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【後編】地に足ついたData-Informedの始め方 ―施策・行動・数字をつなぎ、判断の“根拠”をつくる―

AUTHOR :   ギックス

前編より続く)


施策・行動・数字をつなぐための思考

考え方の順番は、それほど複雑ではありません。

  1. この施策で、どの行動が変わるのか。
  2. その行動は、データとして観測できるのか。
  3. その行動の量を、数字でどう表すのか。

大事なのは、「変わったか、変わらなかったか」ではありません。
どれくらい変わったのかを定義することです。

たとえば、アプリの利用を促すためにプッシュ通知を送る施策を考えてみましょう。
この施策で本当に変えたいのは「売上」や「LTV(顧客生涯価値)」ではなく、もっと手前にあるユーザーの行動です。

通知を開いたか。
アプリを起動したか。
特定の機能を使ったか。
その後も使い続けたか。

行動をこうして分解すると、「利用が増えた」という言葉が、いくつもの観測可能な行動に置き換わります。

さらに一歩踏み込むと、
「では、この施策ではどこをゴールに置くべきなのか」
という問いが立ち上がります。

もしこのプッシュ通知の目的が、最近使われていないアプリの存在を思い出してもらい、まずは一度開いてもらうことにあるのであれば、アプリを起動したかどうかを見るのが自然でしょう。
一方で、より長期的な利用や定着まで見据えた施策なのであれば、起動したかどうかだけでは足りません。

通知をきっかけに、特定の機能までたどり着いたのか。
あるいは、その後も継続して使われているのか。

どこを見るべきかは、施策の狙いによって変わります。
そしてその狙いは、プッシュ通知の文言や内容にも強く影響されます。

「今だけのお知らせ」を伝えているのか。
「この機能を使ってほしい」と促しているのか。

施策の意図が違えば、変わるはずの行動も、見るべき数字も変わってきます。
Data-Informedでは、この関係を曖昧にしたまま先には進みません。
施策の狙いに応じて、どの行動を目的地として置くのかを先に決め、そのうえで数字を見ます。
これが、施策・行動・数字をつなぐということです。

なぜ「一人でやらない」ほうがうまくいくのか

この思考を一人でやろうとすると、なぜ途端に辛くなるのでしょうか。
理由は単に、やることが多いからではありません。
一人の人間に、異なる種類の理解が同時に求められる構造になっているからです。

まず求められるのは、その施策をビジネスとして正しく理解することです。
たとえば先ほどのプッシュ通知の例で言えば、

  • なぜ今、この施策を打つのか。
  • どの課題を解決したいのか。
  • 短期的な反応を見たいのか。
  • それとも長期的な定着を狙っているのか。

こうした狙いを、かなり解像度高く認識していなければなりません。

施策の狙いを取り違えれば、見るべき行動も、置くべきゴールも簡単にずれてしまいます。

しかし、それだけでは終わりません。
次に求められるのは、そのビジネス上の狙いを、データとして観測可能な形に読み換えることです。

  • 「使ってもらう」とは、どの操作を指すのか。
  • 「定着した」とは、どの状態を意味するのか。
  • どこまでを今回の施策の射程に含めるのか。

施策を理解しているだけでは、まだデータにはなりません。
さらにそこから、「では、それをどんな数字で表すのか」という問いに答える必要があります。

つまり一人でやろうとすると、

  • 施策の意図をビジネスとして理解し、
  • それを行動に分解し、
  • さらにデータ上の表現に落とし込む。

この一連の変換を、すべて頭の中で完結させなければなりません。
これが、一人でやると辛くなる正体です。

だからData-Informedは、最初から「一人でやる」ことを前提にしていません
ビジネス側の人であれば、データに詳しい人を見つければよいでしょう。
データ側の人であれば、業務に詳しい人を巻き込めばよいでしょう。

施策の狙いについて議論し、
「この施策って、結局どの行動を変えたいんだっけ?」
と問い合います。
そのうえで、
「それってデータ上では、どう見えるんだろう?」
と一緒に考えます。

こうしてビジネスの理解とデータの理解を、会話の中でつないでいくことで、一人で抱え込んでいた変換作業は自然と分解されます。
誰かが施策の意図を補足し、誰かがデータの制約を教える。
そのやり取り自体が、思考を前に進める助けになります。

データ人材とビジネス人材の役割分担を表した図

Data-Informedが目指しているのは、スーパーマンを育てることではありません。
異なる強みを持つ人たちが、同じ問いを前にして、同じ方向を向いて考えられる状態をつくることです。
そうすれば判断の精度は上がり、一人あたりの負担は確実に軽くなります。

それでもData-Informedを選ぶ理由

ここまでお読みいただいた方であれば、Data-Informedが決して楽をするためのものではないことに気づかれたかもしれません。
それでも、このやり方を選ぶ価値はどこにあるのでしょうか。

Data-Informedが本質的に提供するものは、「あなたの判断に対する“根拠”」です。

なんとなくそう思ったから。
経験的にうまくいきそうだから。
雰囲気的に正しそうだから。
それらを否定するわけではありません。

ただ、Data-Informedはそこに「なぜそう判断したのか」を説明できる材料を加えます。
この根拠が手に入ると、具体的に三つの良いことが起きます。


一つ目は、判断の質が上がること

根拠を言葉にしようとすると、判断の前提や思い込みが自然と洗い出されます。

  • この施策は、どの行動が変わる前提なのか
  • その前提は、本当に妥当なのか
  • 別の見方をすると、どう見えるのか

データを通して根拠を確認することで、「たまたま当たった判断」と「構造的に筋のいい判断」を区別できるようになります。
結果として、一つひとつの判断の精度が少しずつ上がっていきます。

二つ目は、判断と結果の再現性が得られること

根拠が残るということは、「なぜその結果になったのか」を振り返れるということでもあります。
うまくいったときに、

  • 何を考えて
  • どんな前提を置いて
  • どんな行動を選んだのか

が記録として残ります。

すると次に似た状況に出会ったとき、ゼロから考え直す必要がなくなります。
前回の判断を参照し、必要なら修正しながら、より良い判断につなげていけます。
これは結果の再現性を高めるだけでなく、組織としての学習スピードを上げることにもつながります。

三つ目は、周囲を説得する材料になること

根拠がある判断は、自分の中だけで完結しません。
上司への説明。関係部署との調整。予算や優先順位の議論。
こうした場面で、「なぜこの施策をやるのか」「なぜこの判断を選んだのか」を言葉と数字で説明できるようになります。

それは、単に承認を取りやすくなるという話ではありません。
議論の土台が共有されることで、「好き嫌い」や「立場の違い」ではなく、より良い判断をするための会話ができるようになります。


Data-Informedは、楽をするための方法ではありません。
考えることは増えるし、言葉にする手間もかかります。
それでもこのやり方を選ぶ価値があるのは、判断に根拠が宿ることで、

  • 判断の質が上がり
  • 判断と結果に再現性が生まれ
  • その判断を他者と共有できる

ようになるからです。

これは一度に手に入るものではありません。
小さな施策を考え、小さな判断を振り返り、少しずつ積み上げていくものです。

でもその積み重ねは、確実に「考え方の力」になって返ってきます。
だからこそ、少し面倒でも、このやり方を選ぶ意味があります。

おわりに:最初の一歩として

Data-Informedを始めるために、大きな基盤や高度な分析は必要ありません。
まずは、いま自分たちがやっている施策について、次のことを考えてみてください。

  • この施策は、誰に向けたものなのか
  • どんな行動を変えるためにやっているのか
  • それは、数字の上ではどう現れるのか

これを言葉にして明文化する。それだけで、もう Data-Informedの一歩目は踏み出しています。
小さな題材から始めてもよいのです。むしろ、そのほうがよいでしょう。
そこには、この先ずっと使い続けることになる考え方の型が詰まっているのですから。

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