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第三十四戦(side A):vs 吉岡一門 七十余名(第27-28巻より):武蔵無双|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古

身体の奥底まで叩き込んだ技能だけが、その身を助けるのだ

バガボンド(26)(モーニングKC) バガボンド(27)(モーニングKC)

この連載では、バガボンドの主人公 宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第三十四回の今回は、吉岡一門 総勢 七十余名との戦いです。

連載の概要はコチラから。

70 対 1 の無謀な戦い

今回の戦いは、七十数名の吉岡一門の門下生全員を相手取る無謀なものです。沢庵和尚と話し、山を越えて京都を出ようと心に決めたはずの武蔵でしたが、気づくと、戦いの地、一条寺下がり松へと向かってしまいます。

夜明け前の山から下を見下ろすと、眼下に広がる草原に、多くの門下生が幾つもの焚火を囲っている姿が見えます。

多勢に無勢、ここに極まれり、と言う感じですね。いやはや。柳生の里で「一人 対 一城」と言っていたときと似てはいますが、あの時も、結果的には四高弟と戦っただけですからね。

準備は万端

武蔵は、逃げ出すつもりで反対方向に向かっていました。そこから、全力で走って戻ってきましたので、体はあたたまっています。ウォームアップは万全というところでしょう。「雪が心地よいくらい」と言っているくらいですからね。

また、京を出る、と決めたために、逗留していた金福寺から決戦の地に向かう道とは真逆にあたる、山の上から攻め込む形になりました。これは、無警戒の背後から攻め込むということを意味しますし、同時に、総大将に近いところから襲い掛かるということにもなります。

バガボンドでは、武蔵は人間味溢れるキャラクターとして描かれますので、偶然の結果であると表現されていますが、他の作品であれば「武蔵は、計算高く背後から襲い掛かることを選択した」と語られてもおかしくないシチュエーションです。

流れに身を任せる

背後から攻めかかる武蔵は、油断した門下生二人を、一息に倒します。一人目を目つぶし⇒二人目の喉仏に拳で一撃(倒す)⇒二人目の刀を腰から奪って、先ほどの一人目を一刀の下に切り捨てる、という流れです。

そして、目の前にいる総大将、当主 植田良平に歩み寄り、刀を抜く暇も与えずに、右側頭部を削ぎ落します。

よどみなく流れるような戦いぶりです。ここに至る前、武蔵は、山の上で考えていました。川の淀みに落ちて死んでいるネズミの死骸を見て、

せめて流れ続けていれば あるいは…

と思います。川の流れのままに下流に流されていれば、岸にたどり着いたかもしれないものを、流れの無い淀みに流れ着いた(もしくは直接そこに落ちた)がゆえに、生きるチャンスを失ったのではないか、と。そして、その姿を、これから70名と戦う自分と重ね合わせ

どこにも心を留めない 誰にも心を留めない 流れのままに

と考えます。当主、植田を斬り捨てた今でさえ、武蔵は、心を留めてはいません。「次」を見つめます。植田のそばにいた者の頸動脈を一撃し、その向かいにいた者の首も切り裂きます。これで、(植田を除いて)4名です。

留まるな、囚われるな、淀むな

総大将を斬ったはずだが、まだ続けるのか。本当に70名を斬り殺さねば終わらないのか。と、誰にともなくつぶやきながら、武蔵は、吉岡の門下生を斬り続けます。

斬りかかってきた相手とすれ違いざまに首を裂き(5)、次の相手の腹を裂き(6)、その次の相手は右肩から鎖骨を切り裂き(7)ます。そこに背後から突きかかってきた相手にはカウンターの要領で首に手刀を当てて倒し(8)、振り向きざまにもう一名の額に刀の柄を叩き込みます(9)。

目の前に群がる敵を見ながら、思うのです。

固い固い 上ずってる 昂るんじゃねえよ
何人斬っただの… 斬ろうだの 勝とうだの ―――

先を何も望むな

先にも 後にも 寄りかからず
今のど真ん中の繰り返し

流れのまま、対峙した吉岡十剣の一人、堀川善兵衛を袈裟懸けに切り捨て(10)、その背後にいた相手の顔を切り付け(11)、次の相手は首を切り裂いて(12)から他の敵に向けて突き飛ばすことにより持っていた刀で相打ちをさせます(13)。自らが斬られたことに気づかないくらい、鮮やかに一刀を入れられた堀川がこときれる瞬間に、もう一人切り倒す(14)武蔵。流れのまま、淀みない動きを見せます。

斬りかかってくる相手の両眼を切り裂き(15)、次の相手は刀を合わせて転ばせてから首を踏み折り(16)、手首を切り落とし(17)、体当たりした勢いで担いで盾のようにしながら飛び込んで敵の刀で相打ちさせ(18)・・・そこに皆の注意が向いたところを、脇差を吉岡十剣 藤家の喉に投げつけて命中させます(19)。

どんどん相手を倒し、強敵である高弟たちを切り伏せていても、武蔵の呼吸は乱れません。深く吸い込み、流れを止めません。

顔を斬り(20)、胸を刺し(21)、拾ったなまくら刀で殴り倒します(22)。

唐突に斬りかかる吉岡十剣 東紅四郎 に顎を切り裂かれますが、倒れ込んだまま左手で気道を掴んで窒息させます(23)。

顎を斬り飛ばされた、と感じた一瞬、死を意識した武蔵は、自我を消し始めます。袈裟斬り(24)、あばらを横に払い(25)、手首を切り落とし(26)、腰を払い(27)、両手首を斬り捨て(28)、腰を払う(29)。首を突き(30)、首を払い(31)、金的で意識を飛ばせた者を抱えて盾とします(32)。

彼と我の境が消えていく

ふかく一息ついた武蔵は、二刀を構えます。(これまでも、片手で相手を切り伏せていましたし、両手に持つ瞬間もありましたが、すぐに敵に投げつけるというような使い方になっていました)

側面から斬りかかる敵に正対もせぬまま左手の一刀で斬り捨て(33)、向かってくる相手を袈裟斬り(34)、逆袈裟(35)と続けざまに倒します。顔の右側面を削ぎ落し(36)、左腕を根元から切り落とし(37)、左の刀で相手の打ち込みを受けつつ右で腹を裂く(38)。刀を握った左拳で顔面を殴り飛ばし(39)、顔面を斬り降ろし40)、顔面に横打ちの一撃を入れ(41)、背中に斬りつけてきた相手の首を斬ります(42)。背中に負った傷を気にしつつも、武蔵の動きは止まりません。肩を斬り(43)、喉を裂き(44)、右足に傷を負いつつ、顔面を横殴りに吹っ飛ばします(45)。

首を裂き(46)、腹を切り(47)、腹(48)、胸(49)、顔(50)、と相手を切り伏せます。しかし、一撃で倒しきれず、斬った相手が足につかみかかってきて動きを阻害されたり、二度斬り捨てないといけないなど、さすがに疲れが見え始めます。

そんなさなか、歯を食いしばって相手と向き合い、流れを止めるなと自分に言い聞かせながら相手の首を斬り裂き(51)、袈裟懸けに切り捨て(52)ている自分自身を、幽体離脱しているかのように、上空から俯瞰していることに気づきます。

この男は一体 何を思って
これほどの死体を次々と生み出しているんだ……?

刀の柄で殴りつけ(53)、顔を縦に裂いている(54)ところに、吉岡十剣の余一率いる「余一塾」が現れます。二人斬り捨て(55/56)、さらに一人の喉をついた(57)ところで、武蔵の視界に異変が出ます。

覚悟の無いものは「薄い」

この状況に至るまでにも、吉岡門下生の中に「自分には覚悟が無かった」と気づき、腹を決めて斬りかかった者がいました。ある意味では、大半の門下生は、覚悟を決められていなかったのでしょう。3分の2以上の仲間を失ったこの状況下においては、覚悟がないものの方が少なくなってきたがゆえに「覚悟の無いものは、薄い存在」と見えて(もしくは視えて)しまうのでしょう。

覚悟を決められないまま、斬りかかってきた男を斬り捨てた(58)タイミングで、余一が襲い掛かります。手ごたえはないものの、そのまま押し倒し「自分の体ごと武蔵を貫け」と叫びます。武蔵は、死を覚悟します。

余一は、死ぬつもりでした。門下生に刺されて、武蔵とともに死ぬことを決めていました。しかし、門下生は、それを躊躇いました。もちろん気持ちは分かります。尊敬する師です。そんなに登場機会が多いキャラクターでもないですが、余一は、その飄々とした立ち居振る舞いや、客観的に物事を捉える姿から、非常に魅力的な人物であることが伺えます。それを自らの手で殺すなどということが、通常ならできるわけがありません。

が、ここは戦場なのです。覚悟が無ければ生き残れないのです。

戦場の獣として覚醒している武蔵が、この機会を逃すはずがありません。上にのしかかる余一の鉢巻きを掴んで首をへし折ります(59)。

無我の境地

武蔵は、死を覚悟しました。先ほど、顎を斬られたときは、死を意識した程度だったでしょうが、今回は「間違いなく死ぬ」と思ったはずです。

おそらく、アドレナリンやエンドルフィンやドーパミンがドバドバ分泌され、痛みも疲れも良く分からなくなっているのでしょう。かの名作「北斗の拳」で、北斗神拳が人体の眠っている筋力を極限まで引き出すという話がありますが、似たような状態にたどり着いていると考えられます。黒子のバスケ的言うと、ゾーンでしょうか。

余一の死体を担いだまま立ち上がり、右手だけで、相手を肩口から腰まで縦に斬り裂きます(60)。同様に、もう一人(61)。

武蔵は、己の体が重い、と感じます。もう駄目だ、もう動けない。と感じます。

倒れちまおう
この馬鹿げた斬り合いの果てに死ぬ――― それでいい
俺らしい人生を生き切った

しかし、そんな心とは裏腹に、体は敵を斬り裂きます。脇を払い(62)、袈裟懸けに状態を斬り裂く(63)。袈裟懸けに斬られた相手は吉岡清十郎のときと同じく、その体を、真っ二つに切り分けられてしまいます。

心と体が切り離されて、生への執着も、相手への意識もなくなった武蔵の剣は、柔軟でありつつ剛の強さを兼ね備えたものへと変貌を遂げます。その剣圧は、間合いのはるか外にいる十剣 多賀谷を、のけぞらせるほどです。

片手で斬り上げただけで両腕を跳ね飛ばし(64)、振りかぶりもせずにすれ違いざまの一撃で腹を裂いて吹き飛ばします(65)。腕を飛ばし(66)、腹を裂き(67)、袈裟懸け(68)、胸を一突き(69)。

相手の胸に大刀を刺し込んだまま距離を取ってしまったので、脇差を抜きます。その脇差を振るって、先ほど同様に状態を斬り飛ばします(70)。

ご存知の通り、脇差は、大刀よりもかなり短いです。短いということは、刀の重みが少ないので振り下ろした際の威力が減じます。また、遠心力を使えませので、ダメージは大幅に低減するはずです。それにもかかわらず、清十郎を斬ったときと同じように、上体を斬り飛ばすとは信じられません。小次郎と共に細くて軽い木の枝で雪だるまを斬り裂いた経験、すなわち ”理” との再会が、ここで生きたのかもしれません。

視界もぼやけ、剣が勝手に動きます。肩から切り下げ(71)、額を斬り裂き(72)、脇を裂き(73)、唐竹割に斬り裂きます(74)。その勢いのまま、吉岡十剣 多賀谷彦造を斬り捨てます(75)。

生への執着が、剣を鈍らせる

カウントミス(ダブルカウント)が無ければ、この時点で、吉岡門下生(十剣を7名を除く、として)は、残り4-5名程度と考えられます。

その状況で、武蔵は、我に返り、目の前の人数を意識てしまいます。つまり「生還すること」を意識してしまったわけです。ハンターxハンターのカキン王国の第14王子の母親が、クラピカの支援によって生き残れるかもしれない、と思ったとたんに恐怖を感じてしまうのと同じですね。

意識が戻ってしまった武蔵に、先ほど斬り捨てた十剣 多賀谷 がハラワタをむき出しにしたまま、斬りかかります。武蔵の刀を弾き飛ばし、丸腰となった武蔵の額を大きく斬り裂きます。

武蔵は、多賀谷を蹴り飛ばし、落ちている刀を拾った武蔵は、無様な戦いを始めます。刀をぶんぶん振り回し、斬るのではなく鈍器のように使います。ぬかるみに足を取られながら、頭を殴り飛ばし(76)、もつれあうように倒れ込んで首を踏み折り(77)、刀のつばで顔面を殴り(78)ます。残り3名の人影がありますが、それを何とか倒し(詳しい描写はありませんが、79/80/81 です)、膝から地面に崩れ落ちます。

剣道の「残心」は、伊達や酔狂ではない

ひでえな はじめて剣を握ったド素人じゃあるまいし…
最後 不細工もいいとこ
ひどいもんだ

まぁ 七十人だしな

生き残っちまった…

何とか生き残ったと安堵し、戦いを振り返る武蔵ですが、その心にはむなしさしかありません。ふと、本阿弥光悦のことを思い出し、研いでもらった刀を、探したい、と考えます。

しかし「家に帰るまでが遠足」という言葉もある通り、ここで気を抜くのは命とりです。剣道(に限らず、武芸)の世界には「残心(ざんしん)」という考え方があります。勝負が決した、止めの一撃を刺した、と思ってそこで気を抜いてはいけない、という教えです。

すべての力を使い果たし、なんとか生き抜いたと気を緩めた状態で、なんとか自身の刀を見つけ、それを拾おうとしゃがみこんだ武蔵。そこに序盤で顔を削がれたものの体力を温存して機会を伺っていた当主 植田と、吉岡十剣 最後の一人(そして、吉岡一門の最後の門下生)蔵人が襲い掛かります。前から斬りかかる蔵人の一撃を避けた武蔵ですが、その体当たりで後ずさったところに、満を持した、植田の一撃。その命の最後のひとしずくを絞り出した「ひとつの太刀」を叩き込みます。その攻撃は残念ながら致命傷には至りませんが、右足のふくらはぎを深く斬り裂き、その攻撃にすべてを込めた植田は絶命します(82)。

片足の自由を失った武蔵に対し、正面から裂帛の気合を込めた渾身の一撃を放つ蔵人。武蔵は、その刃を先ほど見つけた自らの刀で受け止め、そしてその命を奪います(83)。

吉岡道場の全ての門下生を一人残らず皆殺しとする、一条下がり松の死闘。これにて完結です。

無我と無策は違う。準備は怠るべきではない。

ということで、単行本をまるっと2冊使った、まるで某KOEIの「●●無双」シリーズのような戦いでしたが、いかがでしたでしょうか。っていうか、文字で説明するには無理があるんで、原作の26巻27巻を是非、熟読してください。殆どセリフはないのですが、感じ取れるものが沢山あると思います。

今回の戦いにおいて、プロフェッショナル・ビジネスマンである我々が武蔵から学ぶべきことは3つです。

  1. ウォームアップ(事前準備)は大切。
  2. 身体に叩き込んだ技能は、嘘をつかない。
  3. 最後まで気を抜くな。
1.ウォームアップの重要性

計画的だったかどうかは別にしても、今回、正面から切り込んでいたら、当主 植田にたどり着くことは難しかったでしょう。背後をつき、最初に総大将を倒したということで、吉岡一門に動揺が走り、序盤を有利に運べたのは大きいです。

コンサルティングワークで言えば、資料の準備もそうですが、そもそも、誰が出席し、その人たちはどういうことに興味・関心があるのか。今回の議論の前提情報をしっかり理解しているのか。どういう表現をすれば、誤解なく情報を受け取ってもらえるか。というようなことまで気を配って準備することが重要です。コンサルティングの8割は、人と人とのコミュニケーションで構築されていますからね。誤解された瞬間に、そのプロジェクトは失敗に向かってまっしぐらです。(※失注の方がクライアントへのダメージは少なくて済みます。受注後の失敗は、クライアントにとって極めてアンハッピーです。絶対に避けないとといけません。)

2.修行の大切さ

武蔵は、中盤から後半にかけて「無我の境地」に入ります。この状況に入ることも大切なのですが、多くの人にとって重要なのは「無我になったときに発揮できるだけの地力を身に着けておくこと」です。小学生が無我・無心になったからといって、何かを成し遂げられるわけがないです。武蔵でいえば刀に身を任せたときに、コンサルタントで言えば自我を捨てて論理的思考に身を任せたときに、自身の動きや思考が勝手に動き出すように感じるレベルまで、己の芸を磨いておくことが大切です。

からっぽな人は、我が強かろうと弱かろうと、からっぽなのです。

3.クロージングの重要性

本文中で「残心」の話をしましたが、ビジネスの場面でも、残心は大切です。プロジェクト期間の3/4くらいを過ぎたあたりで「勝ちが見える」ときがあります。そこで気を抜いてはいけません。打ち合わせが大団円で終わり、帰りのエレベーターでホッと気を抜きたくなるかもしれません。まだです。そこは敵地です。クライアントは、どれだけ仲良くなっても、クライアントです。(もちろん、プロジェクト終了後に打ち上げではなく、プライベートな関係性で飲みや食事に行くみたいな場合には、心を開き、打ち解けてもいいと思います。しかし、クライアントとコンサルタントは、ビジネスが絡む場面においては、適切な距離感を保たねばなりません。)

自分を信じて頑張ろう

コンサルティングの現場では、たった一人で、クライアントの役員や部長級 10数名と向き合う場面や、クライアントおよびパートナー企業2-3社の合計20名くらいと向き合う場面が普通にあります。しかも、ほぼ全員初対面、とかもザラです。今、思い出しただけで背筋が凍るような場面は沢山ありましたが、それを何とか乗り越えたのは「事前準備」「日々の修行」「最後まで気を抜かない」の3つのポイントを心にとめていたおかげではないか、と思います。(・・・いや、やっぱ吐きそうだわ。w)

いずれにしても、できうる限りの事前準備を行い、日々の修行・研鑽を怠らず、最後の最後まで丁寧に仕事をすることを心がければ、大きなピンチを乗り切ることもできますし、思いがけないチャンスをモノにすることもできるはずです。武蔵のように、泥臭く、頑張っていきたいものです。

 

以上、しれっと7000文字オーバーの長文になってしまいましたが、お付き合いありがとうございます。こちら、タイトルに side A と書いていますが、そうなんです。次回は、side B です。 side A は、武蔵を中心に書きました。side B は、植田を始めとする、吉岡一門の視点からこの戦いを読み解きます。もういいよ。おなかいっぱいだよ。と思った方は、次回をスキップし、次々回にお進みいただければと思います。

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連載の全体像はコチラから。

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