第二戦:vs 辻風典馬 (第1巻より):場慣れした敵を倒す|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

勝利の鉄則は「やりきること」

この連載では、バガボンドの主人公、宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第2回の今回は、辻風組の棟梁である辻風典馬との戦いです。

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戦いなれした相手の意表を突き、勝利をもぎ取る

辻風典馬は、辻風組という野党集団のリーダーです。身長も大きく、力も強い。また、これまでに多くの人間を殺してきているため、場慣れしています。喧嘩でもプレゼンでも同じですが、場慣れしていないとドキドキして体が動きません。そういう意味では、多くの戦いの経験を積んでいる辻風典馬は、前回の残党狩りの侍とは一味も二味も違う相手だと言えるでしょう。

実際、物陰に潜んでいる武蔵と又八の気配に気づき、さらには、戸板を拳で打ち抜いて、二人を吹き飛ばします。さらに、その流れのまま、武蔵の頭を鷲掴みにして、床に何度となくたたきつけます。相当の場慣れ感ですね。

普通なら、これで戦意を喪失して、後は好きなようにやられてしまうのでしょうが、武蔵も生半可な男ではありません。鷲掴みにされた状態で、相手の手に噛みつき、その肉を食いちぎります。さらに、手に持っていた木刀を寝そべった状態でフルスイングして、相手の側頭部にクリーンヒットさせます。

そんな敵に会ったことがないであろう辻風典馬は、何が起こったのか理解できません。そんな典馬を目の前に、独り言のように武蔵は呟きます。

田舎から出てきたかいがあった 野武士だろうと 大将は大将だ

大将首だ

勝機は逃さない

この言葉を発した武蔵の不敵な表情に、辻風典馬は、負けるのではないかという不安に駆られます。そして、一目散に走って逃げようとします。これもまた、場慣れしていることを示します。部下を見捨てて、とにかく一度逃げる。命さえあれば、体勢を整えて、万全の姿勢で戦うこともできます。

一方、武蔵にしてみれば、生きたまま逃がしてしまうことはリスクです。そこで、全力で追いかけるわけです・・・というのが普通の解釈なのですが、武蔵は、追いかけながら、こんなことを考えています

ヒキョウ者 なぜ逃げる それでも大将か

武蔵は、逃がしてしまうと後が怖い、なんてことはこれっぽっちも考えてはいません。今、目の前の敵を全力で倒す。その一点にしか興味がありません。そのため、正々堂々と戦わない相手のことは理解できません。特に、大将が逃げる、なんてことは、武蔵の考えとしてはあり得ないことなのです。

こうして、全力で追いついた武蔵は、木刀で後頭部に強烈な一撃を見まい、勝負を決します。しかし、一撃入れたからと終わるのではなく、完全に息絶えるまで十発程度の全力の打撃を与えて撲殺します。

相手の想像を裏切れ!逃げ腰になったら迷わずにトドメを!!

辻風典馬は、非常に戦い慣れしています。おそらく、いろんな危機に遭遇し、それを乗り越えて生き延びてきたことでしょう。また、数十名の野党のリーダーになり、さらには、荒くれ者ばかりの野党集団を文句も言わせずに力で押さえつけているわけですから、自信もあれば実力もあることだと思われます。そんな辻風典馬に対して、武蔵は「想定通りではない対応」を取り、意表を突きました。さらには、「勝機を逃がさない」姿勢を貫いて、いとも容易く典馬を倒してしまいます。

この2つのアクションは、現代社会、特にビジネスにおいても非常に有効なアクションです。

想像を裏切る

まず、最初のポイントです。典馬が倒してきた相手の大半は、最初の一撃で、戦意を喪失していたのだろうと思います。まぁ、普通の人間なら、頭を掴んで壁や床にガンガンぶつけられたら、恐怖で体がすくんでしまうでしょう。そうなると、勝負は決します。しかし、武蔵は、その圧倒的に劣勢の状況で、手の平を噛みちぎり、その肉を顔に吹きかけ、ひるんだ瞬間に木刀をフルスイングです。

実は、この時点では典馬は、圧倒的優勢から対等に持ち込まれただけです。しかし、5点差で勝ってる野球の試合が、同点に追いつかれたら、精神的には「負けてる感」がでてくるように(モメンタムってやつですね)、典馬は「逃げ腰」になります。

ビジネスにおいても同様です。相手が圧倒的優位だと感じているときに、(もちろん、失礼にあたらないように、というのが前提ですが)相手の想像を裏切るような対応をすることで、その優位性を崩すことができます。

  • 発注者だから、言いたいことを言えばいいと思っているときに、「そういうことでしたら、このお仕事は無かったことにしましょうか」とお断りする
  • コンサルタントなんて、口ばっかりで好き勝手言うだけだろう、と思われているときに、現場仕事の重要性について熱く語り、真剣にヒアリングをする
  • 居酒屋の店員に、どうせ「とりあえずビール」と言うだろうと思われているときに「おすすめの日本酒をおしえてください」とお願いして心の距離を近づける

ただ、勘違いしていただきたくないのは、これらは、テクニックの問題ではなく、メンタリティーの問題です。真剣に「価値が出せない仕事はお互いのためにやらない」「現場がまわらない戦略は机上の空論だ」「お店の人のオススメには従った方が良い」とかいうことを常日頃から思っていることが大事です。付け焼刃では無理です。

実際、この対応は、武蔵にはできますが、又八にはできませんよね。

勝機を逃さない

二つ目のポイントは、逃げ出した典馬を追いかけて、躊躇なくトドメを刺す姿勢です。典馬は、部下も見捨ててなりふり構わず逃げます。リーダーとしては褒められたものではありませんが、戦略的撤退と言えなくもありません。辻風組には他にもメンバーがおり、逃げ切りさえすれば、大人数で「戦(いくさ)」として攻め込んだりもできますし、そもそも、武蔵には近づかないという選択肢(戦略オプション)がとれます。逃げると決めたら中途半端に逃げるのではなく、全力で逃げる、というところも、非常に正しいです。もはや、好感すら持てます。

それに対して、武蔵もまた全力で追いかけ、一撃を食らわせた後、躊躇うことなく殴り続けて殺します。チャンスは今しかない、と本能的に理解しています。

この勝機を逃さないという姿勢は、ビジネスにおいてもプライベートにおいても重要ですが、なかなか難しいです。(僕も苦手です)

  • 契約を取る
  • 異性と付き合う・結婚する
  • 引っ越しの物件を決める
  • 投資する

これらには、全て「タイミング」というものがあります。このタイミングを逃した瞬間に、勝利は手の中からこぼれ落ちます。勝機を逃がさないためのコツは「勝利に対して貪欲であること」と「行くと決めたら迷わないこと」です。

いやぁ、武蔵から学ぶことが非常に多いなと、連載第2回にして感じ入る次第です。バガボンド、奥深いなぁ・・・。武蔵の成長を追いかけつつ、僕も成長したいものです。

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