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第十三戦:vs 農作業中のじぃさん(第4巻より):敵を作るのは自分自身|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古

功を焦り、攻に転じると、世界は血に染まる

この連載では、バガボンドの主人公、宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第13回の今回は、興福寺宝蔵院で農作業をしているじぃさん(老僧)との(妄想上での)戦いです。

バガボンド(4)(モーニングKC)

連載の概要はコチラから。

老僧との”殺気”のやりとり

沢庵と別れ、奈良の興福寺へと向かった武蔵。興福寺の宝蔵院は「槍の宝蔵院」と称される、僧兵が多くいる場所です。

その敷地は広大で、興福寺の門をくぐってから宝蔵院へとたどり着くことが出来ません。そこで、道で農作業をしている年老いた僧侶に道を訊くことにするのですが、話しかけようとした瞬間、その老僧から凄まじい殺気を感じ、武蔵は驚きます。

そして、老僧が手に持った鍬で、自分が攻撃されたと「感じ」ます。(実際には攻撃されていません)武蔵は思います。

何だったんだろう・・・ 俺が感じた あの殺気は・・・ 幻か・・・?

確かに あのじいさん・・・

しかし、そんな武蔵に対して、その老僧が発したのは、武蔵の想像もつかないものでした。

おい・・・お若いの・・・

何という殺気か

この老いぼれを斬ろうとでもいうのか?

なんと、殺気を発していたのは武蔵の方だというのです。

殺気は伝播し、己に返ってくる

武蔵は、老僧の方が殺気を放っていたのではないかと問います。

わしのくわが襲ってくるように見えたと?

フム・・・

それこそがお前の殺気 わし始め他人はそれを映す鏡にすぎぬ

今まで何人討ち殺してきたか・・・

さぞかし多くの敵に囲まれて生きてきたことじゃろうな・・・

だがそれはーーー

お前自身が仕立てあげた敵にすぎぬ

お前自身の殺気が 出会うものすべてを敵にする

あと何人斬り殺す?

そういうのは強いとはいわん 不細工じゃ

武蔵は、衝撃を受けます。

 強いとは何だ?

結局、武蔵は、その日は宝蔵院へ行くことは諦め、この老僧の家に泊めてもらうことにします。武蔵は、老僧の視線に”見透かされている”と感じます。そして、自分は本当に強いのかわからない、と打ち明けます。僧侶は、それを聞いてこんなことを言います。

フム 本当に強い者とはどういうものかがわかるのは・・・

本当に強い者になったときじゃ

狭ーい世界に生きとる今はわかりゃせん

海を泳いでる最中には 海の広さは分からんよ

自分より強い者をどんどん倒していけば、そのうち強くなり、本当の強さが分かるだろう、と武蔵は返します。酒を酌み交わしながら、色々語る二人ですが、最後に老僧が発した

それで・・・ お前がいつかは 本当の強さが分かるとしてじゃ・・・

その頃まで生きてられるかの?

という言葉が武蔵の心に突き刺さります。この言葉を抱えたまま、翌朝、武蔵は、宝蔵院へと殴りこむのです。

あなたが、本当に求めているものは何だ?

立身出世を志す。身を立て名をあげる、ということを考えるタイミングは、現代社会においても十分あることです。しかし、愚直にそれを行うことは、敵を作ることに繋がりかねません。出世競争において誰かを蹴落とす。足を引っ張り、悪い噂を流し、手柄を横取りする。そういう策を弄すようなことをすると、尚のこと敵だらけになるでしょう。

しかし、冷静に考えてみれば、これらの行為は「自分から望んで敵を作る」という行為です。これは、立身出世を目指すにあたり、本当にプラスの効果を生んでいるのでしょうか。

本来の目的は「立身出世」ではないはずです。出世するのは何らかの目的に辿り着くための手段のはずです。立身出世をして得たいものは”お金”かもしれません。あるいは、その立場だからこそできる”意思決定”かもしれません。こういう”お金”や”意思決定”を獲得するのが本当のゴールだとすると、出世してそこで終わり、と言うわけにはいきません。そのポジションに長く居続けることが重要です。

そうなると、敵が多いことは目的に対してマイナスに作用します。あなたが誰かの足を引っ張ったように、別の誰かがあなたの足を引っ張るでしょう。あなたが誰かの悪い噂を長したように、誰かがあなたの悪いうわさを流すでしょう。そして、あなたが手柄を奪った部下達は、間違いなく、こういう妨害工作の陣頭指揮をとります。

大切なのは、目的を見失わないようにすることです。

才を磨くのみならず、徳を積め

先日ご紹介した、SBI北尾さんのブログ書籍化第8弾「自修自得す」においてもあったように、「才」だけではリーダーになれません。リーダーには「徳」が必要なのです。

才が突出した人間は、組織の中で優れた技量を有した器として貴重な役割を果たします。ただしその人が、組織のリーダーとしてさまざまな器を上手に束ねられるかと言うと、それはまた別の話です。

(中略)

そもそも上に立つものに求められるのは、「才」ではなく「徳」であります。そして「徳」は、誰もが生まれつき身に付けているもので、さらには後天的に高めることが出来るものです。問われるのは、その人が生まれ持って授かった能力がどのようなものかではありません。この世に生を享けた後、その人が自分の意思で如何に己を磨いてきたかということです。

出所:”Think Big”から始めよう|「自修自得す」

武蔵と老僧の会話の「強さ」を「有能さ」と置き換えてみると、これは「才」の話をしているように見えてきます。

  • 本当に有能なものとはどういうものかが分かるのは、本当に有能なものになったときじゃ。
  • 自分より有能な者をどんどん倒していけば、そのうち有能と認められるだろう。
  • お前自身の殺気が、出会うものすべてを敵にする。そういうのは有能とはいわん。不細工じゃ。

はてさて。僕たちは、果たして、何を目指してどこに向かっているのでしょうか。

老僧との武蔵の心の中に芽生えた「強さとは何か」という疑問は、解を得るまでに多くの戦いを経る必要があります。本連載では、今後、その疑問と向き合う武蔵の姿に焦点を当てて読み進めていきます。その葛藤と我が身を照らし合わせながら、僕たちの「有能さ」についても考察していきたいと考えています。

 

連載の全体像はコチラから。

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