産会社にノウハウが蓄積されるばかりでもったいないのでは」と思いました。
そこで始めたのが、復職支援の取り組みです。スマートライフパス会員のなかから「こうした仕事にチャレンジしてみたい」という方を募集しました。出産や育児などで一度キャリアが断絶すると、4〜5年にわたって就業から離れる時期があります。そのキャリアの再開を、スマートシティというフィールドでチャレンジしてみませんか、という形です。
遠藤:
この復職支援の取り組みは開始からまだ日が浅いものの、一定の手ごたえを感じています。
本日のサミットで津南町様から「地域住民の方に施策へ協力いただくことで新たな視点が得られる」という主旨のお話がありましたが、この点は今回の柏市での取り組みにも共通しています。現在復職支援の取り組みに参画し、業務にチャレンジいただいている方は、スマートライフパスの会員様であり実際に柏市に住んでいらっしゃるため、サービス利用者と目線が非常に近い、ということが大きなメリットだと感じています。自分たちが参加したくなる企画はどのようなものだろうか、どういった説明をすれば参加しやすくなるだろうか、ということが考えやすいな、と。佐藤さんのお考えはいかがでしょうか?
佐藤:
そうですね。子育てを機に一度途絶えたキャリアを、新しい仕事に昇華させましょう、ということで、例えばGoogleアナリティクスの活用や、マーケティング理論を学びながらのターゲティング、バナー制作、広告運用効果測定、といった業務に、現役主婦の方2名に従事いただいています。次回の神戸でのスタンプラリーについての企画もしてもらっています。
遠藤:
キャンペーンの企画のディスカッションでも、「この内容では情報量が多すぎてユーザーさんが理解しにくいのではないでしょうか?」といった、利用者目線での意見をいただいています。我々の目線だけではなく、実際にサービスを利用する目線に近い方々がこの取り組みに関わっている意義はかなり大きいと感じています。
では最後に、この復職支援の取り組みも含めた今後の展望や目指すべきところを佐藤さんから教えていただけると嬉しいです。
佐藤:
復職支援の取り組みについては、最終的に再就職までを支援できる形へ発展させていきたいと考えています。こうした構想のもと、ギックスさんには人材紹介業の免許も取得いただきました。今後は両社が連携して人材紹介の領域まで取り組みを発展させ、その報酬としてギックスさんに収益が生まれるようなモデルを構築していきたいと考えています。
また、子育て支援スタンプラリーは、スマートライフパス会員獲得を目的としたキャンペーンでもありますので、広告宣伝費という形で一定のコストがかかります。そのなかで、復職支援や人材紹介業による再就職、人材のバリューアップ支援によって創出される経済的価値を、再びキャンペーンに還流していく、といったことも考えています。
遠藤:
社会的な課題に対して解決に向かうための支援を行いながら、その運営費用や活動コストを自らの取り組みの中でしっかり賄っていくサイクルですね。
子育て支援のような社会的課題は、そもそも活動のための原資を獲得することが難しい領域です。とはいえ、誰かが取り組まなければ、課題は課題のままで残り続けてしまいます。そういった現状に対して、今後も外部の力・内部の力を活用しながら、解決に向けて挑戦を続けてまいります。本日はありがとうございました。