ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君 (日経産業新聞 Editor’s Choice)/ニュースななめ斬りbyギックス

AUTHOR :  田中 耕比古

人間は「”問い”を考える葦」であるべきだ。

本日は、IBMの人工知能ワトソンが、三井住友銀行のコールセンター業務に導入される、という記事を取り上げます。

ちなみに、ワトソンってなんですか?という方には、「IBM奇跡の”ワトソン”プロジェクト 人工知能はクイズ王の夢を見る(早川書房)」がオススメです。(関連記事:ギックスの本棚/IBM奇跡の”ワトソン”プロジェクト

記事概要

日経電子版(有料記事)より、記事の冒頭部分を引用します。

ついに人工知能が銀行員に「内定」 IBMワトソン君

人の言葉を理解する米IBMの認知型コンピューター「ワトソン」。米国生まれで母国語は英語だが猛勉強によって日本語を習得し、三井住友銀行から「内定」を得た。クイズ番組に興じていたワトソン君が、年内にも銀行マンとして日本で働き始める。

■ビッグデータ分析などで質問の答えを導き出す

 「ATMの手数料を知りたいのですが」。銀行のコールセンターには日々、あいまいな質問が寄せられる。引き出しの手数料か振り込みのことか。キャッシュカードは自行と他行どちらのものか。あるいは他行のATMを使う場合か。条件によって答えは変わる。

 こうしたあいまいな質問にすらすらと答える次世代型のコールセンターが近々誕生する。三井住友銀がオペレーターの応対業務にIBMのワトソンを導入するのだ。

 ワトソンは利用者が入力した文章を自然言語処理の技術で解釈し、ビッグデータ分析などの技術によって質問の答えを導き出す。三井住友銀のオペレーターが顧客から受けた質問をキーボードで入力すると、ワトソンは5つの回答候補を瞬時に出す。回答は確からしい順に、その確率を付けて表示する。オペレーターは候補と確率を参考に、顧客に応答する。

(後略)

出所:日経電子版:日経産業新聞 Editor’s Choice(3/20付)

つまり、コールセンターのオペレーター支援システムとして、人工知能を活用するというお話なわけですね。

他行も導入検討中

また、この機能を、他の銀行でも導入検討中だと記事は続けます。

 メガバンクでは、みずほ銀行と三菱東京UFJ銀行もワトソンの導入を進めている。ワトソンを本格導入するには数億円以上かかるとされるが、顧客対応などのサービス品質を引き上げたり人手に頼っていた複雑な業務を効率化したりできるため、投資以上の効果があるとみられる。

出所:日経電子版:日経産業新聞 Editor’s Choice(3/20付)

適用範囲を広げる算段

上記の通り、まずは、銀行業務における顧客からの問い合わせ対応支援する仕組みとして導入されるわけですが、今後は

  • 店舗職員からの事務処理の問い合わせに答える
  • 法人営業が、客先での投資相談に使う
  • 融資業務において、融資の可否を見定める支援をする
  • 保険の支払業務に活用する(かんぽ生命)
  • 予備校向けに学生の苦手領域検知サービスを提供(ソフトバンク)
  • 体調がすぐれないときに簡易診断をしてくれる「家庭の医学」アプリ(ソフトバンク)

などの展開が見込まれているようです。

人よりも「愚直に」学ぶコンピューター

コンピューターの特性は「決められた手順は、ミスをしないで愚直にこなす」というところにあります。今回の「人工知能」は、「決められていない手順」をうまくこなすことが注目されているわけですが、実際には「決められた手順に則って学習する」ということになります。

実際のところ、人間だって”考える”際の「思考回路」「思考手順」がある程度規定化されています。(それを自覚している人と、自覚していない人では、思考の再現性に大きな差があると僕は思っています。)

ややこしい話ですが、「思考手順」を「試行錯誤する」ようなプロセスを予め設計しておけば、コンピューターは「最も確からしい思考手順」を見つけ出したうえで、「その思考手順に則った”思考”で導き出された、最も確からしい答え」をだすようになるわけです。

そのため、完全に放置していては、成長速度が制限されます。人間によって「アジャスト」してあげることが必要になります。

記事から「アジャスト」の例を引用します。

正答率はどうか。ワトソンが選んだ5つの回答の中に正答が含まれていた確率は当初70%未満だった。その後「SMBCダイレクト」と「ネットバンク」、「インターネットバンキング」は同じ意味を示すなど専門用語を数千項目ほど読み込ませ、検索時にキーワードを指定できるようにしたら正答率は80%を超えた。

出所:日経電子版:日経産業新聞 Editor’s Choice(3/20付)

この例は「答えを探す際に、”同じものを意味する言葉”を定義した」ということになります。答えを教えたのでもなく、また思考手順を教えたのでもなく、「思考手順に則った”思考”」をする際に、邪魔になるノイズを排除してあげたということになるでしょう。

こういうアジャストを繰り返していくことで、人工知能の学習力は極めて高い水準に保たれます。

ちなみに、ワトソンは”問い”を理解する、という部分については、クイズ王との戦いでかなりの精度を持っていることが証明されていますので、どちらかというと、その問いに対してどう答えを導くか、を学習していくことになると思います。まぁ、日本語という少し特殊な言語に対してはアジャストが必要でしょうが、旧ICA(IBM Contents Analytics)=現Watson Contents Analyticsで培ってきた言語読解力に鑑みれば、その領域についても、既にかなりカバーされていると考えてよいでしょう。

関連記事:IBM、Watson Analyticsを発表(TechCrunch)/ニュースななめ斬り by ギックス

学びとは、退屈=人間は苦手

さて、これらのプロセスを総称して「学び」と呼ぶと僕は思います。

具体的にいうと、どういう問いに対しては、どういう手順で考えればいいのか。その際に、同じ意味を示す言葉(要は言い回しのブレ)はどういうものがあるのか。などを”学んで”いくわけですね。

しかし、これは、相当地味な作業です。クリエイティブな仕事がしたい!という人が多いこの社会において、この「地味な作業を愚直にやり遂げる能力」は、より一層求められていると僕は思います。(本を読め、という言葉に感銘を受けても、実際には、たいして読まずに終わる、ということを考えても明らかですよね)

コンピューターは、この「学び」に対して非常に愚直に取り組んできます。これは、真面目でもなければ、天才でもない人間にとっては脅威です。では、我々、凡才なる人間は、どうすれば「コンピューターに仕事を奪われずに済む」のでしょうか。

問いを設定せよ

答えは一つです。「自ら、問いを設定できるようになれ!」です。これに尽きます。

コンピューターは(少なくとも現時点では)問いを設定できません。例外として「答え」が先にあって、その「答え」から逆算した「問い」を作ることは可能となってきていますが、「何を考えるべきか」という問いはつくれません。

具体的にいうと「3」という数字を答えとした「1+2は?」という問いは作れるでしょう。もう少し自然言語的な例を挙げれば「日本で二番目に高い山は?」であるとか「東京タワーの高さは?」という問いは作れると思います。しかし、「なぜ、田中さんは週末の昼にノンアルコールビールを飲んでいるのか?」という問いをコンピューターが作ることはできないでしょう。そこには”絶対的に正しい答え”が無いからです。あるいは「三井住友銀行は、ワトソンをどの業務領域に採用すべきか」という問いも作れないと思います。(但し、これらの問いに対して、”確からしい答え”をつくりだすことは、現在のワトソンでもできると思います)

要するに「答えるべき問い」をつくることは、現時点では人間にしかできないのです。

コンピューターという脅威が、人間の専売特許であった”考える”という領域に踏み込んできています。この状況下においては「人間は考える葦である」と言っていたら「考える鉄」である人工知能にいずれ並ばれてしまい、早晩抜き去られてしまうことでしょう。

人間は、弱弱しい「葦」ですが、常に試行錯誤を繰り返し、倒れても踏まれてもまた立ち上がる強さを備えた「葦」です。その「葦」が、”単にのんべんだらりと考える”から脱却し、”問いを考える”葦になることが、今まさに求められているのかもしれませんね。

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