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第三十三戦:vs 植田良平(第25巻より):冷静にまさる武器はなし|バガボンドを勝手に読み解く

AUTHOR :  田中 耕比古

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田中 耕比古

心を揺らすと死が忍び寄る

バガボンド(25)(モーニングKC)

この連載では、バガボンドの主人公 宮本武蔵の”戦闘”シーンを抜き出し、武蔵の成長について読み解いていきます。連載第33回の今回は、吉岡兄弟亡き後、伝七郎の遺言で吉岡道場 当主に任命された植田良平との戦いです。

連載の概要はコチラから。

合理的な意思決定ができる男 植田

前回、吉岡伝七郎を一対一の決闘で倒した武蔵の下に、吉岡十剣の一人、小橋蔵人が現れます。そして、新当主 植田良平からの果たし状を手渡します。指定された場所は、一条寺下り松。

武蔵は、当然のごとく下見に訪れます。が、敵もさるもの。植田も、また吉岡十剣(と言っても、既に植田を含めて7人しかいませんが)を引き連れ、霧の中を下見に現れます。(おそらく、その近づく物音や気配に気づいたのでしょう。武蔵は、松の木の上に身を潜めて吉岡の面々を待ち受けます。霧がかかっていたのが幸いだったのでしょうね)

そこで、植田は、恥も外聞もなく勝利だけを狙うことを、十剣たちに宣言します。

当主を相次ぎ斬られはしても 吉岡道場は決して変わらない 屈しない 萎れない
そう世間に知らしめるつもりだ

門下七十余名 総がかりで 武蔵一人を斬る
そうだな… 三条大橋のあたりが良いか
武蔵を斬り 死体をさらす

さらに、斬ったのは誰ということにしても良い。とにかく、吉岡の誰かが仇討ちを果たした、という事実だけがあればよいのだと続けます。そして、堀川(十剣の一人)の、剣に生きている我々吉岡一門が、たった一人に対して総がかりで挑むのか?という問いには、こう返します。

堀川 正しいか 正しくないか 卑怯か 卑怯でないか
そういったことは 斬ってから 好きなだけ考えたらいい

与一 東 多賀谷 藤家 蔵人
武蔵と技比べをしようなどという 考えは捨てよ

後ろから 斬れ

徹底して、勝ちにこだわる姿勢。手段は問わないという強い意志。経営者としては最高ですね、植田良平。勝ち(勝利条件)を定義し、その目的達成のために取り得る選択肢(オプション)の中で、最適なものを選択する。完璧です。

伝七郎よりも、清十郎よりも、道場経営者としての才覚があるのは間違いありません。

冷静に状況判断をする男 植田

一方、武蔵は、樹上でその会話を聞きながら「この決闘に赴けば、間違いなく死ぬ」と考えます。まぁ、普通はそうですよね。そして、死ぬのであれば、本位田のおばば(又八の母)の誤解は解いておきたかった、と思った後に、「自分の中の真実」があればよい、と思い直します。

ただ、ここで、前日出会った又八との会話を思い出し、おつうのことを思い出し、「人は、自分の中で、相手のことを勝手に想像して、虚像を作り出すものだな」と考えます。(この辺りの経緯は、読み解きの趣旨から外れますので、原作をお読みくださいませ。)そんな思いを振り払うように、武蔵は樹上から飛び降り、吉岡一門に対峙します。

植田は、冷静です。武蔵が「明日、(ここにいる高弟7人を含む)七十人と戦うくらいなら、今、高弟7人と戦った方がマシだろう」と述べたことを踏まえて、「戦いはあくまでも明日であり、今日は逃げる」と、血気に逸る仲間を制します。

しかし、武蔵が

_人人人人人人人人人人人人_
>   今ここで     <
> やるのかやらねぇのか <
>   どっちだ     <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

と叫んだのを受けて、態度を180度転じ、今ここでやる、と言い出します。そして、武蔵に問いかけます。

何かあったか 武蔵
その心が揺れるようなことが

眉一つ動かさず 平然と人を斬った男がどうした?
ずいぶん 呼吸が 浅い

なんと冷静な観察眼。

その言葉を受けて、武蔵が呼吸を深く吸い込んだ刹那、植田は一気に間合いを詰めます。走り寄りながら居合の要領で、武蔵の腰のあたりから肩口にかけて切り上げた一撃を、武蔵は刀を半身ほど抜いて受け流します。(が、余裕しゃくしゃくで対応したというわけではなく、反射的に身体が動いた、という感じです。)

再び対峙する二人ですが、「ハッ ハッ」と浅い呼吸を繰り返す武蔵とは対照的に、植田は「スゥーーー フゥーーー」と深く落ち着いた呼吸で構えます。その呼吸の差から自身の有利を疑わぬ植田が再度斬りかかろうとしたまさにそのとき、沢庵和尚が通りすがり、勝負は持ち越しとなるのでした。

ビジネスマンは、まずは「合理」に身を委ねよ

今回の戦いでは、武蔵には反省すべき点しかありません。もちろん、武蔵だって人間ですから、吉岡清十郎を倒し、伝七郎を倒して、少し気持ちが緩んでいる部分もあるでしょう。また、吉岡一門と戦い続ける必要性も感じていません。そんな状況で旧友である又八と再会し、酒を酌み交わし、そして喧嘩別れをしてしまったわけですから、心が揺れるのも仕方ないことです。

しかし、いくら仕方がなくても、それをやってしまうと、そこにあるのは敗北すなわち「死」です。

そんな武蔵に対して、植田は冷静沈着です。植田も、敬愛する吉岡伝七郎を殺されたばかりです。武蔵の顔を見て、冷静さを保つというのは尋常なことではありません。実際、他のメンバーは、武蔵を見た瞬間に色めき立っています。それを制し、翌日、70名で斬りかかる方が勝利が確実になる、と判断します。その上で、武蔵の心が平常ではないと見るや、今こそが好機と判断して前言を即座に翻し、一気に勝負をつけることを決意します。そこに、第三者である沢庵和尚が現れた途端、せっかくのチャンスを逃す口惜しさを飲み込んで、ためらいなく撤退します。

刻一刻と変化する状況に冷静に向き合い、合理的に「目的達成(=勝利)」を目指すための ”最適手” を選択し続けるのは、並大抵の精神力ではできません。先ほども述べましたが、この能力は、理想的な経営者が兼ね備えるべき資質です。

合理だけでは ”決断” できない

ビジネス環境は常に変化しています。また、その構成要素は、自社のリソース・競合の状況・ユーザーの意向などの多くの要素に分けられ、またそれらが複雑に絡み合っています。その変化を正確且つ迅速に読み取ることは、簡単なことではありません。さらに、その変化に対する適切な対応方針を立てるためには、より多くの困難が伴います。

「正しい意志決定を適切なタイミングで行う。」

言葉にすると極めてシンプルなのに、実行しようとするとこれほど難しいことはありません。まぁ、難しいのも当たり前で、ビジネス運営において最も大事なのは、これだと言っても過言ではないのです。プロフェッショナル・ビジネスマン、中でも ”経営者” と呼ばれる人々は、常に、この困難な場面に向き合い、決断し続けています。また、僕がコンサルティングの現場でお会いするクライアントも、多くの選択肢と、多くの制約の狭間で揺れ動きながら、決断することに力を注いでいます。

関連記事:ギックスの本棚/決断の本質

ちなみに、僕自身は、自らの責任と権限において、決断を行うのは得意ではありません。むしろ、苦手な部類に属していると思っています。そのため、合理的に判断する人を尊敬するとともに、そのためのお手伝いをしていきたいと強く思うのです。意思決定者の為に、彼ら彼女らが目指すべき「勝利条件」を明確にし、その状態に到達するための「越えるべき障壁」と「そのやり方の選択肢」を洗い出し、各選択肢を「選ぶための評価軸」と「当該評価軸に合わせた評価」を共に行っていくことに力を注いでいます。

ただし、僕がどれだけ頑張ってお手伝いしても、意思決定・決断の困難さが減じるわけではありません。判断材料を増やし、明らかに筋が悪い選択肢を削りますが、最後の最後に「決断する」ことの難しさは残ります。それを、適切なタイミングでできるかどうかは、生まれ持っての才能に依拠するのかもしれません。(だって、クライアントの意思決定の現場に山ほどご一緒させていただいた僕には、決断する能力は養われていないんですから…。)

その天賦の才を備えた植田良平が ”合理的”に考えた結果たどり着いた、「吉岡道場の存続のためには『武蔵を屠って仇討ちを完成させる』ことが必要であり、そのためには『70人全員で襲い掛かる』ことが最善だ」という決断は、果たしてどういう結末に結びつくのか。次回、第34戦:武蔵vs吉岡一門 で詳しく見ていくことにしましょう。

 

バガボンド(25)(モーニングKC)
バガボンド(25)(モーニングKC)

連載の全体像はコチラから。

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