第5章「”説得”の心理学」相手の心を動かすテクニック|ハーバードビジネスレビュー マネジャーの教科書/ギックスの本棚

AUTHOR :  田中 耕比古

説得は技術である

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本日は、ロバート B. チャルディーニ教授の「『説得』の心理学」を読み解きます。

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科学的アプローチで、他人の気持ちを動かす

この論文は、「説得」という行為を、芸術的な行為ではなく、再現性のある化学的な行為として捉えよう、というお話をしています。ちなみに、挙げられる具体例は、上司・部下の関係性にとどまらず、顧客に商品を買ってもらう、継続的に顧客であり続けてもらう(リテンション)というようなお話が多く含まれます。まぁ、「説得」って別に上司が部下に対してのみ行うものではないですからね。

とはいえ、上司と部下のコミュニケーションにおいて、非常に重要な要素であることも、また真実です。引用します。

「部下に何とか仕事をしてもらう」というのは、多くの企業のマネジャーにとってつらいけれども避けられない任務である。マネジャーたちは、自分のことばかり考えているような社員を相手に、日々、どうすればモチベーションを引き出すことができるのか、どのような指示を出せばよいのか頭を悩ませている。「上司の言うことを聞け」などというせりふはまったく通用しない。こうしたせりふは、悪くすれば部下のやる気を削いだり、プライドを傷つけたりしかねない。そうでなくとも、クロスファンクショナルチーム、ジョイントベンチャー、企業間提携などのように、上下関係があいまいで、建前上の上下関係よりも説得力の方がはるかに大きな影響を持つ状況で仕事をする場合には、まったく意味を成さないだろう。

おっしゃる通り、というやつですね。気持ちよく働いてもらうことは、(上司部下の関係性に限らず)チームで仕事をする上で、極めて重要です。

説得に関する研究結果

本論文のベースとなるのは、行動科学の諸実験の結果導かれたという、以下の事実です。

1.説得というのは、人間の根源的な衝動やニーズに一部に訴えかけるものである

2.そこには予測可能なパターンが存在する

これを踏まえた、基本的原則として、6つが挙げられます。

原則1: 好意を示す

原則2: 心遣いを怠らない

原則3: 前例を示す

原則4: 言質を取る

原則5: 権威を示す

原則6: 希少性を巧みに利用する

1の好意を示す、というのは、イメージが付きやすいですよね。雑談などを通じて共通の話題を見出したり、相手を称賛することによって魅了したり、警戒心を解く、というような効果を狙うわけです。

2の心遣いについては、プレゼントを贈る、という物質的なものがわかりやすいのですが、仕事上のリソース不足などを「手伝う」ということでも、相手の心の中に感謝の気持ちを抱いてもらうことができる、と言う効果が得られます。

3の前例を示す、は、要するに「みんなやってますよ」と思わせるということですね。寄付や慈善活動などを思い浮かべると、確かにしっくりきます。同調圧力というものは良い悪いの問題ではなく、存在するのです。部下に依頼するなら「他のチームメンバーがやっている」というようなことを伝えることになります。

4は、すこし日本人的にはいやらしく感じるかもしれませんが、相手に言葉で約束させる、というアプローチです。以下の一文のとおりで、約束させるということは、相手に精神的な足かせをはめることにつながります。

人々はひとたび何かに賛成を表明すると、その立場を守り続けようとする。このことは他の調査でさらに補強されている。つまり一見したところ何でもないような小さなコミットメントですら、のちの行動を大きく縛るのだ

5つめは、マーケティングの世界にも「オーソリティーマーケティング」という手法があるのと同様「専門性・専門知識」というものの力をうまく活用するやり方です。ただし、権威者をつれてくる、というアプローチでは部下の指導はうまく行きません。「マネジャー自身が権威である(高い専門性・深い専門知識を兼ね備えている)」と部下(あるいは顧客)に感じてもらうように仕向けて行かねばなりません。

6は、これもかなりマーケティング領域の手法に近いのですが、「今がチャンス」という風に、希少性をアピールするやり方です。本文中で上げられる例を引用します。

「ボスは明日から長期休暇だ。例の件を報告しておかなくてもいいのか」--こう同僚に耳打ちするだけで、仕事を大きく前に進めることができる。

しかし、5や6を実施するにあたっては、常に「誠実である」ことを心掛けなくてはいけない、とも説かれます。嘘をつくと、猜疑心を呼び起こす結果になり、中長期的には逆効果となります。原則2の「心遣いを忘れない」と組み合わせて実践していくわけですね。

人と人であることを忘れるな

本論文では、相手の心、気持ちをコントロールするためのテクニックを紹介しているわけですが、そのうえで、著者は「倫理的であれ」と説きます。

たとえ偽りや脅しが効いたとしても、ごく短期間のことで、最終的には、ひずみのほうが大きくなる。とりわけ、強い信頼や緊密な協力が欠かせない組織では、致命的となるだろう。

また、その実例として、あるセミナーの参加者が語る「権威を振りかざし、相手が忙しくて疲れ切っているタイミングで無理なコミットメントを引き出したバイスプレジデント」の例が語られます。

一言で言えば「そういうアプローチは、たとえ形式上のコミットメントを引き出したとしても、結果的にはうまくいかないよ」というお話なのですが、このエピソードのクライマックスは、以下の一文です。

ワークショップでこのエピソードが披露されると、居合わせた参加者たちは大きな衝撃を受けた。(中略)みんなを凍り付かせたのは、語り手の表情であった。バイスプレジデントの思惑が外れたことに話が及んだ時、語り手の表情には、えも言われぬ満足感が漂っていた

人は、自分がされた嫌なことは決して忘れない生き物です。そして、やられたら、どこかで仕返ししてやろうと虎視眈眈とそのチャンスをうかがうのです。

上司と部下という関係性は「同一の会社組織に所属している」という非常に限定的な状況で成立しています。そんな限定的且つ可変な状況をよりどころにするよりは、人間同士の関係性・ひととひとの関わり合いにおいて、互いの「好意」「信頼」「(専門性への)リスペクト」を相互に構築していくことが、”説得”に限らず、仕事を円滑に進めていくための最善手なんでしょうね。

テクニックに溺れないようにしたいものです。

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