起業家は「無から有」、コンサルは「有から優」。 |”考え方”を考える

AUTHOR :  田中 耕比古

有(ゆう)から 優(ゆう)を削り出すのがコンサル

仕事柄「戦略コンサルタントになりたい」という若者とお話したり(あるいは面接したり)、「コンサルって何やる仕事なの?」という質問を頂いたりする機会が非常に多いです。そこで、本日は、コンサルタントという仕事について、これまでとは少し違う切り口で考えていきたいと思います。(過去の同種の記事は「戦コンのお仕事」タグをご参照ください。)

0→1、1→10、10→100

企業経営、とくに、ベンチャー、スタートアップと呼ばれる領域では、「0→1、1→10、10→100 は違う」という話が議題に上がります。

つまり、

  • 0→1:なにもないところから、事業を立ち上げる
  • 1→10:芽吹いた事業を、稼げる形まで持っていく
  • 10→100:稼げるようになった事業を、より大きな社会的インパクトのある規模に育てあげる

というように、事業成長のステージが進むにつれて、経営者(事業運営者)に求められる能力が異なるというお話です。引いては、各ステージで求められる能力を持った人材に経営をバトンタッチしていくべきだ、というような意味を含むことも多いです。

これは、経営のお話です。しかし、この切り口は、コンサルティングの世界にとっても非常に重要である、と僕は思っています。

無から有は「匠」。有から優が「コンサル」。

先ほどの「0→1」は、言い換えれば「無(む)から有(ゆう)をつくる」ということになります。何もないところから、何かを作り出すステップです。先日ご紹介した書籍「ミライを変えるモノづくりベンチャーのはじめ方」でいうところの創業(もしくは起業)ですね。

コンサルは、そういった新規事業立ち上げなどのお手伝いをすることもありますが、「自分自身で、無から有をつくる」ということはありません。(たまに、この領域をハンズオンでやりたがる人もいますが、その瞬間のその人は、コンサルではなく事業家として振る舞っています。)コンサルとしての基本的なスタンスは、あくまでも「無から有をつくる人を、お手伝いする」ということになります。無から有をつくる人(つまり、クライアント)が持つ、事業に対する思い・意思を受けて、それを具現化するために最善を尽くすという役割を担うわけです。

僕は、「無から有」は「匠」の仕事である、と考えています。職人技ってやつです。我々コンサルタントは、匠が仕事を射やすいように「こっちの刃物の方が切れ味良さそうですよ」とか「設計図をちゃんと描いた方が良いのでは?」とかいうことをアドバイスしていくのです。

ただし、コンサル案件の中で、このような0→1フェーズ(無から有フェーズ)を手伝うことは、稀です。全案件に占める割合と考えると、非常に限定的だと言ってよいでしょう。

有(ゆう)から優(ゆう)を。

もちろん、コンサルタントの中には、こういう0→1フェーズのご支援を得意とする人もいます。そういうプロジェクトを好んでやるわけですね。しかし、大半のプロジェクトは、既存の事業の改善・改革にまつわるものです。つまり、既にあるものを、より良いものにする活動なわけです。そして、多くのコンサルタントは、こちらを得意領域としています。実際、僕自身も、このフェーズをお手伝いする方が得意です。

僕は、このフェーズのことを「無から有」をモジって「有(ゆう)から優(ゆう)」と呼んでいます。

一定の利益を創出しながら運営されている事業を、もっと儲かる方向に軌道修正する。コストを下げるべきなのか、売上向上を目指すべきか。コスト削減だとした場合、削るべきコストは業務コストにすべきか原価にすべきか。売上向上の場合は、新しい顧客層に売りに行くのか、既存客にもっと買ってもらうのか、あるいは、商品単価を上げるべく画策するのか。

数多ある選択肢の中から、その事業の状況に、もっとも適した打ち手を選び取るわけです。

この作業は、僕の感覚で言うと「削り出す」作業です。答えは、(本人も気づいていないかもしれませんが)クライアントの中に最初から存在していて、僕は、それを削り出して顕わにするというイメージです。決して、僕たちコンサルタントが答えを導き出すわけではありません。

クライアントの”意思”あってのコンサル

コンサルタントは、論理的に考え、合理的な判断へとクライアントを導くプロフェッショナルです。しかし、全てのビジネス判断が「論理」「合理」で構築されるわけではありません。楠木健さんのベストセラー「ストーリーとしての競争戦略」にも、ロジックで詰められるのは2割程度にすぎず、残りは経営者の直感に頼らざるを得ないというお話がありました。この経営者の直感のベースとなるのは、”経験”であり、その経験から導かれた経験則に基づく”勘”です。(もちろん、ロジックによって、「理屈の2割」を詰め切ることも大切です。)

ビジネスの成功を事後的に論理化しようとしても、理屈で説明できるのはせいぜい二割程度でしょう。丹羽宇一郎さんは「経営は論理と気合だ」と言います。理屈で説明できないものの総称を「気合」とすれば、現実の戦略の成功は理屈二割、気合八割といったところでしょう。あっさりいって、現実のビジネスの成功失敗の八割方は「理屈では説明できないこと」で決まっている。
(中略)
野生の嗅覚が成功の八割にしても、二割の理屈を突き詰めている人は、本当のところ何が「理屈じゃない」のか、野性の嗅覚の意味合いを深いレベルで理解しています。「ここから先は理屈ではなくて気合だ」というふうに気合の輪郭がはっきり見えています。だからますます「気合」が入り、「野性の勘」に磨きがかかる。「理屈じゃないから、理屈が大切」なのです。

出所:ストーリーとしての競争戦略 p.3-5

クライアントのやりたいこと、進みたい方向があるからこそ、コンサルタントは価値を出せます。もちろん、何をやりたいのか、どちらに進みたいのかを決めるフェーズをお手伝いすることもあります。しかし、その場合も、我々がご提供するのは「理屈=論理」です。最終的な結論は経営者の「意思」に委ねられます。

僕たちは、あくまでも、クライアントがconsult(相談)する相手です。クライアントを導くような存在でもなければ、クライアントに使える召使いでもありません。対等な立場で率直な意見を述べるべきです。そして、そうあるために、日々、努力し続けなければなりません。相手は、その事業に命を懸けており、また、その事業と何十年も向き合い続けてきている人達です。その事業を隅から隅まで知り尽くしているクライアントに「論理的な物事の考え方」という武器だけを携えて挑むのは、生半可な覚悟とスキルではできないことです。

クライアントに評価され、「考えることのプロフェッショナル」として認めていただけるコンサルタントだけが、クライアントとともに「有」から「優」を削り出すことができるのです。無から有を生み出すこととは別の難しさ(と、楽しさ)があるこの仕事を、もう少しだけ、世の中の方に知っていただけると嬉しいなと思う次第です。

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