ギックスの本棚|天才(石原慎太郎 / 幻冬舎):「金に汚い」は褒め言葉なのかもしれない

AUTHOR :  田中 耕比古

”金”が無いと始まらないのは事実

天才

本日は、「反田中の急先鋒」と評される石原慎太郎氏が、田中角栄氏の立場で(つまり、一人称で)その人生を語る、という不思議な一冊「天才」をご紹介します。

別人が書く自伝小説

田中角栄、という人物には、様々な逸話があります。

  • 日本地図を広げて、一本の線をザッと引いて「ここに新幹線(あるいは高速道路)を通す」と言った後で、「あ、ここは〇〇さんの地盤だから、迂回しておこう」と言った
  • 金(いわゆる賄賂)を渡す際に「こんなことで、君たちが俺に配慮するはずが無いだろう。俺も見返りなど要求しない。」と言って渡した
  • 大蔵大臣のときに、官僚のあり得ないミスを、特に叱責もしないで庇った

ほんとなのかどうか、まったく良くわかりませんが、日中関係のキーパーソンだったと言われたり、ロッキード事件で捕まった悪人だと言われたりしていることからも「人によって評価の振れ幅が大きい」ことは間違いないですね。要するに「なんか凄い人」だったのだろうと想像されます。

本書は、その、稀代の傑物 ”田中角栄”の人生を、自伝的に(他人である”石原慎太郎”が)語るというものです。

信じた道を歩こう

僕は、本稿で、田中角栄と言う人物を評するつもりはありませんし、その政治的な功績をたたえるつもりも、反対に汚職等に関する批判を行うつもりもありません。本書がどれほど事実に忠実なのかも、正直よくわかりません。ただ、本書を読んで強く感じたのは「何かを成し遂げるということは、とても大変なことだよな」という、一点に尽きます。

序盤に語られる角栄の生い立ちは、とても貧しく苦難に満ちたものです。立身出世と言う意味では、まさしくシンデレラストーリーです。

幼少期、本当にお金がない生活をしているのに、父親はギャンブル狂いで金を浪費します。そんな姿を見て、角栄は「金は人の人生を左右する」と知ります。そして、「金を貸す時は、もう返ってこなくていいという気持で貸す」という思想を固めます。

その後、角栄の人生は金に彩られます。知り合いに頼まれて、選挙支援をする=資金集め。自分が当選するための準備のための資金集め。選挙戦で自民党を勝たせる(自分の派閥を勝たせる)ための資金集め。あるいは、税金を用いた大規模公共投資もお金の話です。

この”金”をうまく使ったことこそが、角栄の政治家としての実績に直結したのは間違いないでしょう。子供の頃に得た思想に忠実に従って「金で人の人生を左右する」ことに注力したわけですね。

これが良いことなのか悪いことなのかは、僕には判断できません。ただ、この信念に従って突き進んだことが、現代の日本の一部分を構築したのも間違いないなとは思います。(角栄が存在しないパラレルワールドでは、もっと進歩が遅いか、あるいは、別の方向に行っていた可能性が高いだろうと思います。もちろん、そっちの方がハッピーだった可能性も否めません。良い悪いの問題ではないと思います。)

その一方で、妾が複数人いるとか、常識人として考えると全然ダメ人間な部分もあります。この人生が、ひとりの人間として幸福だったどうかさえも、僕には判断できかねます。

結局のところ、人の幸せなんてものは、人それぞれで異なって当たり前なんですよね。本書を読むと「やりたいことを成し遂げるためには、信じた道を突き進むしかない」と心底思います。ブレてるヒマは無いです。人生は短いんです。その結果、一個の人間としての幸福を犠牲にすることになっても、信じた道を突き進む、というのは、一つの選択ではあります。

ワークライフバランスという言葉がありますが、安易に「ライフを重視する」という判断をすると、「ワークを疎かにする」という結果につながります(だからこそ、バランス、が大事なのです)。僕自身、どの程度のタイムスパンでどの程度のリソースをワークに対して注ぎ込むのか、この機会にしっかり考えてみよう、という気分になりました。「成し遂げたいこと」が、大きければ大きいほど、他のモノを失う・手に入れられないという覚悟を決めねばならないんですよね。きっと。

 

天才
天才(石原慎太郎/幻冬舎)

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