Ingress(イングレス)の資産を最大限に活用した「ポケモンGO」の ” スゴさ ” を考える

AUTHOR :  田中 耕比古

「バトル < 収集」で、みんなで楽しめるゲームに

先日から、話題沸騰中の「ポケモンGO」ですが、そのベースとなっている「Ingress(イングレス)」についても、有識者の皆さんが色々と論じ始めていらっしゃいます。

当ブログでも、1年半ほど前に「Ingressの狙いは?|Googleの戦略を勝手に予想(2014/12/20)」および「Translatorメダル追加|人はインセンティブでコントロールされる(2015/1/30)」などの記事を執筆し、”ゲーム”の裏側で、どのような情報が収集されているのか、また、その情報をどのように活用することが可能と考えられるか、について考察してきました。

今回は、それらの記事も踏まえて、ポケモンGOとIngressの”裏側”の違いに着目して考察を行います。

Ingressの”資産”を最大限に活用したゲーム

ポケモンのゲームシステムは、(超ざっくり言うと)以下のような流れになっています。

  • 街中に乱立するポケストップに行って、タップ&スワイプをすることで、アイテム+経験値を取得できる
  • そのため、ポケストップを目指して歩くのが基本動作(尚、ポケストップは一定時間(5分)経過すると、再度、アクセス可能)
  • 歩いていると、ポケモンに遭遇するので、ポケストップで取得したアイテムを使って捕獲する
  • 同じ場所には、同じポケモンしかでないので、違うエリアまで遠征する
  • 強くなると、ポケモンジムで戦うことができる。
  • 3つの陣営(赤・青・黄)に分かれて、街中に点在するジムの取り合いを行う。(現状は、サブ目的的な位置づけ)

これを繰り返していくことで、色んな種類のポケモンが手に入り、また、強化や進化が可能となっていきます。

一方のIngressの流れは、(これまた本当にざっくり言うと)以下のようになります。

  • 街中に乱立するポータルに行って、タップ&タップ(Hack)をすることで、アイテム+経験値を取得できる
  • そのため、ポータルを目指して歩くのが基本動作(尚、ポータルは一定時間経過すると、再度Hack可能。)
  • 但し、複数回連続してHackすると、しばらく復活しない。(Hackできない)
  • 2つの陣営(緑と青)に分かれて、敵軍に属するポータルを攻撃(Fire)し、自軍の色に染める(Capture)
  • 自軍のポータル同士をつないで(Link)いき、3点をつなぐ=三角形を描くと、囲まれたエリアが自軍の陣地となる
  • どちらの陣営が、どれだけ多くの陣地を獲得・防衛できているかが勝負(とはいえ、負けたからペナルティがあるわけではない)

ご覧いただいて分かる通り、ゲームプレイの目的が異なるため、それぞれの行動に違いは出るものの、基本動作、すなわち、「歩く・特定の場所でアイテムを取得・また歩く(できれば違う場所に行く)の繰り返し」という部分は共通しています。

ゲームシステム以外のIngressの”資産”

さらに、その基本的なシステム以外にも、ポケモンGOを実現するために必須であった「Ingressの重要な資産」があります。それは「ポケストップの位置情報」です。

Ingressは、Ingressが陣取りゲームであるという性質上、できるだけ多くのポータルがある方が、戦いが盛り上がります。そのため、ユーザー自身が「申請」するという形にすることで、世界中にポータルを立てまくったのです。さらに、ポータルをいくつ申請したか(正確には、その申請が承認されたか)に対してインセンティブを支払う(一定以上のレベルに到達した人が、より上位レベルに上がるために必要な”メダル”を付与する)形式にし、ユーザーが申請したくなるような仕掛けにしました。

こうして、至る所にポータルが存在する状態になってから、さらに、それを厳選して(間引いて)ポケストップとして登録したのです。

この資産は、非常に大きいでしょう。Ingressのポータル登録の際に、相当、厳正なる審査を行っていましたが、それでも「え、これ、ポータルでいいの?」と感じるものや、「おんなじものが(写真の撮影確度の違い+位置情報がわずかにずれた状態で)2つ登録されちゃってるじゃん」みたいなものが散見されていました。しかしながら、今回は、そこからさらに厳選するというプロセスが入ったことで、そういう混乱が減っています。これは、一朝一夕で実現できるものではありませんね。

攻撃性を低くし、”みんなで楽しむ” ポケモンGO

このように「非常に似ている」側面が強いIngressとポケモンGOですが、大きく異なる部分があります。それは”楽しみ方”に関わる部分です。具体的には

  • Ingressの ”陣取り(=攻撃+防衛)” に対して、ポケモンGOは ”収集”
  • Ingressの移動が ”半強制” であるのに対して、ポケモンGOは ”任意”
  • Ingressの ”チーム戦” に対して、ポケモンGOは(少なくとも現時点では)”個人の自己満足”
  • Ingressでは所持アイテムが上限に達するとポータルをHackできない(アイテムも経験値も入らない)が、ポケモンGOでは所持アイテムが上限に達していてもポケストップで経験値を獲得できる(アイテムは手に入らない)

などが挙げられるでしょう。上記の違いによって何が変わるのかと言うと・・・

  • Ingressでは同じ場所にいる敵同士で争うが、ポケモンGOでは「同じ時間に同じ場所にいると、(ほぼ全員が)同じポケモンに出会える」という敵味方の区別なく楽しめる
  • Ingressでは、アイテムは攻撃もしくは防衛目的で使われるが、ポケモンGOでは「みんなにポジティブな効果があるアイテム(ルアーモジュール)」で敵味方の区別なく楽しめる
  • ポケモンGOの方が特定のエリア内だけで過ごしていても、それなりに楽しみやすい(親子連れが近所で遊んでいてもそれなりに楽しめる)

というあたりが影響を受けます。

また、Ingressでは高位レベルになるために必須だった「メダル」も(僕の認識する限りでは)必須ではないようです。また、仮にメダル獲得が必須だったとしても、Ingressにあった「Unique Portal Visited(いくつのポータルに行ったか)」に類するものは設定されていないようですし、長距離移動は、あくまでも新しいポケモンに出会うため、という思想ではないかと想像されます。

単にポケモンの世界観を重視した、という考え方もできますが、どちらかというと、幅広いユーザーに受け入れられやすいゲーム設定にした、と考えるべきではないかと僕は思います。

※初期リリースでの騒動がひと段落し、高位レベルのユーザーが一定数確保された後に、陣取り合戦等の要素が強化される可能性はあります。ただし、だとしても「多様な楽しみ方ができる」という側面はポケモンビジネスの強みとして保持され続けるのではないかと予測します。

※追記:ポケモンの「ルアーモジュール」に相当するアイテムとして、Ingressにも「フラッカー」があるよ、というご指摘を頂戴しました。確かに敵味方に関係なく効果が発揮されますね。(昨年の夏ごろにガーディアンがプラチナ目前の85日くらいで終わってしまったことにショックを受けて以来、ほとんど触っておらず、その後に投入された有料課金アイテムまでフォローできてなかったです・・・。すみません。)

果たして、Ingressのビジネスは失敗だったのか?

これらの状況を踏まえたときに、ポケモンGOに対して商業的にはあまり大きな成功を収めていなかったIngressをどのように評価すべきか、というお話に一つの結論が見られるのではないでしょうか。ポケモンGOが、Ingressのゲームシステムやポータル情報などの資産無しには実現できなかったことを考えると、Ingressはビジネス上も大成功だったと言えると僕は思うのです。(つまり、最高の研究開発だった、と言えます。)

また、マネタイズの試みとして、ローソンや三菱東京UFJ銀行、アクサ生命などと組んだことが、ポケモンGOにおける、日本マクドナルドとの連携策に繋がっていると考えられます。(ローソンは、ポータルにすることで集客効果を得ました。三菱東京UFJ銀行は”中身が増えるカプセル(貯蔵庫)”という銀行の仕組みを想起させるアイテムを配布し、アクサ生命は”なかなか壊れない鉄壁の盾”という保険サービスを想起させるアイテムを配布するというようなブランド強化・ブランド浸透の取り組みを行いました。)

さらに、特に公開されてはいませんが、冒頭に紹介した過去記事でも触れたように、Ingressによって、自由に分析可能な膨大なログデータを収集しているわけです。Ingressのログデータによって「分析の型」を構築しておけば、ポケモンGOのログデータを解析することは容易です。(そもそも、より分析に適したログ形式で取得できるようにすることも可能です。)PDCAが1周目なのか2周目なのかは、データ分析の観点からいえば、果てしなく大きな差です。

さらに言えば、Ingressよりもユーザーベースを広げるゲーム設計にしたことにより、行動ログの分析結果から得られる示唆も、より多様且つ深みのある(すなわち、マネタイズに繋がりやすいもの)になる事は疑いようがありません。やるな、Google(正確には、Niantic)。

もちろん、前回記事を書いた時点でも、Ingress単体で勝つのではなく、Ingressによって得たデータを使って儲けるのだろうな、とは考えていました。ただ、まさか、ゲームシステムそのもの+ポータル情報と言う資産をフル活用して、ここまでの大きなビジネスを生み出すとは想像できませんでした。(ポケモンGOがリリースされるという話がでたタイミングでも、ここまで世界を席巻するとは予想できませんでした・・・)

まだまだ、修行が足りませんね。ビジネスの本質を読み、全体の潮流を捉える視点を、もっともっと磨いて行きたいものです。

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